サラマンダー追撃④
高速戦艦<アクエリアス>のブリッジは、次々と流れ込んでくる不審な観測データに騒然としていた。
「本艦の左10万キロメートルに明確なレーダー反応! RCS強度、2000トン級輸送艦レベル! 速度、秒速10キロメートル! 突然出現しました! Ⓐコースの外側、本艦と並走しています」
オペレーターの切迫した叫び声が響き渡る。
「突如出現だと!? 一体どこから現れたんだ!」
「レーダー吸収装甲を一気にパージしたか、それともバルーン・デコイを展開したと思われます!」
副長が身を乗り出す横で、再び、レーダー手がさらに甲高い声を張り上げた。
「新たな反応! 本艦の後方20万キロメートルに、極めて微弱なレーダー波の反射を感知! ……反射強度、艦尾方向からの『2500トン級ステルス艦』の想定データとほぼ一致します! 速度、秒速9.8キロメートル! 熱反応はありません!」
「後方に本命のステルス反応、左手に2000トンの非ステルス艦……!? 一体どういうことだ!」
ブリッジ内が騒然とする中、航海長が端末の計算データを叩きつけながら報告を割り込ませた。
「艦長! 先ほど発見された『Ⓑコース上で減速中の反応』の再解析が出ました! 核熱ロケットの出力を意図的に下げ、冷却用に推進剤(水蒸気)を多めに流し込んで熱を偽装していた場合……再計算した推定質量は、最初の500トンではなく『約2000トン』に跳ね上がります!」
「何! 500トンどころか、2000トン級の巨体が三つも……!?」
三転四転する観測情報に幕僚たちが混乱する中、艦長席のローラは微動だにせず、メインモニターに表示された三つの光点を冷徹な目で見つめていた。
「落ち着きなさい」
ローラの静かな、しかし凛とした声が一瞬でブリッジの雑音をかき消した。
「混乱させることが敵の狙いよ。ひとつずつ整理しましょう。……まず、Ⓑコースで減速している質量500ないし2000トンの謎の反応を『アルファ』」
彼女はホログラム上の光点を指でなぞり、順にコードネームを割り振っていく。
「次に、Ⓐコース上、我が艦の後方を無熱で追尾してくるステルス反応を『ベータ』、そして、本艦の左10万キロを並走する、毎秒10キロの非ステルス艦を『ガンマ』と命名する」
画面上に『アルファ』『ベータ』『ガンマ』の文字が浮かび上がる。
金星の手前、漆黒の深宇宙に突如として現れた三つの「子猫ちゃんの影」。
どれが本物で、どれがデコイなのか。
あるいは、どれもが罠なのか――。
ローラは不敵な笑みを浮かべ、ブリッジの幕僚たちを見渡した。
「――意見のある者は、述べなさい」
真っ先に手が上がった。
「アルファはブラフ(おとり)の可能性が極めて高いと考えられます! こいつはベータとガンマの正体を確認してから対応しても十分に間に合います。しかし、あからさまなレーダー発振と金星への情報送信は、我々の位置を暴露しているため、速やかに止めさせるべきです!」
「艦載機(攻撃艇)を急行させて沈めましょう。迷っている時間はありません、すぐに出してください!」
「待ってください、ベータの挙動に疑問があります!」
航海長が割り込んだ。
「無防備な艦尾噴射ノズルへのデブリ衝突を恐れるため、普通は侵攻方向に艦尾を向けるのは減速直前です」
「我々の位置をもっと後方だと想定して、後方からの反射率を抑えようとしていたのか?」
「ガンマ出現時の観測データを至急再確認しろ! 装甲パージの痕跡か、バルーン展開による反射の変動か、特定を急げ!」
「仮に……本艦がガンマの追跡に回った場合、後ろのベータの補足は継続可能か!?」
「恐らく……距離が開くためベータはロストします!」
データ解析を進めていたオペレーターが、自信を込めた声で叫んだ。
「ガンマ出現時の光学的解析完了! 反射波の不自然なゆらぎから、装甲パージによる出現の確率86%です!」
「何故、ステルスを捨てたのか?」
「ステルスでも、この距離では探知されると考えて欺瞞に出たのでは?」
「砲戦に備えて吸熱板を排除したとか」
「どっちにしても、41センチレーザーには無意味だ」
「なるほどね……沈める気が無いって知ってるんだ」
ローラは顎に手を当て、フッと目を細めた。
「ベータにも艦載機を出しましょう。本命はおそらく、装甲を脱ぎ捨てて身軽になった『ガンマ』。……けれど、ベータの中に脱出艇や小型艇を残して、誰かが命がけで『殿』を務めている可能性も捨てきれないわ。手持ちの艦載機を全て使い切ることになるけれど、仕方ないわ」
愛しい「子猫ちゃん」を絶対に逃がさない――その狂おしいまでの執念が、ローラの瞳に蒼い炎を宿らせる。
彼女は翻る軍服の裾をたなびかせ、全艦へ向けて明確な鋭い命令を発した。
「――アルファ、ベータに向けて艦載機をそれぞれ即時発進! 本艦<アクエリアス>は進路をガンマへ切り替え、最大加速で追撃を開始しなさい!」
「了解! 艦載機全機発進! アクエリアス、全機関・最大加速ーっ!」
漆黒の宇宙空間で、戦艦<アクエリアス>から2機の艦載機が飛び立ち、二つの影へと向かっていく。そして本体は凄まじい推進炎を吐き出しながら、左の影『ガンマ』へと向かって舵を切った。
化かし合いの盤面は、最終局面へと加速していく――。




