サラマンダー追撃③
地球連邦軍・最新鋭高速戦艦<アクエリアス>の作戦室。
ホログラムの中央には、太陽系内郭の立体領域図が青く浮かび上がっていた。
内側の金星軌道と外側の地球軌道。そしてSE-L5から発進した<アクエリアス>の赤ラインと、地球を強襲し離脱する金星のステルス艦―通称『子猫』の黒い航路線が交差しようとしている。
「……金星のステルス艦、コードネーム『子猫』の現在地と予測進路はこの通りです」
航海長が光る軌道線を指でなぞりながら、落ち着いた声で説明を開始した。
「現時点では長距離赤外線センサーおよびアクティブ・レーダーの反射波により、捕捉を継続しています。問題はこれからの予測進路です。減速に入るタイミングをギリギリまで遅らせ、最短で金星に帰還する『Ⓐコース』。そして、早期に減速を開始した場合の『Ⓑコース』です」
ホログラム上に、金星手前の分岐点から伸びる二本の手線が表示された。
「Ⓑコースのメリットは、我々の迎撃予測ラインを外しやすく、追撃をやり過ごせる点にあります。また、金星軍からの支援部隊の展開・合流を期待できます。……当然、この中間を通るコースや移行パターンも存在します」
艦長席で脚を組み、深く腰掛けたローラは、細い指先で唇をそっとなぞりながらホログラムを見つめた。
「金星は公転により秒速35キロメートルで近づいてくる。子猫が現在の相対速度・毎秒10キロメートルから金星の惑星周回速度は毎秒3キロメートル。今すぐ減速したとしても、金星への到着日時は、たった5日しか変わらないのよね」
ローラは続けた。
「彼らの立場ならアクエリアスの追撃を予想している。なら、我々のレーダー網や広域センサーの密度が粗くなった宙域で密かに減速し、そのまま隠密でやり過ごそうと考えるはずだわ」
「金星到着までの時間は最短で35日、最長で40日。全速から惑星周回速度への減速に必要な時間は約7日間です」
「ふむ……セオリー通りなら、我が艦はⒶコースで先行して入念に索敵、その後、徐々に減速してⒷコースに遷移していくのが妥当。でも……あのアースポートを異常な超高速突入で荒らしていった大胆不敵な艦長なら、当然そのセオリーくらい読んでるはずよね」
「あの大胆な艦長ならどう動くかしら? ダミーやデコイをどう使ってくる? 射程の短いレールガンと、装甲すら着けていない船体でどう戦おうとするかしら? ……どんなバカげたアイデアでもいいわ。思いつくものを全て挙げて頂戴」
作戦室に集まった幕僚たちから、次々と意見が飛び交い始めた。
「パージしたドロップタンクや壊れたレールガンブロックを熱源デコイとして放出する可能性は?」
「船体をふたつに分離して、本命を電波管制(EMCON)で無音漂流させる手法も考えられます!」
「いいわね、もっと頂戴……。可愛い子猫ちゃんがどんな知恵を絞って逃げ回るのか……考えるだけでゾクゾクしてくるわ♪」
ローラは椅子にもたれかかり、天井を仰ぎながらうっとりと呟いた。
頭の中ではすでに、動けなくなったサラマンダーの艦橋へ真っ先に乗り込み、乗組員たちを「お持ち帰り」するイメージで満たされていた。
◆ 2週間後――<アクエリアス>ブリッジ
警告音とともに、オペレーターの甲高い報告がブリッジに響き渡った。
「艦長! Ⓑコース上に明確な反応を感知! 熱反応、レーダー波の発振、および金星軍本部との間で交わされている大量の相互暗号通信を確認しました!」
ブリッジの緊張が一気に跳ね上がる。メインモニターに拡大されたデータ解析画面が映し出された。
「レーダー反射断面積(RCS)は想定の敵艦サイズに近似! 熱反応パターンは核電気推進ではなく、化学ロケットに近いパターンです。推定質量……約500トン!」
「500トン……?」
ローラは座席から身を乗り出し、ディスプレイの数値を睨みつけた。
「あからさまね。見え見えのダミー(おとり)だわ。……けれど、500トンという質量は無視するには大きすぎる。それに、何らかの工夫で質量をごまかしてるかも知れない」
副長が眉をひそめながら進み出た。
「……艦長。敵が艦と乗員を二分した可能性も考えられます。あえて目立つ500トンのブロックを『ダミーのフリ』をして放出し、我々に『これはおとりだから無視しよう』と思わせてスルーさせる……そういう二重の心理作戦の可能性もあります」
「なるほどね……『おとりだと分からせるためのおとり』というわけね。……でも、もしこれが本当にただの捨て駒だとしたら……」
ローラは不敵に口角を上げた。
「本命の『子猫の本体』は……無音で潜伏しながらⒶコース近辺を突っ走っている、ということになるわね」
暗黒の深宇宙。金星の手前で繰り広げられる高度な化かし合い。
狩人<アクエリアス>は、子猫が仕掛けた罠のにおいを嗅ぎつけながら、着実にその包囲網を狭めていくのだった――。




