SE-L4基地襲撃
ラグランジュ点、SE-L4。
広大な宇宙の空白において、数万トンの氷塊群と言えども、砂粒ほどの点に過ぎない。
ターゲットまで二千キロメートル。
<バシリスク>は船体の慣性スピンを停止させ、静かに漆黒の闇に漂った。まずはパッシブセンサーで周囲を走査し、敵の反応が皆無であることを慎重に確認する。
「パッシブ、クリア。敵影ありません」
「よし、レーダー全開。一気に叩くぞ」
大西艦長の短い指示とともに、アクティブレーダーが解き放たれた。コンソールに怒涛のごとく情報が流れ込み、艦内AIが瞬時に分析結果を弾き出していく。
「敵艦および迎撃兵器を認めず。ターゲット、氷塊数四十。推定合計質量、約二万トン。位置情報、照合完了――」
距離が百キロメートルを切ると、光学カメラのメインモニターにもその姿がはっきりと捉えられた。遮熱フィルムに包まれた無骨な氷塊が、太陽光を鈍く反射している。
「長居は無用だ。主砲、砲撃開始。連射は不要、スイープモードで一射ごとに確実に狙いを付け、氷塊を始末しろ」
「主砲、一斉……ではなく、単射で順次撃破に入ります!」
目に見える派手な光線やビームの筋など存在しない。
真空中を発せられた高出力レーザーは、無音のまま百キロメートル先の氷塊を捉える。瞬間、超高温に晒された内部の氷が激しく気化し遮熱保護フィルムを内側から破裂させた。
不規則に膨らみ、弾け、宇宙のチリとなって霧散していく氷塊群。
わずか10分。SE-L4基地の解体作業は、何事もなかったかのようにあっけなく終了した。ちなみに、バシリスク自身の船体を覆う擬装用の外装氷は、何一つ傷つくことなく着けられたままである。
「……艦砲射撃って、なんというか、もっとこう派手な爆発とかを期待してたんですけど。地味ですね」
オペレーション席のキャロル技官が、拍子抜けしたように肩をすくめた。
大西は苦笑を漏らしながらモニターから目を切らない。
「無人基地だしな。デブリ用のレーダーや小出力レーザーぐらいしか無かった感じだな。あと、無人タンカーぐらいだったな。沈めたけど」
さらに続ける。
「レーザーは可視光じゃないから見えないしな。それに相手はただの氷だ。気化して弾けはするが、宇宙じゃ音も爆風も伝わらない。温度だって知れてる。百キロ先なんてこの世界じゃ至近距離だが、せいぜい遠くで小さな風船が割れた程度の絵面にしかならんさ」
レーダー画面を確認する。そこにはもう、急速に拡散して薄れていく水蒸気の反応しか残っていなかった。
「よし、撤収する。目標、金星。核熱ロケット、最大加速四時間!」
「了解、核熱ロケット着火!」
「加速終了後は巡航用の核電気推進へ移行、進路を欺瞞しながら帰還軌道に乗る。熱ロケット停止と同時に、5度ずらした方向にデコイを射出。射出確認後、直ちに完全電波管制(EMCON)に入れ」
更に、通信手に指示する。
「金星の本部に打電。暗号レベルは3(解読に数日かかる難易度)。本文、バシリスクは奇襲に成功せり。SE-L4の氷2万トンの消失を確認」
バシリスクの核熱ロケットが高温の水蒸気をを盛大に吐き出し、毎分0.3kmで加速しながらSE-L4の戦場を離脱していく。
金星までの帰路は2ヶ月。この様子なら帰り道での遭遇戦は無さそうだ。
地球側が被った接被害額は、およそ一兆円。それを多いと考えるかは立場によって異なるだろう。
大西は考える。これで地球艦隊の足がしばらく鈍る。2万トンの水、宇宙エレベーターの20日分。ここまで運ぶには0.5倍の推進剤が必要と考えれば、ちょうど1月分だ。
だが、この静かな風船割りのような奇襲作戦が、のちに地球艦隊へ巻き起こす波紋は――大西たちの予想をはるかに超えて巨大なものとなろうとしていた。そう、地球の女達を金星の常識で考えるべきではないのである。




