サラマンダー追撃②
潜宙母艦<サラマンダー>・中央会議室。
ホログラム航海図に映し出されているのは、地球の重力スイングバイを経て金星へと向かう自艦の航路(黒線)と、SE-L5からインターセプトコースを爆進してくる地球軍の予想追撃ライン(赤線)だった。
大西艦長は肘を突き、深々と重い溜め息を吐き出した。
「……状況は不利を通り越して最悪だ。瀕死の狸だな」
「石のタヌキ……ですか?」
ポカンと首を傾げるキャロルに、航海長が頭を抱えながら補足する。
「現存する我が艦の戦力じゃ、万に一つの勝ち目もないってことだよ! そもそも砲身の破損した四十連装レールガンなんて、今やただの重たいお飾りだろ!」
大西は眉間を指で強く揉みながら、技術担当のキャロルを睨みつけた。
「キャロル。一体どうしてあんなことになった?」
「え、えーと……地球近郊のデブリ群と接触した時に微細な歪みが発生していたとか……地球の強大な重力場によるフレームへの負荷とか……それから、タングステンの実体弾頭がめちゃくちゃ高価なので、テスト射撃の大半を軽量模擬弾で済ませちゃってて、四十門一斉全開発射の負荷データが不十分だったとか……」
「御託はいい! 無事な砲身は一体何門残ってるんだ!?」
「えっと……六門です。四十門中……」
「話にならん!そんな巨大なゴミ、いっそ宇宙に捨ててしまえ!」
大西の吐き捨てに、参謀長が答えた。
「艦長、確かに廃棄は悪くない手です! レールガン本体と電力供給用の超大型フライホイールごと切り離して捨てれば、船体を軽く300トンは軽量化できます。推力重量比が一気に跳ね上がりますよ!」
キャロルが慌ててタブレットを操作し、計算結果を表示する。
「先頭の兵装ブロックごとパージする構造なので、作業には一週間以上かかりますけど……物理的には分離可能です!」
「一週間か……。それだけの重量だ、上手くいけば引っかけれるかも知れん」
大西は腕を組み、航海図の追撃予測線を睨みつけた。
「前回のSE-L4襲撃の帰路と比べて、本艦を掠めるレーザー波の頻度が十倍近くに跳ね上がっている。敵はこちらの隠密を破り、現在完全に補足していると見るべきだ」
「参謀長、一番外れてほしい最悪の予想は?」
「SE-L5から高速戦艦が出撃し、金星手前の最短ルートで先回りして待ち伏せしていることだ」
「じゃあ、一番当たりそうな予想は?」
「……SE-L5から高速戦艦が出撃し、金星手前の最短ルートで先回りして待ち伏せしていることだ」
「絶望的ですね!」
絶句する一同のなか、通信士が困惑しきった顔で挙手をした。
「あの……艦長。敵の追撃部隊が交わしている軍用通信の解読を進めていたんですが……暗号データの隙間に、意味不明な画像ファイルが大量に混入されていまして」
「ノイズか? 偽装用のダミーデータだろう」
「それが……その……これを見ていただけますか」
通信士がメインモニターにそのデータを転送した。
瞬間、会議室全体に凍りついたような静寂が訪れた。
画面に映し出されたのは――(艦内なのに、何故か戦闘で服が破れて露出を増やした)傷ついた美少年バシリスクのイラスト群だった。
「な……ッ!?」
大西は絶句し、目が点になった。
「な、なんだこれは……!?」
「これでもまだ、比較的マシな部類の画像です」
通信士が引きつった顔で画面をスクロールする。
「大半はもっと……いえ、完全にアウトな代物ばかりでして……」
「軍用の超高度暗号通信にこんなものを混ぜ込んで飛ばしてくるだと……!?」
大西は机をドカンと叩いて立ち上がった。
「地球軍の軍紀はどうなっている! 腐っている! 腐りきっているぞ地球人は!」
すると、隣で画面を凝視していたキャロルが、ボソッと呟いた。
「艦長……『オスガキ・ワカラセ』と『腐』は、概念としてまったく別物なんですけど……」
「何のことだ!?」
「あ、いえ! 何でもありません、忘れてください!」
キャロルは慌てて手を振ると、画面の隅に表示されていた別の高解像度動画ファイルに目を留めた。そして、その表情が瞬時に真顔へと変わった。
「……待ってください。この動画に映ってる藤堂隼人ってAV男優……どう見ても、一年前の作戦で行方不明になったマリオ大尉じゃないですか!?」
「何だと!?」
全員が一斉にモニターへ群がった。
そこに映っていたのは、過激なシチュエーションで愛でられまくっている、行方不明の同僚・マリオ大尉(地球側でのコードネーム:藤堂隼人)の完全VR用キャプチャデータだった。
「ひ、ひどい……! 我が金の星の誇り高き将校が……ただの種馬扱いどころか、こんな屈辱的な行為を強要されて録画まで晒されてるなんて……!」
参謀長が膝から崩れ落ち、頭を抱えた。
大西艦長は青ざめた顔で、宇宙空間に佇む見えない敵――地球軍の底知れぬ「執念」と「欲望」の深さに、背筋が寒くなるのを禁じ得なかった。
「……全クルーに告ぐ。絶対に……絶対に生きて捕まるな。撃沈される方が万倍マシだぞ……!」




