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サラマンダー追撃①

アースポート管制室の混乱は、ようやく沈静化に向かい始めていた。


最初の異状レーダー波から、襲撃が終わるまで二十分にも満たなかった。だが、残された被害の規模はあまりにも甚大であった。


「ドック内で建造中だった最新鋭大型戦艦二隻大破! 特に完成間近だった一番艦は艦首から中央構造物にかけて貫通……専門家からは『もはや部品取りくらいにしか使えない』との報告が入っています!」


「人的被害は、ドック周辺施設と合わせて死亡十二名、重軽傷二十四名です!」


報告を聞く幹部たちの顔は蒼白だった。艦艇の壊滅的な損害に比べれば人的被害は軽微と言えたが、本拠地アースポートの目と鼻の先で流された血を無視することなどできるはずもない。


しかし、現場の警戒態勢を責めるのは酷というものだった。デブリ(宇宙ゴミ)が広範囲に漂う危険極まりない地球近郊で、敵船が惑星間航行速度並みの秒速十キロメートル(時速三万六千キロメートル)で突入してくるなど、あまりに狂気の沙汰であり、誰も予測などできるはずがなかったのだ。


だが、時間が経つにつれて地球軍の高度なデータ解析能力が真価を発揮し始める。


「過去数日分の観測データを再照合! ノイズとして処理されていた微弱なレーダー反射、熱反応を抽出し直します!」


「……出ました! 敵艦は金星からの最短軌道を大幅に逸脱し、地球軌道を1000万キロメートル以上もオーバーシュート……そこから十日がかりで電気推進による反転加速を行っています!」


「 敵の予想退避ルートを計算! 月の重力スイングバイを経て、金星方面へ離脱中です!」


「直ちに予想進路上のセンサー群を再配置! ステルス艦の前提で補足し続けろ!」


アースポートを襲った「暴走する子猫ちゃん」の正体を突き止めた地球軍は、激しい怒りとともにその復讐の代行者を選出した。


それは今まさに、ラグランジュ点『SE-L5』宙域で訓練を兼ねた警戒活動を行っていた、最新鋭の高速戦艦<アクエリアス>であった。


◆


その頃、高速戦艦<アクエリアス>の艦長室。


艦長のローラは、甘やかな夢のまどろみの中にいた。


(……あはっ、隼人……激しかったわね……)


自分にしっかりと腕枕を差し出してくれているのは、黒髪の美青年――藤堂隼人だ。艦長特権をフルに利用して自室に連れ込み、先ほどまで濃厚で激しい愛を交わしたばかりだった。


当直の交替時間まで、あと二時間。このまま彼の温もりを感じながら、甘い余韻とピロートークを満喫するはずだった。


『――ピッ! ピッ! ピッ! 艦長、司令部より最優先緊急通信です!』


「ん……もぉっ……! うるさいわね……!」


無情にも響き渡る警告アラームの音に、ローラは不機嫌そうに顔を歪めた。


腕の中にいた愛しい隼人は、消え去り――そこに残されたのは、ただの手触りの良い人型人形(ダッチハズバント)だった。


「……はぁ、本当に味気ないわね……」


ローラは人形の頭を撫でながら、忌々しそうに息を吐いた。


地球の最新のVR技術は、視覚と聴覚に関しては現実と区別がつかないほどの完全な再現が可能だった。しかし、触覚、味覚、嗅覚まではカバーできない。


そこで彼女たちが編み出した解決策が、この「手触りの良い人形を用意し、そこにVRの映像と声を完璧に同期・貼り付ける」という極めて強引な手法だった。視覚と聴覚さえ完璧にごまかされれば、脳は驚くほどの満足感を得られるのだ。


凝る者になると、体臭を再現した特注のフェロモンスプレーや、擬似体液を人形にあちこち塗りたくる者まで現れる始末だった。


ちなみに、本人の承諾など一切取られずにデータ化された『藤堂隼人』は、現在地球宇宙軍の女性陣の間で圧倒的ナンバーワンのダウンロード数を誇る、超大人気コンテンツであった。


「で、何の用よ……こんな最高の時間を邪魔して……」


不機嫌さを隠そうともせず、通信端末を開くローラ。だが、画面に表示されたアースポートの惨状と、逃走中の敵<バシリスク>(または同型艦)のデータを見た瞬間、彼女の瞳に冷たく苛烈な肉食獣の光が宿った。


「……へぇ。アースポートを襲撃して、建造中の戦艦をボコボコにして逃げてる最中なわけ?」


画像には、あの「バシリスク(または同型艦)」の不敵なシルエットが映し出されている。


ローラはダッチハズバントの胸元をぽんぽんと優しく叩くと、妖しい笑みを浮かべながら立ち上がり、艦長服のボタンを留め始めた。


「いいわ。私の愛しい隼人との甘いお勉強時間を邪魔してくれたんだもの……」


彼女は背筋を伸ばし、ブリッジへの直通回線を開いた。


「幹部はブリッジに集合! ターゲットはバシリスクよ!」


画面に映る敵艦を睨みつけ、ローラは舌でそっと唇を舐めた。


「邪魔された『本番』の続きは……<バシリスク>の……ううん、中に乗ってるリアルな『子猫ちゃんたち』と、直接、じっくり楽しませてもらうわ♪」


怒りと欲望を燃やし尽くす高速戦艦<アクエリアス>が、<サラマンダー>追撃を開始した。

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