<ナガト>改装計画
ラグランジェ1沖会戦。
金星連合艦隊は「ゴールデンゲート」を防衛し、地球艦隊を退けることに成功した。しかし、拠点内で湧き上がる勝吼とは裏腹に、司令部や工廠の空気は鉛のように重かった。
辛勝——いや、実質的には「紙一重の敗北寸前」だったからだ。
地球艦隊の傷は浅く、本国へと後退したに過ぎない。軍の分析によれば、地球側の補給・建造能力を考慮した場合、早ければ3年後に再び侵攻艦隊が襲来すると予測された。戦力回復と補強は、一刻の猶予もない急務であった。
だが、金星軍参謀本部が導き出した「3年後の地球艦隊」の戦力予想は、あまりにも絶望的だった。
「……楽観的な試算でも、これですか」
参謀のヒッパーが提出した試算書を眺め、軍幹部は苦い顔を噛みしめた。
今回の戦闘で失われた2隻、および旧式艦<フォボス>の補充として、地球側は新型の<サジタリアス>級3隻を追加導入してくるのは確実。さらに今回の戦訓を踏まえ、残存艦にも改修が施される。これだけで敵は14隻の強力な陣容を整えてくる。
さらに、地球側が本格的な戦力増強へ本腰を入れた「最悪のシナリオ(好戦的予想)」では、我が軍の<ムサシ>級に匹敵する新造大型艦を5隻投入してくる可能性すら指摘されていた。
その場合、地球軍の規模は16隻。それもすべてゾデアック級以上の新鋭艦ばかりである。
対する金星軍の現状といえば、地球軍の主力艦と真っ向から殴り合えるのは<ムサシ>級2隻と<ナガト>級2隻の、わずか4隻のみ。
軍はこの危機的状況を打開するため、新型艦の大量建造と現行艦の刷新を政府へ強く働きかけた。
だが、政府が提示した当初予算案で認められたのは、3年間で「<ムサシ>級2隻、<改ナガト>級4隻の新造」と「現行<ナガト>級2隻の大規模改装」のみであった。
「バカな! たった10隻でどうやって敵の16隻を迎え撃てというのだ! 敵の新型6隻を<ムサシ>4隻で引き受けても、<ゾディアック>8隻を<ナガト>6隻で相手にせねばならん。勝てぬとは言わんが差し違えることになるぞ! 計画の見直しを要求する!」
軍幹部は猛反発したが、政府側の返答は冷淡そのものだった。
「無い袖は振れませんよ。金星の工業力とエネルギー供給、そして国家予算の限界です。『最大限の努力』はお約束しますが、これ以上の予算上積みは困難です」
政治の壁に突き放された金星軍は、限られた予算と資源の中で、手持ちの駒をギリギリまで鍛え直すしかなかった。こうして、防衛の要である宇宙戦艦<ナガト>の第一次改装工事が、ゴールデンゲート工廠にて開始されたのである。
【宇宙戦艦<ナガト> 第一次改装スペック】( )内は改装前
質量: 3,905 t (3,272 t)
全長: 112 m (101 m)
全幅: 17 m (15 m)
乗員: 130 名
機関出力: 13.6 GW (8.0 GW)
最大加速度: 0.27 km/分² 変わらず
主砲: 41cm / 470 THz・8連射レーザー砲(3.5 GJ)
※改装前:41cm / 450 THz・8連射レーザー砲(3.2 GJ)
発射速度: 30秒 (36秒)
工廠のドックで巨体を晒す<ナガト>を見上げながら、大西副艦長は手元の端末に表示されたスペック表を眺めていた。
「装甲の追加とフレームの補強で、質量は400トン以上増えて一回り大きくなりましたね」
傍らに立つ艦政本部の技術将校が、胸を張って頷いた。
「ええ。ですがご安心ください、大西副艦長。機関出力を従来の1.6倍(13.6GW)へと大幅増強いたしました! これにより、艦体が大型化・重装甲化されたにもかかわらず、改装前と変わらない最高加速度(0.27km/分²)を維持しております」
「なるほど。で、肝心の『牙』の方は?」
「主砲は照射周波数を470テラヘルツへ引き上げ、一発あたりの威力を3.5ギガジュールに高めました。さらに冷却システムの刷新により、再充填時間(発射サイクル)を36秒から30秒へと短縮。対空・近接防衛力を強化するため、副砲も従来の4門から8門へ倍増させております!」
技術将校は熱弁を振るう。
「艦政本部の試算では、『耐久性1.2倍、攻撃力1.4倍』! さらに区画の再配置により居住環境も大幅に改善されております。これなら地球軍のゾディアック級とも互角以上に渡り合えますよ!」
「……数字の上では、な」
大西はスペック表から目を離し、静かに呟いた。
耐久性1.2倍、攻撃力1.4倍。
響きは実に頼もしい。しかし、地球側が繰り出してくるであろう500テラヘルツ級の高周波レーザーや、圧倒的な数に対抗するには、これでもまだ心許ないのが本音だった。
「ともかく、現場としてはこの『新しくなった<ナガト>』に命を預けるしかない。頼みますよ、技師長」
大西は大きく息を吐くと、工事の火花が散る工廠の奥へと歩き出した。
3年後、再び訪れるであろう激突に向け、金星の生き残りをかけた爪を研ぐ日々が始まったのだ。




