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新戦艦<ビスマルク>

ゴールデンゲート工廠の士官食堂の一角で、<ナガト>の大西副艦長は、旧<ビスマルク>——いや、現在は改名されて<ムツ>となった宇宙戦艦の艦長の愚痴をきいていた。


「まったく……現場の苦労も知らんで、政治家どもは好き勝手な絵を描いてくれる」


<ムツ>艦長はため息をつき、コーヒーカップを卓上に置いた。大西は苦笑しながら尋ねる。


「例の改名の件ですか。<ビスマルク>を<ムツ>に変更したという」


「そうだ。上層部は『地球軍に対する情報戦および意図的な情報攪乱』なんて大層な名目を発表しているがね、実態はただの意地の張り合いだ。この期に及んで、よくもまああそこまで揉められるものだよ」


「噂には聞いていましたが……やはりナガト級の改装・新造プランを巡る『日』と『独・伊』の対立を収拾できなかったのが原因ですか?」


大西の問いに、<ムツ>艦長は深く頷いた。


金星連合艦隊を構成する主要3カ国——日の国、独の国、伊の国。

地球という共通の脅威を前と同盟を結んでいるとはいえ、国家としての主導権争いや技術的自負は今なお各国の間に強く根を張っていた。


「発端は、先日の防衛会議だ。3年間での新造枠を『ムサシ級2隻』と『改ナガト級4隻』と決めたところまでは順調だった。ムサシ級の建造を『日の国』が担い、改ナガト級の建造枠を『独・伊』が分担して製造する。ここまでは誰も文句はなかったんだ」


「ええ。本来の計画では、日の国が主導する<ナガト>の第一次改装プランを基本設計として、それをベースに『改ナガト級』を新造するはずでしたよね」


「それが破綻したのだよ。独・伊の艦政技師どもが『我が国の新技術を盛り込む』と言い出して、原案を原形をとどめないほど弄くり回した設計案を出してきた。当然、日の国の技術陣は反発する。『そんな実績のない新機軸を詰め込めば現場が混乱する』とな。だが独・伊側も引き下がらない。結局、お互いの政府を巻き込んだ泥沼の政治闘争に発展してしまった」


「政治家がしゃしゃり出てくれば、まともな落としどころなんてなくなりますね」


「その通りだ。結果、妥協案として『改ナガト級』という枠組みそのものを投げ捨て、独・伊の新設計艦をまったく新しい別級の新戦艦として建造することになった。……そして、火の粉は艦名にまで飛び火したのさ」


<ムツ>艦長は吐き出すように言った。


「独・伊側が『新造される我が国の最精鋭艦にこそ、<ビスマルク>の名を与えるべきだ』と強く主張したのだ。その結果、新戦艦の一番艦が<ビスマルク>を拝命することになり、追い出される形となった既存の<ビスマルク>は、日の国系の艦名である<ムツ>へ改名させられた……というわけだ。非常時にバカげた話だろう?」


「まあ、新造艦の名前を独・伊系で揃えるのは百歩譲って納得するとしても、今ある艦の名前をわざわざ変えるのは無駄以外の何物でもありませんね」


大西は半ば呆れたように首を振った。


「戦帳簿の書き換えに始まり、通信コードの変更、識別信号の再設定……現場の手間が増えるばかりです。地球軍を騙すどころか、真っ先に混乱するのは我々金星軍の将兵ですよ」


<ムツ>艦長は手元の端末を操作し、噂の『新戦艦<ビスマルク>』の試算スペック表を画面に呼び出し、大西の前に提示した。


【宇宙戦艦<ビスマルク>(新造艦)スペック】


※( )内は改装後<ナガト>


質量: 4,170 t (3,905 t)


全長: 125 m (112 m)


全幅: 18 m (17 m)


乗員: 140 名


機関出力: 13.6 GW (13.6 GW)


最大加速度: 0.31 km/分² (0.27 km/分²)


主砲: 38cm / 520 THz・8連射レーザー砲(2.7 GJ)


※改装後<ナガト>:41cm / 470 THz・8連射レーザー砲(3.5 GJ)


発射速度: 25秒 (30秒)


大西は表示された数値をじっと見つめ、思わず指先で顎を擦った。


「……ほう。数字だけ見れば、独・伊の主張も頷けますね。全体的に<ナガト>より一回り大きく、重い。それなのに最大加速度は0.31km/分²ですか。同じ13.6ギガワットの出力で、ナガト以上の機動力を叩き出す計算だ」


「フン、機動力だけじゃない。主砲の周波数を見ろ。520テラヘルツだ。地球軍の最新鋭(500THz)すら上回る高周波レーザーを積む気だぞ。一発あたりの威力(2.7GJ)こそナガトの41cm砲(3.5GJ)に譲るが、発射サイクルは25秒と短い」


「スペック上は『独・伊』の設計の方が強そうに見えますね。総合的な攻撃力はナガトと互角以上、耐久性と速力(機動力)では上回っている」


「『カタログ通りに動けば』の話だがな」


<ムツ>艦長は冷ややかな声で切り捨てた。


「あの新型推進機は排熱効率と推進剤の消費計算にかなり無理がある。試作段階で酷い微振動が発生しているという噂も耳にした。それに、実射テストもしていない段階で『25秒サイクルで発射可能』など、絵に描いた餅もいいところだ」


「……まさか、日の国の技術陣がそれを会議で言っちゃったんですか?」


「ああ。『そんな無茶な設計で25秒など出せるか!』とな。それが火に油を注いで、最後は『だったらビスマルクの名前を返せ!』という不毛な意地張り合戦に発展したのさ」


大西は天井を見上げ、深くため息をついた。


地球軍という圧倒的な敵が眼前に迫っているというのに、味方同士で内輪揉めをしている余裕がどこにあるというのか。

だが同時に、これが国家という巨大な組織の宿命であることも大西は理解していた。


「……まあ、机上の空論でも何でもいいです。3年後にその<ビスマルク>が本当にカタチになって、地球軍の頭上に520テラヘルツのレーザーを叩き込んでくれるなら、私はいくらでも『ムツ』と呼びますよ」


「そう願いたいものだな」


二人は苦笑いを交わすと、冷めかけたコーヒーを呑み干した。

防衛のための力を蓄える金星軍。しかし、国家間の面子と意地という不協和音が鳴り始めていた。

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