宇宙巡洋戦艦<バシリスク>
「……<バシリスク>?
宇宙巡洋戦艦の艦長ですか?」
司令部の一室で、<ナガト>副艦長の大西は、目の前に差し出された辞令書を二度見した。
デスクの向こうで煙草の煙を吐き出したのは、軍令長だった。
「聞いたことがない名前だろう。それもそのはずだ。先週、急遽分類された新しい艦種だからな」
「巡洋戦艦とは、また時代錯誤な命名ですね。我が金星軍にそんなカテゴリの艦艇があった覚えはありませんが」
「新造ではない。既存の旧式艦<ケーニヒ>の船体をベースに、根本的な再設計を施した改装艦だ。君の新しい職場となる<バシリスク>だよ」
軍令長は端末を操作し、大西の端末へ新艦種のスペックシートを転送した。
【宇宙巡洋戦艦<バシリスク>のスペック】
※( )内は改装前の宇宙戦艦時
質量: 3,220 t (2,750 t)
全長: 111 m (107 m)
全幅: 16 m (14 m)
乗員: 100 名 (130 名)
機関出力: 13.6 GW (6.4 GW)
最大加速度: 0.31 km/分² (0.27 km/分²)
主砲: 36cm / 8連射レーザー砲(2.0 GJ)
※発射速度:36秒(変更なし)
機関: 従来の核熱ロケット + 巡航用・核電気推進機(低温型)
装甲: レーダー吸収装甲(RAM)に全面換装
画面をスクロールしながら、大西は眉をひそめた。
「機関出力が13.6ギガワット……? 従来の2倍以上ですか。しかも惑星間航行用の核電気推進機を追加装備。それでいて乗員数は130名から100名へと激減している」
「そうだ。艦の自動化を徹底的に押し進めた結果だな。おまけに、操船人員が減った分だけ艦内の居住環境は大幅に改善されたぞ。重力発生エリアは従来の3倍に拡張され、個人のベッド、専用のトイレにシャワー室まで完備だ。おまけに食堂まで作られた」
軍令長はどこか誇らしげに胸を張った。
「チューブの高カロリードリンクじゃない、皿に乗ったまともな『普通の飯』が食えるんだ。磁気ブーツのペンギン歩きの無い生活がどれほど有難いか、君ならよく解るだろう? 前回の戦闘で回収・分析した地球軍の放置艦<ダイモス>の居住区設計をそっくり真似させてもらったのさ」
「……至れり尽くせりですね。居住性の向上は素直に嬉しいですが」
大西は冷めた視線をスペック表の下部に落とした。
「攻撃力はどうなっているんですか? 主砲は41センチ……いや、せめて新戦艦と同じ38センチに更新されたんですか?」
「……36センチのままだ。出力も発射速度も一切変わっていない」
軍令長の歯切れが一瞬悪くなった。大西は呆れたように息を吐く。
「機関出力を2倍以上に増やして、主砲の火力が据え置きですか。それどころか、この装甲欄の『レーダー吸収装甲』って何ですか? これは装甲ではありませんよ。むしろ防御力を著しく低下させる代物です」
「ステルス性を追求した結果だ」
「レーダー探知をされにくくする代償に、敵のレーザー光線まで熱として効率よく吸収してしまう素材でしょう! 被弾すれば100%貫通されるペラペラな紙装甲です。主力艦隊同士の決戦に放り込めば、一瞬で溶けて蒸発しますよ」
「だから言っているだろう、大西副艦長。これは『巡洋戦艦』だ。
この艦の主戦場は、艦隊決戦ではない。任務が根本から異なるのだ」
「……任務とは?」
「初陣はSE-L4——地球軍のラグランジェ4中継基地への電撃的な襲撃。および、金星・地球間の長大な宇宙航路上における通商破壊と奇襲遊撃任務だ」
大西は即座に頭の中で軌道計算を展開し、首を横に振った。
「無茶です。金星と地球を結ぶ高速遷移軌道など無数に存在しますよ。そんな広い宙域の中間地点で敵艦隊を待ち伏せし、補給線を断つなど、砂漠で落とした針を探すようなものです。成功確率は限りなくゼロに近い」
大西の指摘は止まらない。
「仮に遭遇できたとしても、相手は減速前の超高速航行中です。こちらが奇襲を仕掛けるとなれば、初撃を与えるまで自艦のエンジンを噴射して加速することすらできません。位置がバレますからね。宇宙空間で機雷源を設置できないのと同じ理屈です。作戦として成立しませんよ」
大西の理詰めの反論に対し、軍令長はフッと不敵な笑みを浮かべた。
「成立しなくていいんだよ、大西艦長。
巡洋戦艦という存在はな、ただそこに『存在する』だけで元が取れるのだ。
地球軍の立場になって考えてみろ。惑星間を長距離航行可能で、ステルス性が高く、どこに潜んでいるか判らない金星軍の戦闘艦が野放しになっているんだぞ?
地球軌道の前線基地や中継補給所がいつ襲われるか判らない。
金星への輸送船団も、常時護衛艦隊を貼り付けなければ運用できなくなる」
「……フリート・イン・ビーイング(存在脅威)ですか」
「その通りだ。地球軍は広大な航路の防衛と警備のために、膨大なリソースと艦隊を裂かざるを得なくなる。
相手に強いるその精神的ストレスと運用コストこそが、この艦の真の攻撃力なのさ。
どのみち<コンゴウ>級は、どれほど近代化改装を施したところで、真正面から主力と殴り合えるような器じゃない」
大西は感心したように、しかしどこか呆れたように呟いた。
「それ、巡洋戦艦なんて格好いい名前をつけてますけど、要するに『潜水艦』か『仮装巡洋艦』の類いですよね」
「正体不明の、惑星間作戦が可能な単独戦闘艦——地球軍にとっては夜も眠れなくなる最悪の幽霊船さ。……君の冷静な判断力と現場での柔軟な対応力を買っている。期待しているぞ、大西艦長」
大西は深々とため息をつき、手元の端末を収めた。危険な単独任務には違いないが、軍人として断る選択肢はない。
「了解しました。……ところで軍令長、一つくだらないことを伺っても?」
「なんだね?」
「新しい艦内のトイレですが……小の方はどういう構造になっていますか? 無重力や微小重力下での排泄システムはトラブルが多いので」
軍令長は一瞬ぽかんとした後、ニヤリと可笑しそうに笑って便器の画像を見せた。
「元が女の船なんでな。……行儀よく座って使ってくれ」
「……ビデはいらんでしょう。まさかダイモスの便器再利用してるんですか?」




