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地球と宇宙エレベーター

SE-L4での推進剤補給を終え、最終減速シークエンスに入ってから数週間。


核電気推進器の微かな振動が収まり、艦内が無重力状態に戻った時、観測デッキの広角スクリーン一面に「それ」は現れた。


暗黒の宙域にぽっかりと浮かぶ、息をのむほど青く美しい球体——地球だ。


「……あれが、地球か」


俺は窓に近づき、見惚れるように呟いた。

透き通るような青と白い渦巻き模様の雲が、太陽の光を浴びて神々しく輝いている。


だが、俺の視線を奪ったのは、その青い惑星だけではなかった。


地球の静止軌道(約3万6000km)のすぐ外側、高度4万kmの宙域に鎮座する、真っ黒な巨大な異形——小惑星を丸ごと削り出して造られた軍事基地兼・物流最大中枢「アースポート」だ。


金星の「ゴールデンゲート」も全長1km、質量200万トンを誇る大構造物だったが、アースポートのスケールも負けていない。質量実に2億トン。直径500mに及ぶ武骨な小惑星の表面には、他数のドック、アンテナ群が星の海のようにひしめいている。


前話で立ち寄ったSE-L4の無人「氷のデポ」風景とは一転し、そこには地球圏の圧倒的な資本力と資源量が凝縮された、文字通りの「鉄と岩石の要塞都市」が構えていた。


◇


「凄まじいスケールでしょう、隼人様」


横に並んだ志野が、誇らしげに胸を張って言った。


「アースポートは軍民合わせて約5万人が常駐する、地球圏最大の軌道拠点です。そして……あちらをご覧ください」


志野が指さした先、アースポートの底部から地球の赤道面に向かって、一本の途方もなく細く輝く「線」が垂直に伸びていた。


宇宙エレベーターだ。


可視光カメラの倍率を上げると、太い帯状のメインケーブルあり、その両側の搬送ケーブルに無数の小さな箱のようなものが、数百メートル間隔で規則正しく鈴生りにぶら下がっているのが見えた。


「あれは……コンテナか?」


「ええ。規格化された2トンコンテナ(1.8×1.5×1.5メートル)です。時速20キロメートルの低速で、粛々と地球へと往復します。片道の所要時間は約83日間ですね」


志野はくすりと笑った。


「金星のリニアは、100万キロ先のラグランジェポイントまで、20トンコンテナで70日かけて運ぶ。人も乗ることが出来る。地球の宇宙エレベーターは4万キロ上空の静止軌道の少し外まで、2トンコンテナで83日かけて運ぶ。地球側の積み出し口は、ガラパゴス諸島の西300キロ沖に浮かぶ500万トンの超巨大メガフロート『スペースポート』に固定されている。メガフロートの10ギガワット級原子力発電所のパワーで、全長4万キロのメインケーブルを引き張る。そしてアースポート側も核電気推進で引っ張り、協調して張力を維持しているのです。そしてリフトケーブルを時速20キロで循環させる」


「メガフロートの張力と、アースポートの推進力でピンと張っているわけか。力学的にめちゃくちゃ合理的だな……」


「はい。正確には静止軌道の外側で地球の自転に遅れようとするアースポートをメガフロートで引っ張り、さらに核電気推進でアースポートが地球に落ちたり、逆に飛び去らない様に位置と速度を調整する。軌道物理学の到達点です。

低速・大容量に特化しているため、1日になんと500コンテナ、重量にして1,000トンの物資を無公害・超低コストで地球から宇宙へと送り届けることができます」


規則正しくゆっくりと地球へ向かって流れていく無数のコンテナ列を見つめながら、俺は「まるで果てしない巨大観覧車か、宇宙規模のロープウェイだな」と直感的に思った。効率とコストを極限まで追求した、地球人のしたたかな技術力の真骨頂と言えた。


「では、人間の移動はどうするんですか?」


「それには、地上側のマスドライバーと宇宙往還機(シャトル)を使います」


志野は手元の端末を操作し、地球のアンデス山脈のホログラムを表示させた。


「赤道直下、エクアドルのカヤンベ山——標高5,790メートルの高山山脈に敷設された、全長300キロメートルの超巨大マスドライバーです。空気が薄い高山からマッハ10でシャトルを打ち出し、その後ロケットで加速して10時間でアースポートと地上を行き来させています。帰りはアースポートで推進剤を補給して、翼の空気抵抗とロケットで減速して地球に帰還する」


標高5,000メートル超の山からマッハ10でシャトルを放り投げる——。

地球の荒々しい地理と圧倒的なスケール感に、俺は思わず苦笑いを浮かべた。


「人間は高加速度で一気に飛ばし、物資は83日かけて静かに下ろす。徹底してますね」


「ふふ、人間は貴重品ですからね。一秒でも早く目的地へ届けたいのですよ」


志野は意味深な笑みを浮かべ、俺の肩に優しく手を置いた。


「隼人様。あなたは、出発までスペースポートにて数日間ほど待機していただき、重力に体を慣らしてから地球に降りて頂きます」


「アースポートに滞在ですか」


「ええ。ですがご安心ください。アースポートの高級士官用区画——特設防衛区画に素晴らしいお部屋をご用意いたしました。5万人の軍民がひしめく基地ですが、セキュリティは完璧です」


そう言った志野の目は、どこか楽しげに輝いていた。


◇


数時間後。


アースポートの巨大ドックに地球軍艦隊が無事入港すると、基地内は目に見えて「異様な熱気」に包み込まれていた。


それもそのはずだった。


「ねえ……聞いた!? 金星から帰還したシーマ艦隊に、伝説の『藤堂隼人様』が乗っているって!」

「噂の国宝級男子!? 600人斬りで妊娠確定100人超えの!?」

「特設区画に滞在されるらしいわよ! 一目でいいからお顔を拝みたい……!」


ドックから高級士官区画へ向かう動磁気エアトラムの窓越しに、あちこちで群がる女性士官や基地職員たちの興奮した視線が刺さるように注がれる。


男女比1対5,000の地球圏において、約5万人が暮らす巨大基地に「生殖能力1万人に1人」の超貴重な若い男がやってきたのだ。その衝撃と熱狂は、静かなアースポートを一瞬で蜂の巣をつついたような大騒ぎへと変えていた。


(……シャトル待ちの数日間、ただ大人しく部屋に閉じこもっているだけで済めばいいんだがな)


警護の女性SPたちに厳重に囲まれながら、俺は豪華なゲストルームのドアをくぐった。


窓の外には、圧倒的な質量を誇る2億トンの漆黒の岩肌と、その向こうで美しく輝く青い地球が見えていた。


地球圏への到達。

ここから、俺の「藤堂隼人」としての新たな物語と、地球本国降下に向けた静かな準備が始まろうとしていた。

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