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バシリスク出撃

暗黒の宙域を、異様な姿をした一隻の艦艇が滑るように進んでいた。


金星海軍が誇る巡洋戦艦<バシリスク>。本来であれば黒いレーダー吸収材の武骨な船体のはずだったが、今のそれはどこからどう見ても、宇宙を漂う「いびつな氷の小惑星」にしか見えなかった。


「……キャロル技官。本当にこれで大丈夫なんだろうな?」


艦橋で腕を組み、モニターに映し出された自艦の外部カメラ映像を眺めながら、私――大西艦長は重々しい溜息をついた。


「もちろんですとも、艦長!」


隣で端末を叩いていた女性技術技官、巡洋戦艦を考えた奴が、胸を張って満面の笑みを返してきた。


「艦内のメインタンクに収められる水の量なんて、高々知れていますからね。こうやって氷の状態で船体に直接貼り付けておけば、いくらでも推進剤を積めます。いわば外付けの『ドロップタンク』ですよ。戦闘直前にパージ(切離)すればいいですし、今回の隠密襲撃任務なら、いっそ氷を纏ったまま戦ってもいいくらいです。主砲、副砲、各スラスターの稼働ラインは、氷を削り出して完璧にクリアランスを確保してありますから!」


(弁当が入った重いリュックサックを背負わされたまま、リングに上がらされるボクサーの気分だな……)


私は心の中でそう呟き、こめかみを揉んだ。


今回の作戦は極めて苛烈だ。

往路に4ヶ月、復路に2ヶ月(帰還時の金星との位置関係を最適化した結果、往路4か月・復路2か月になった)航路は過去に前例のない初見のルートであり、しかも<バシリスク>1隻による完全な単独行動。軍事作戦というよりは、もはや生還率の怪しい冒険飛行に近い。


だが、リスクに見合うだけの価値はある。

目指すは、地球のラグランジェ4(SE-L4)。敵の補給拠点に存在する数万トン規模の推進剤(氷)だ。あれを使用不可能に出来れば、、地球軍の次期遠征作戦を1周期(19ヶ月)遅らせることが出来るかもしれない。


仮に完全に破壊できずとも、敵に護衛や警備の負担を強いることができれば、我がバシリスクのような旧式艦1隻の戦果としては、お釣りが来すぎるほどだった。


「……念のため、推進プラントのおさらいをしておきたい。スタッフに核熱ロケットと核電気推進の違いを、もう一度説明してくれ」


長旅の緊張と不安を紛らわせるため、私は技官に問いかけた。技官は待ってましたとばかりに瞳を輝かせる。


「はい! 簡単なおさらいです。原子炉の熱で推進剤である水を2,000度以上に直接加熱し、一気に噴射するのが『核熱ロケット』。対して、原子炉で発電した電気を使い、イオン化した水を秒速50キロメートル以上にまで電磁加速して噴射するのが『核電気推進』です」


技官はホログラム上にわかりやすい比較グラフを展開した。


「単位時間あたりの加速力(推力)は、一気に噴射する核熱ロケットが電気推進の6倍。しかし、単位推進剤あたりの加速効率(比推力)は、高速噴射できる電気推進が熱ロケットの6倍になります。しかも、噴射する水の温度が低いので赤外線センサーに発見されにくいメリットもあります」


「電気推進だけじゃダメなんですか?」


「いい質問です。直接加熱するだけの熱ロケットに対して、一旦イオン化して電磁加速する電気推進は、同じ反応炉出力で処理できる推進剤の量が少ないんです。単位時間当たりに使用できる推進剤の量は熱ロケットの36分の1しかありません。あと、高温噴射で排熱できる熱ロケットに対して、熱処理を他の方法に頼る必要があるので長時間、高出力で加速する場合は、電気推進でも噴射する水の温度を上げる必要が有ります」


だからこそ、この氷の増槽と核電気推進の組み合わせがあれば、単独での深宇宙往復が可能になるというわけだ。論理としては完璧だった。隠密性と加速度のさじ加減が艦長の腕の見せ所と言う訳だ。


「……それから、この艦全体を毎分10回転で自転(スピン)させて疑似重力を発生させる方式だが……本当に安全なのか?結構早い気がするんだが」


「私のアイデアですから100%安全です! 地球軍の艦艇でも採用していない画期的な手法ですよ。遠心力で発生させる重力で、6ヶ月の長旅から乗組員の筋肉と骨を守ります。それに、貼り付けた氷でずれた重心も安定します」


技官は誇らしげに鼻を鳴らした。


(それが余計に心配なんだよな)


「敵に見つからないよう、アクティブ・レーダーは目標到達の直前まで完全封印。位置測定は火星とSV-L4とSV-L5のステーションから航法支援シグナルを拾って計算しますから、迷子になる心配もありません!」


「……そうか」


やったこともない実験的運用ばかりだというのに、どうしてこうも自信たっぷりになれるのだろうか。

屈託のない彼女の笑顔を見つめていると、艦長としての私の胃の痛みは増すばかりだった。女なのに厄介払いに実験艦に押し付けられたという話も本当かも知れないと思い始めた。トイレの再利用もこいつの提案だったはずだ。まあ、ビデが必要な人間が1人乗り込んだから機能が無駄にならなかったとも言えるのだが。


氷の甲冑を身に纏い、深宇宙の暗闇をひた走る巡洋戦艦<バシリスク>。

遥か遠く、まだ見ぬ標的へ向かって、異形の蛇は静かに牙を研ぎ続けていた。

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