トラ・トラ・トラ
地球上空、四万キロメートルの静止軌道に鎮座する地球連邦宇宙軍の最大拠点――『アースポート』。
その食堂は、非番の女性将校やクルーたちの賑やかな談笑で満ちあふれていた。テーブルの上には各自のポータブル端末が置かれ、その画面には鮮やかな色彩のグラフィックが踊っている。
「ねえ見て! 『艦むすこ』シリーズの新作ビジュアル」
士官のひとりが自慢げに端末を立てかけると、周りの女性陣が一斉に身を乗り出した。そこに映し出されていたのは、金星軍の軍艦を美少年・美青年へと擬人化したキャラクター群だ。
「キャー! バシリスクたんも可愛いけど、新しく追加されたコカトリス様とサラマンダー君も良き……! 氷の装甲を纏ったミステリアスな雰囲気がたまらないわ!」
「えー、私は断然ワイバーン派! あの意地悪そうな目つきが最高じゃない?」
「っていうか、いつの間に金星はあんな惑星間戦闘艦を量産したのよ? そもそも元ネタの艦艇、そんなに種類あったっけ?」
「あ、それね。金星軍のコンゴウ級巡洋戦艦って全部で四隻あるでしょ? 『もし全部バシリスクみたいに改装されたら』っていうIF設定で、私の友人が妄想を爆発させて全モデル作ったの」
「凄すぎる……! グッズ化して売ってほしいくらいよ」
和気あいあいと推し語りに花を咲かせる一同だったが、隣の席に座っていた大尉が、コーヒーカップを置きながらクスリと不敵に笑った。
「甘いわね、みんな。二次元の擬人化もいいけれど……やっぱり『金星帰りのハヤト』こそ至高でしょ。リアルしか勝たんわ」
その名が挙がった瞬間、周囲の温度が一気に跳ね上がった。
「金星王子最強説はガチよね……。おせっせ経験者の人たち、みんな『甘い匂いで蕩けた』って口を揃えて言ってたもの」
「私なんて二週間前にこの食堂ですれ違ったのよ!? めちゃくちゃ良い匂いがして、思わずそのまま後ろから抱きしめそうになっちゃった……!」
「絶対地球には渡さないんだから。王子はアースポートの終身名誉愛玩対象よ」
当の藤堂隼人は、まさか自分がアースポート内で最大のエロコンテンツとして消費されているとは夢にも思っていない。
女性たちの妄想と熱気がピークに達しようとした――その時。
『――ウー! ウー! ウー!』
突如として食堂内に甲高い緊急アラームが鳴り響き、照明が警戒色の赤へと切り替わった。
『非常事態宣言! 非常事態宣言! 敵性レーダー波を受信! 距離、5000キロメートル! 全員、直ちに緊急指示を確認せよ!』
「きゃっ!? なに!?」
「敵!? こんな地球の本拠地ド真ん中に!?」
甘やかな歓談の空気は一瞬で吹き飛び、食堂は騒然となる艦内へと急変した。
◆
――その少し前。潜宙母艦<サラマンダー>指令所。
漆黒の宇宙を、巨大な黒いマッコウクジラのような船体が猛烈な速度で突き進んでいた。
艦長席に座る大西は、腕組みをしたまま正面のメインモニターを睨みつけていた。
「キャロルの月スイングバイでは離脱速度が不足してたか。追撃不可能な速度を出すには、この航路を取るしかない」
航海長が苦笑しながら同意する。
「地球軌道をあえて1000キロメートルも行き過ぎてから、電気推進だけで十日もかけて反転加速……そこから秒速10キロメートルまで加速して、慣性飛行で三日。予定より丸一ヶ月遅れの襲撃になりましたね」
「まあ、金星本部すら『サラマンダーは途中で沈んだか失敗して漂流している』と思っている頃だろう。地球軍の油断を誘うには丁度いい」
大西はコンソールを叩き、全艦へ通話を開いた。
「砲術長、状況は?」
『レールガン、四十門とも励磁完了! 門数・システム共にオールグリーンです! いつでも撃てます!』
「よし。航海長、現在位置と相対速度は?」
「現在、地球との相対速度秒速10キロメートルを維持! アースポートとの距離、1万キロメートルに接近!」
「了解だ」大西は深く息を吐き出し、鋭い眼光でモニターを見据えた。「距離5000キロメートルで、アクティブレーダーを照射開始。アースポート周辺で建造中、または停泊中の大型戦艦を確認し次第、直ちに進路を変更する。距離100キロメートルの至近ですれ違いざまに、レールガン全門を発射! そのまま地球の重力を利用してスイングバイし、金星方面へ全力離脱するぞ!」
8分後。
「距離5000を切りました! レーダー照射!」
更に30秒。
「目標感知! アースポート左10キロメートルに、巨大戦艦らしき影を二隻確認!」
「おあつらえ向きの獲物だ!」大西は右手を高く突き上げた。「目標、巨大戦艦二隻! 距離100でレールガン全門斉射
その7分後
「撃てぇっ!!」
暗闇の宇宙空間で、サラマンダーの艦首に配置された四十連装の電磁投射砲が、わずか0.8秒で40線の青白いプラズマの閃光を放った。弾頭は射出時の初速・秒速8kmに、サラマンダー本体速度の秒速10kmと、静止軌道公転速度の秒速3kmを加えて、秒速20キロ超、マッハ60という凄まじい速度で地球軍のドックを襲う。
レールガン発射からわずか5秒。
直径6cm、長さ24cm、質量10kgのタングステン合金の弾体の攻撃力は想像を絶するものだった。
それは戦艦の装甲を紙の様に破り、砕けた破片は艦内を切り裂きながら反対方向に突き抜けた。
「着弾確認! 目標一に二発、目標二に四発直撃! 」
「よし! 全機関、最大加速! 地球の重力場に乗れ!」
サラマンダーは、地球の青い光を浴びながら大きな弧を描いて曲がり、金星へと軌道を修正していく。
大西は、通信士に向かって叫んだ。
「金星軍本部に暗号打電! ——『トラ・トラ・トラ(我、奇襲ニ成功セリ)』」




