地球のハメ手
隼人視点。
アースポートに滞在してしばらくが経ち、種馬としての業務にも慣れてきた頃、俺は金星と地球が繰り広げるこの「200年戦争」について、以前とは違った視点で考察するようになっていた。
図書ライブラリで提示された対比データを眺めながら、俺は改めて頭の中で両陣営のスペックを弾き出す。
人口は金星20億に対して地球は50億。GNPは1京円対3京円と、地球が約3倍の経済規模を誇っている。
宇宙戦艦の保有数こそ一見拮抗しているように見るが、金星側の半分は36センチレーザー砲の旧式艦だ。
宇宙への輸送能力(コンテナ重量)そのものは金星の宇宙リニアに軍配が上がるが、宇宙側のターミナルを見比べると話は別だった。
金星の「ゴールデンゲート」は全長1km、質量200万トンの人工構造物。
地球の「アースポート」は質量実に2億トンを誇る小惑星そのものだ。
防御力と補給基盤のスケールにおいて、金星は圧倒的に脆弱と言わざるを得なかった。
さらに、地球軍の地上戦闘の主力――「鬼女」と呼ばれる女性兵士たちの存在だ。
彼女たちの体格は身長155~165センチ、体重50~60キロ程度。
見た目だけなら美人アスリート。だが、その身体能力は身長180センチ、体重90キロの筋肉質の男性と同等かそれ以上。
わかりやすく例えるなら、体重55キロの小柄なアイドル女子レスラーが、90キロのヘビー級男子プロレスラーを軽々とバックドロップで投げ飛ばすような世界である。
しかも、彼女たちは素手ではなく、最新鋭の重火器でガチガチに武装しているのだ。
もし、あの「鬼女」たちが1万人規模で侵入に成功したなら、ゴールデンゲートの制圧も可能だろう。
だが、ここで一つ大きな疑問が浮かぶ。200年もの長きにわたって戦争を続けておきながら、双方の陣営は「交戦規定」を厳格に遵守していた。
金星側は単純にルールを破る余裕すら(戦力がなさすぎて)ないだけかもしれないが、地球軍という絶対的な強者が「キレイな戦争」を行ってくれているのは、金星にとってみれば実にありがたい話だった。
主な交戦規定のルールは、以下の4つに集約される。
1. 惑星上に対する核兵器の使用禁止。
2. 宇宙エレベーター、宇宙リニア本体、および付属施設の破壊禁止。(※侵入のための最小限かつ回復可能な破壊を除く)
3. 宇宙エレベーター、宇宙リニア本体、および付属施設には、デブリ対策を超える攻撃兵器を配備しない。
4. 航行能力を喪失した艦艇の居住ブロック、および脱出艇への攻撃禁止。(※ただし鹵獲、拘束は可能)
要するに、この戦争の本質は「土地や資源の奪い合い」ではなく、「貴重な男性の奪い合い」だからなのだ。
地球は男そのものが喉から手が出るほど欲しいわけだから、全滅させるような兵器は使わない。
おかげで200年戦争の規模に対して、死傷者の数は極めて少ないのだった。
しかし、宇宙戦力そのものは明らかに地球が優勢だ。次の艦隊決戦が起きれば、金星艦隊が勝つのは極めて難しいだろう。
艦隊が決壊すれば、次はゴールデンゲートの攻防戦になる。たとえ1万人の鬼女が要塞内部に侵入したとしても、分厚い隔壁の突破にはそれなりに時間がかかるはずだ。
金星側は、地表の宇宙リニアから1日に数百人単位の増援を送り続けることができる。
……だが、それこそが地球側の真の狙い(罠)なのだと俺は気づいた。
地球軍の目的は基盤の破壊ではなく「兵士(男)の拉致」だ。
ゴールデンゲートの一部を占領し、奪還のために次々と送り込まれてくる金星兵を片っ端から攫い続ければ、それだけで地球側は戦争目的を達成できてしまう。
金星側が奪還を諦めて攻めてこなくなれば、あとは占領エリアを少しずつ広げていけばいいだけだ。
実に悪辣で、効率的な「詰み」のハメ手である。
もし金星側がこの地獄の消耗戦を避けるなら、いっそゴールデンゲートを完全に放棄し、地表へ引きこもるしかない。
地表での地上戦になれば、大気圏降下用の軽装備しか持たない地球軍に勝ち目はない。
金星の重装甲車両や航空戦力を前にすれば、いくら鬼女といえど叩き潰される。
だが、地表に引きこもるということは、金星が宇宙への道を自ら閉ざすことを意味する。国家の滅亡だけは免れるとはいえ、そんな悲惨でジリ貧な未来は見たくなかった。
(両者に多大な被害と爪痕を残す、ゴールデンゲートの惨劇……。それを回避する手段は、たった一つだ)
金星艦隊が、次の艦隊決戦で絶対に負けないこと。
それ以外に、金星の未来を繋ぐ道はない。
アースポートの豪華なゲストルームの窓辺に立ち、俺は漆黒の宙域に浮かぶ青く美しい地球を見下ろした。
そして、遠く離れた金星に残してきた仲間たちが、どうか無事でいてくれるようにと、静かに胸の中で祈りを捧げるのだった。




