種馬稼業
「藤堂隼人」としての俺の新しい日常は、非常にわかりやすい「お仕事」から始まった。
要するに、種馬稼業だ。
1日のノルマは3人。1人につき持ち時間は1時間。
「共有のプレイルーム」という身も蓋もない名目のもと、俺の自室には代わる代わる地球艦隊の女性クルーが訪れてくる。
(……それにしても、イメージと随分違うな)
現代の金星人が持つ地球人女性のイメージは、おぞましいものばかりだった。
『女しか生まれない、男女比1対5000の魔境』
『圧倒的な筋力と体躯を持ち、狂暴で狡猾、我がまま』
『男を力づくで蹂躙し使い潰す、性欲の権化のような怪物たち』
だが、実際に肌を重ねる地球人女性たちは、拍子抜けするほど違っていた。
全員が目をみはるほどの美人で、根はとても親切だ。そして何より——異性(男)という存在にまったく慣れていない。
部屋に入ってきた直後は、強がったような威厳を見せようとするのだが、俺が服に手をかけたり優しく声をかけたりした瞬間、挙動不審になってフリーズする。いざ行為に入ると、あまりのテンションの高さに空回りし、どうしていいかわからずパニックになる者さえいた。
だから、こちらが熟練した手つきでリードしてやると、彼女たちは素直に身を委ね、行為が終わる頃には一転してコロコロと表情を変えながら喋りやすくなるのだった。
「んっ……ふぁ……隼人様、そこ、すごく効きます……」
「肩から腰にかけて、相当コリが溜まってますね。いつも厳しい訓練をしているんですか?」
「は、はい……砲撃指揮担当なので、ずっと緊張しっぱなしで……ああっ、気持ちいい……」
行為の後、うつ伏せにさせたクルーの腰を丁寧にマッサージしてやると、彼女はトロけたような声をあげて身悶えした。
実は、俺の中には、もう一つ、強烈な記憶が存在している。
2000年前の転生者——「藤堂直樹」の記憶だ。
地球側は睡眠学習によって、俺の脳に「藤堂隼人」という架空の地球人男性の設定を書き込もうとしたらしい。だが、どういうバグが起きたのか、定着したのは「隼人」の記憶ではなく、2000年前の大昔の自分——「藤堂直樹」の記憶だった。
地球人たちには「洗脳の定着が甘く、隼人としての記憶はほとんど残っていない」ということにしている。実際、俺自身もなぜこんな大昔の記憶が蘇ったのか見当もつかない。
(だが……2000年前の地球の女と、根本的には何も変わってないな)
直樹としての記憶と照らし合わせても、目の前でマッサージに歓喜している女は、昔の地球人女性そのものだ。強いて言えば、現代の彼女たちの方が少しばかり屈託がなく、明るいかもしれない。
言葉は基本的に日本語だ。たまに違う言語を話すクルーも来るが、その際はイヤホンから精度の高い同時通訳が入るので、コミュニケーションに不自由はなかった。
「ふぅ……隼人様、ありがとうございました! また明日……あ、明日は別の人の番でした……」
彼女は名残り惜しそうに着替えを済ませると、深々と一礼して部屋を去っていった。
ドアが閉まると、俺は用意されている食事に手をつける。
メニューはある程度選べるのだが、肉や卵、ニンニクや亜鉛をふんだんに使ったスタミナ系の料理が圧倒的に多い。さらに「高地(薄い空気)適応のための造血剤」として毎日渡される薬だが、成分を舌で味わう限り、確実に強い強壮剤(精力剤)がブレンドされている。
幸いにも、思考力を奪うような洗脳薬や精神安定剤の類いは入っていなさそうだった。彼女たちにとっても、「正気で知性のある男」との健全な交配こそが目的なのだろう。
食後、俺は配給された情報端末を開く。
空いた時間は端末で自由に知識を得ることができた。当然、閲覧履歴は監視されているだろうから、不自然にならないよう「藤堂隼人のリハビリ」という体裁を保ち、関連ワードのリンクを自然に辿りながら検索を進めていく。
検索を重ねるうちに、歴史と環境に関する奇妙な事実が見えてきた。
直樹(2000年前)の記憶によれば、金星とは二酸化炭素の分厚い大気に包まれた、鉛すら溶かす灼熱の死の惑星だった。
しかし、現代の金星人と、大多数の地球人の認識は異なる。
『金星は、過酷ではあるが人が住める星』
気圧は地球の約2倍。灼熱の昼と極寒の夜がそれぞれ100日以上続き、その過渡期に約60日ほどの過ごしやすい「朝」と「夕方」が訪れる。
そして、歴史—金星人の伝承によればこうだ。
今から約3000年前、超高度な技術文明を誇っていた時代に「男が生まれなくなる致死性のウイルス」が発生した。その滅亡の危機から逃れるため、旧時代の地球から金星へと移住した人々の子孫が、いまの金星人なのだという。
だが、地球側のデータベースを検索すると、一部のカルト的な思想を持つ地球人たちが、信じがたい説を主張していた。
『巨大な知性体・モノリス神が、かつて人が住めなかった金星をテラフォーミングし、地球の寂しい女性たちのために無数の男性を金星に召喚したのだ』
(……狂ってるな)
思わず画面から目をそらした。いくら男に飢えているからといって、都合の良すぎる神話を本気で信じ込もうとするあたり、地球側の精神的な追い詰められ方が察せられた。
ふと、自室の清掃と備品補充のために、先ほどとは別の女性クルーが入ってきた。
「隼人様、タオルの補充です。あ、そのままくつろいでいてくださいね」
「ありがとうございます。……あの、一つ聞いてもいいですか?」
俺が声をかけると、彼女はパッと顔を輝かせた。
「はい! 何でしょうか!?」
「艦内の皆さんは……私が本当は金星人であることを知っているんですよね?」
彼女は一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐに親しみのこもった苦笑いを浮かべた。
「ふふ、もちろん知っていますよ。提督からも『彼は金星人だが、公式には地球の藤堂隼人として扱う』と厳命されていますから。でも、誰もそれに不満はありません」
「不満がない……?」
「ええ。だって、隼人様が『地球人の名門の男』という扱いになってくれた方が、上層部も世論も納得して、隼人様をこの艦で手厚く保護できますから。私たちが得をするだけじゃなくて、隼人様を守るためでもあるんですよ」
彼女は嘘偽りのない清々しい笑顔で言った。
この艦の地球人たちは、俺が金星人であることを知っている。そして、俺に「藤堂隼人」の仮面を被せることが、双方にとって一番都合がいいのだと理解した上で、全員で口裏を合わせてくれているのだ。
金星人は地球人を「悪魔のような敵」として戦ってきた。だが、ここに乗っている地球人たちには、金星人に対する憎悪や敵意など微塵もなかった。
「……金星では、地球人は恐ろしい侵略者だと思われていますよ。昨日まで殺し合っていたのに、よくそんなに優しくできますね」
俺が呟くと、彼女は「あはは!」と声をあげて笑った。
「だって、私たちが行ったのは戦争じゃなくて『男を浚うための命懸けの求愛』ですよ? 銃を持って男を奪いに来た女なんですから、返り討ちにあって殺されたって自業自得です。金星の人たちが怒って当然だし、無事で帰してくれるわけないじゃないですか」
笑いながら当然のように言いのける彼女の姿に、俺は少しだけ呆れ、そして深く納得した。
支配者としての理不尽なまでの割り切りと、個人としての無邪気な優しさ。
その両面を合わせ持つ地球人女性という存在に、俺は「藤堂隼人」として、しばらく付き合っていくことになりそうだった。




