地球圏へ
「本当に無茶な作戦だよな……」
潜宙母艦<サラマンダー>の会議室。
大西艦長は広げられたホログラム航海図を眺めながら、深々と溜め息をついた。
隣に立つ参謀長が、光る軌道線を指でなぞりながら頷く。
「今回は金星(V0)から出撃して、二ヶ月後に地球周辺(E0)で作戦行動。そこから四ヶ月かけて金星(V3)へ帰還する航路ですね。前回の<バシリスク>の時とはちょうど逆で、行きが最短のウィンドウで、帰りが大きく回り込む長距離航路になります」
「前回の反省で地球側の防衛ラインがどう変わっているかも分からんのに、目標すら指定されずに出撃ってのがひどい話だ」
「上層部としては、搭載された無人偵察機『セイラン』三機で広範囲を索敵し、手頃な獲物を見つけて叩けという、実に自由度の高い……悪く言えば丸投げのプランですからね」
大西は椅子に深々と背をもたれかけ、苦笑いを浮かべた。
「敵を見つけられずに『空振り』でそのまま帰ってくるのが、一番安全で平和的なんだがな」
「そうもいきませんよ」
参謀長は苦しい表情でデータを切り替えた。
「情報部によると、地球軍はSE-L4を捨て、地球-月系のラグランジュ点に新たな補給資材や水氷を集積し始めているようです」
「間違いなく待ち伏せされてるよな。前回の奇襲で相手も味をしめたわけがない。カモがネギを背負って再びやってくるのを、手ぐすね引いて待っているはずだ」
「それなら、いい提案がありまーす!」
バタンと威勢よくドアが開き、キャロルが身を乗り出してきた。両手にはホログラムタブレットと、なぜか紙コップのコーヒーが握られている。
「勝手に人の部屋に入るなとあれほど……で、何の提案だ?」
キャロルは楽しげに目を輝かせながら、ホログラム航海図へ強引にデータを割り込ませた。
「地球軍の待ち伏せポイントを完全にスルーしちゃえばいいんですよ! 超高速で地球圏へ侵入し、すれ違いざまに『アースポート(地球軌道港)』を直接襲撃します。そこで建造中か整備中の大型戦艦を、我がサラマンダーの四十連装レールガンで遠距離から一撃粉砕! その後、月の重力をカタパルト代わりに利用して、急角で進路変更して一気に離脱……ってプラン、かなりアリだと思うんですよね!」
「……正気かお前?」
大西は思わず素の声を漏らした。参謀長も目を丸くしている。
「単独艦で敵の本拠地、しかも地球の目と鼻の先にあるアースポートを奇襲だと? 自殺行為だろ」
「でも、艦長、今の時期に我が軍がそんな大それた『本拠地攻撃』に来るなんて、地球軍は絶対に思ってませんよ! アースポートのような巨大な固定目標なら、超高速航行中の遠距離射撃でも命中精度は十分に確保できます。防空陣地が反応する前に通り過ぎちゃえばいいんです!」
「無茶を言うな、超高速で接近となれば、帰還用の推進剤がまるで足りなくなる」
「だから、帰りに補給用の無人タンカーを用意してもらうんです! 減速に使う燃料さえタンカーから途中補給できれば、航路としては完全に成立します!」
キャロルはドヤ顔で胸を張った。大西は頭を抱えたものの、ホログラム図に描かれた軌道計算の数値を睨みつける。
(……くそ、理論上は完璧に計算が合っていやがる)
参謀長が静かに口を開いた。
「確かに……敵の防衛網が手薄なアースポートを叩けば、政治的・精神的なダメージはSE-L4の比ではありません。年間一兆円どころか、地球軍の戦略そのものを根底から揺るがせることができます。試す価値はあるかもしれません」
大西は盛大な溜め息を吐き出し、自らの髪を乱暴にかきむしった。
「わかった、分かったよ! ……まったく、今回も命がいくつあっても足りなさそうだ……」
◆――その頃。地球連邦軍の一部は、怪しい熱気に包まれていた。
「……ねえ、これ見た?」
女性参謀が自席の端末を見せると、周囲の士官たちが一斉に身を乗り出した。画面に映し出されていたのは、一枚のイラストだった。黒い軍服の美少年に擬人化されたサラマンダーだった。
足元には、『僕は恐ろしい魔獣バシリスクだぞ!』という吹き出しが添えられている。
「まあ! これ、例の『バシリスク』の擬人化イラスト!?」
「ええ、SNSで大バズり中よ。『ツンデレ子猫ちゃん艦』って呼ばれてて、ファンアートが毎日何百枚も投稿されてるの」
「可愛い……! 『威嚇してるけど装甲が紙だから触ったら折れそう』とか『早く陸戦隊で捕獲して可愛がりたい』とかコメントが付いてるわ!」
「次の捕獲作戦の部隊マーク、これにしちゃう? 隊員の士気が爆上がりすると思うんだけど!」
前回の襲撃で一兆円の被害を出したはずの「恐怖の魔獣」は、地球社会の圧倒的マジョリティである女性たちの手によって、愛くるしい「ツンデレ美少年キャラ」へと見事に昇華されていた。
地球軍の捕獲部隊は、さらなる熱狂と『愛』を込めて子猫ちゃん(だと思っている存在)を迎える準備を着々と進めていたのだった――。




