重雷装潜宙母艦<サラマンダー>
巡洋戦艦<バシリスク>は、漆黒の宇宙空間に浮かぶゴールデンゲートの巨大なドック群へと滑り込むように向かっていた。
延べ六ヶ月に及ぶ航海を終え、無事に母港へ辿り着いた達成感と疲労が、艦橋を覆っている。SE-L4補給基地の襲撃作戦は完全なる成功。船体には何一つ傷を負うことなく、バシリスクは意気揚々と帰還を果たしたのだ。
「指定のアプローチコースに乗りました。これより第三係留ドックへ係留します」
操縦席からの報告を受け、艦長の大西は宣言した。
「よくやってくれた。全クルー、係留後に特別休暇に入る。羽を伸ばしてこい」
艦橋内に安堵の歓声が広がる中、大西はメインモニターの隅に映る「奇妙な影」に目を留めた。バシリスクが滑り込もうとしている隣のドックに、異様な存在感を放つ大型艦が繋留されている。
「……珍しい形だな」
船体は光をまったく反射しないマットブラックの電波吸収塗料で覆われ、頭部は平らで胴体は太い、さながら漆黒のマッコウクジラだった。数多くの作業アームや溶接火花がその巨体を包み込み、急ピッチで最終艤装が進められているのが見える。
隣のコンソールで端末を操作していたキャロル技官が、モニターをチラリと見上げてフッと胸を張った。
「ふふん、お目が高いですね艦長。あれは艦首に四十連装の電磁投射砲を内蔵した、完全新設計の新型艦ですよ。船体中央に並んでいる三つのコブみたいな突起、何だか分かりますか。艦載機の格納庫です。分類としては『重雷装潜宙母艦』――我が金星軍が提唱する新ジャンルの強襲艦ですね」
「重雷装潜宙母艦、ねえ……」
大西は眉をひそめた。
「地球軍の制宇宙圏の真ん中に潜り込んで、艦載機なんて飛ばして大丈夫なのか? 発進シグナル一発で位置を特定されて終わりだろ」
「もちろん人なんて乗りませんよ、あんな危険な場所。搭載するのは無人偵察機『試製セイラン』です。星を乱す者……って意味らしいです。まあ、ハードポイントに小型ミサイルも積めるので攻撃任務にも使えなくはないですが、たった三機じゃ戦果は知れてますからね。メインはあくまで長距離索敵と、照合データの誘導指示です」
キャロルは指を一本立て、講義でも始めるかのように説明を続けた。
「セイランに敵の配置や目標を密かに特定させ、攻撃自体は母艦の長射程レールガンが一手に担う。……なぜレーザーを使わないか分かりますか?」
「光線なら一瞬で届くが、発振源の熱放射と可視光で自艦の位置を特定されるからか」
「正解です! 電磁投射なら発射時の熱と電波を極限まで抑え込めますし、着弾までのタイムラグを利用して、打った直後に即座に全電源を落として逃走(EMCON)できます。位置特定を防ぎ、逃走時間を稼ぐための実体弾運用なんですよ」
大西は顎を擦りながら、大型モニターに映る黒い鯨を見つめた。
「だがな、キャロル。実体弾を宇宙空間で打ち出す以上、よっぽど接近しないと当たらんぞ。相手は秒単位で回避運動をとる軍艦だ。ステルス処理をしているとはいえ、百キロメートル以内まで肉薄しなきゃ命中なんて望めまい」
「甘いですね、艦長。固定目標なら二千キロメートル離れていても余裕で命中させられますよ。弾頭を特殊な高密度散弾に換装して、敵基地や大型艦の太陽光パネル群を広範囲にメタメタに粉砕してやるんです。エネルギー源を絶たれた宇宙施設なんて、ただの鉄くずですからね。おすすめの嫌がらせですよ」
「……」
やけに具体的で、どこか悪意すら感じる戦術運用だ。大西は胡散臭そうな視線をキャロルに向けた。
「お前、なんでそんなに詳しいんだ?」
キャロルは満面の笑みを浮かべ、バシリスクのコンソールをポンと叩いた。
「え? だってあの四十連装レールガンの基本設計を組んだの私ですから」
大西はそれ以上何も言えず、心の中で深々と溜め息をついた。
(また、お前の作ったトンデモ兵器か……)
◆
――それから、四ヶ月後。
金星首都の軍令部ビル、その一室にある重厚な長机の前で、大西は直立不動の姿勢をとっていた。
目の前に座る軍令長は、書類に目を通しながら苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「……というわけだ、大西」
軍令長は眼鏡を外し、疲れた手つきで眉間を揉んだ。
「重雷装潜宙母艦<サラマンダー>の艦長に内定していた男が、よりによって今朝なって急性虫垂炎で倒れて緊急手術になった。命に別条はないが、全治一ヶ月。戦線離脱だ」
「は……」
「突然の打診で申し訳ないが、極端な隠密運用の概念を理解し、実績のある指揮官は、今この港に貴公しかいない。……大西大佐、直ちに通達する。潜宙母艦<サラマンダー>の指揮権を引き継いでくれ。出港は明後日だ」
「明後日!? 兵装の習熟どころか、火器管制システムすら目を通していません!」
大西が思わず声を上げると、軍令長はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、手元のベルを鳴らした。
「安心しろ。あの艦には特殊な新兵器と、複雑極まりない独自システムが山ほど組み込まれている。一から教育している時間はない」
部屋のドアが開き、聞き覚えのある軽い足音が響いてくる。
「――というわけで! 艦長のサポート役兼、技術顧問として私が乗り込むことになりました! よろしくお願いしますね、大西『新』艦長♪」
扉の向こうから現れたのは、ニシシと悪戯っぽく笑うキャロルだった。
大西は天を仰いだ。
六ヶ月間の命がけの奇襲から帰ってきたばかりだというのに、再びあの「トンデモ兵器の塊」に乗って、地球軍の領域へ飛び込む羽目になるとは。
「……ハラハラさせるのだけは、勘弁してくれよ」
大西の力ない呟きは、キャロルの楽しげな笑い声にかき消されていった。




