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ペガサス級宇宙戦艦

アースポートに滞在して、早くも一ヶ月が過ぎた。


「ノルマ300回」という文字通りの種馬生活は相変わらず継続中だったが、四六時中部屋に監禁されているわけではなかった。毎日決められた時間の業務さえきっちりこなせば、それ以外の時間は内部を割と自由に歩き回ることが許されていたのだ。


アースポートの本体は、全長500メートルの無骨な小惑星だ。その内部は削り出された全80層におよび、まるで「入り組んだ巨大なアリの巣」のような広大な迷宮構造になっている。


散策の途中で聞いて知ったのだが、ここの女性兵士や技師たちが「生まれてこの方、一度も生の男を見たことがない」というわけではないらしい。


地球圏では女性が成人すると、相手こそ選べないものの、早い段階で一度だけ性行為の権利(※もちろん拒否権はある)が与えられる。そして、その一回で妊娠しなかった女性の一部が、このアースポートのような軌道拠点へ配属されてくるのだという。2回目以降の権利を得るには、何某かの顕著な働きを認められるか、多額な金銭を支払う必要がある。


(……なるほどな。金星遠征に参加した彼女たちにとって、遠征完了後に予定されていた『性行為のご褒美』が、俺の参戦によって前払いされたってわけか)


地球社会の仕組みに納得しつつ、俺はエレベーターで外壁寄りのドックエリアへと向かった。


アースポートと地球とのアクセスは、驚くほど快適だった。30人乗りのシャトルが1日に2〜3回定期往復しており、地上までの所要時間はわずか10時間ほど。金星の軌道拠点「ゴールデンゲート」では、VIP用シャトルでも7日、一般のリニアモーターだと70日もかかっていたことを思えば、地球圏の移動は破格の気楽さと言えた。


しかし、ドックで出くわした軍の整備担当官にその話をすると、彼女は苦笑いを浮かべて首を振った。


「交通は楽ですが、運用のコストは地獄ですよ。3,600トン級の戦艦を静止軌道からラグランジェ1(SE-L1)まで移動させるだけで、推進剤が1,200トンも吹き飛ぶんです。推進剤の補給や確保という面だけで言えば、金星圏の方がずっと楽でしょうね。宇宙エレベーター輸送量の1日分を超えるんですから。それに、こっちは2トン以上の部品はロケットで打ち上げないといけないのに、金星は20トンまでリニアで輸送できるんです。効率が桁違いです」


現場の苦労話を聞かされながら、俺はドックの広角シールド越しに外の宙域を仰いだ。


漆黒の宇宙空間、小惑星外壁の組立て用フレームの中に、言葉を失うほど巨大な鋼鉄の骨格が鎮座していた。金星のほこる巨大宇宙戦艦ムサシに匹敵する、圧倒的な質量感だ。


「新型戦艦……ペガサス級です」


担当官が胸を張る。


「質量6,300トン。主砲には41cm/500THzの12連射レーザー砲を搭載しています。最大加速度は毎0.28 km/min²。サジタリアス級のような高い機動性は捨てましたが、圧倒的な火力と要塞並みの重装甲で敵をすり潰す超重戦艦です。計画では5隻の建造が予定されています」


宙域に横たわる無骨で巨大な要塞戦艦のフレームを見つめながら、背筋に冷たいものが走った。


地球圏の圧倒的な工業力と資金力には感服する。だが――これほど重厚で攻撃的な超重戦艦を5隻も建造するつもりなんて。


(金星に残してきたあいつらは、大丈夫だろうか……)


前線から遠く離れたアースポートの喧騒の中で、ふと胸をよぎる不安に眉をひそめた。


◇


気分転換を兼ねて、俺は志野と一緒にレストランへ足を運んだ。


俺専用の特別メニューに金星食材の料理があることに最初は驚いた。なんでも、 地球と金星の間では密かに貿易が行われていて、地球からの輸出品は『食塩』。そして金星からの輸出品は『食材』なんだと。


アスパラガス、ペンギン肉、果ては巨大なサンドワームの肉。金星の過酷な環境ではありふれた食材ばかりだが、地球圏ではなんと「最上級の精力剤・滋養強壮品」として高額で取引されているらしい。


(俺に金星のアスパラを食べさせようとしてる理由が察せて怖いんだが……)


内心で引きつつも、懐かしさに惹かれて「ペンギンのシチュー」を注文してみた。だが、運ばれてきたスープを一口含んだ瞬間、首をかしげざるを得なかった。


悪くはない。だが、金星の現地で食べたあのコクと深みには、どうしても及ばないのだ。


「……なんだか、金星で食べた味と違うな。ちょっと物足りないというか」


「それは物理的な限界ですね」


志野が紅茶を一口飲み、解説を加えた。


「金星の地表環境は2気圧です。あちらでは水の沸点が120℃まで上がりますの。地球環境のアースポートでいくら高価な圧力鍋を使ったところで、途中で蓋を開けてアクを取ったり、絶妙なタイミングで調味料を追加して味を整えたりすることは不可能です。だから、地球圏の料理人がどれほど束になってかかっても、金星と同じ味を再現することは絶対にできないのです」


「料理科学の壁、か……」


一口、また一口とシチューを口に運ぶ。


「……早く地球に降りて、この重力に体を慣らさないとな」


「ええ、隼人様。そのためにも、今夜のノルマもしっかり果たしていただきますね」


志野の完璧な笑顔に見送られながら、俺は味の薄いシチューを飲み込み、静かに覚悟を決めるのだった。

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