第9話 悪魔の従者様は説得するのがお好き
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第9話です、よろしくお願いします。
楽しい食事が終わった後、この後どうするのかと不安になった。
ただでさえ男二人で狭い部屋なのに、今日はダンテさんまでいるんだ。
「さて、拙者はそろそろお暇するとしよう」
ダンテさんが、どっこいしょとばかりに腰を上げる、あ、帰るんだ。
「今日は誠にご苦労であった、ゆるりとしてくれたまえ」
ダンテさんはそう言いながら、玄関とは逆方向のベランダへと向かう。
「あ、玄関はこっち――」
言いかける前にダンテさんは、掃き出し窓に向かって両手を伸ばし前にかざすと、そこにいきなり、豪奢な彫り物が施された、銀色がギラギラまぶしい、大きないかつい扉が現れた。
窓一面が悪魔上の扉になったよ。狭いからこじんまりしているけれど。
「お気をつけて」
扉の両側にそれぞれ立つダニエルさんとデリックさんが、まるでエスコート紳士のような立ち振る舞いで、観音扉になった悪魔場を開く。
仰々しい音を立てて開かれた向こう側は、紫の霧が、なだらかなマーブル上にうごめいて、向こうが全く見えない。
ダンテさんはその霧の中に、吸い込まれるように入って行かれたのを確認してから、扉がゆっくりと閉じられる。
あとはまるで、真夏の日差しに溶けるかき氷のように、静かに消えてゆく。
「皆さんああして、悪魔の世界に帰ってゆくんですか?」
「あぁ、そうだ」
ダニエルさんが教えてくれた。
この世界と出入りする者は、協会からカギを預かることが出来る、この鍵があれば、こちら側のどこからでも扉を開くことが出来るのだと。
「じゃぁ、お二人も、あんなに簡単にどこでもドアが出せるんだったら、無理にここにいなくてもいいんじゃないんですか?」
「ばーか、そこから先が長いんだよ」
こちらの世界はどこでもドアでも、あちらの世界は、開くポイントが決められてるのだそうな。
「協会にたどり着くまでに、どんなに頑張っても二三時間はかかってしまう」
「何それ、ド〇えもんに負けてんじゃん」
「あぁ、彼の活躍は何度か見させていただいたが、子供向けの楽しい空想の世界、頭にプロペラを付けて飛ぶなど、いくら悪魔の力でも無理な話だ」
空想と非現実と常識みたいな非現実がコラボしてカオスだ。
夜も更け、無事にジャワ―で体を清めた後、キッチンの床に真新しい布団が引かれていた。
「ど、どうしたんですか、もしかして買ってくれたんですか⁉」
床より敷布団のほうが大きいから端が壁に当たって折れちゃってるけど。
びっくりしたよ、ふわふわの羽毛布団じゃないですか、さらにダニエルさんとデリックさんにも、真新しい布団が二組、しかもデリックさんには青いシルクのパジャマ、ダニエルさんは渋い焦げ茶色の浴衣姿。
私にもおニューのピンクのパジャマ、肌触りのいいシルク、しかもシマエナガ柄、かわいい。
「加奈子にはこれからも世話になるからな、これくらいの事はさせてくれ」
「わぁ、ありがとうございます……」
こんな高級なパジャマに羽毛布団だなんて、今まで縁のない世界だったから驚きだよ、でももう少し経費を節約して広い部屋に引っ越そうとは考えないのですね……
でも真新しい布団を堪能して、ふと目に入った玄関。
「あ!」
「どうした加奈子?」
「ダンテさん、靴忘れて帰ってる」
窓の外は、今日もさわやかな日差しが頬をなでるいい天気。
今日の朝ご飯は、ほんわか焼いた赤い鮭と、お豆腐とわかめのお味噌汁、それに納豆。オプションとして、浴衣姿にマリメッコのエプロン姿のダニエルさん。
ダンテさんの靴は、気付いたら取りに来るだろうということで、ビニール袋に入れてしまっておくことになった。
「加奈子、今日はここへ行こうと思うのだが」
どこに行くでもなく、まったりと過ごしていたお昼前、普段着からスーツ姿のダニエルさんに、地元のカフェを紹介しているガイドブックを広げて見せてくれた。指さしたお店は、青い壁がおしゃれな外観と、変わったカレーの写真。
そこへ案内しろという。
地図を見ると、電車で六つ目の駅の近く、分かりやすい場所だそうだから、大丈夫だと思うと伝えると。
「そうと決まれば出立だ、間に合わなくなる」
「なにに?」
「加奈子、パソコンは持ったか?」
私の質問には答えてくれなかったけれど、パソコンは昨日ダンテさんから頂いたやつ、両手を広げてポムンと出して見せた。
われながらこの能力はすごい、これなら重くはないし落とす心配もいらない。
三人分の切符はもちろん、ダニエルさんが出してくれた。
目的の駅に降り立つと、周りは古びたお店や、小汚いビルが立ち並ぶ、何ともノスタルジックな空気が漂う街だった。
目指すはガイド本で見た青いカフェ、この先四つ目の信号を右に折れて三百メートルほど進むらしい。
三つ目の信号を過ぎたあたりで、カツッと派手な音を立ててダニエルさんの足が止まる。
「どうしたんです?」
立ち止まったダニエルさんは、まるで苦虫を噛み砕いたような渋い表情を浮かべ、派手に舌打ちする。
私もその目線を追うと、そこは十階建てほどのビル、その屋上に人影が見えた、でもなんだか様子がおかしい。
「うわ、リアルにやばいっすね!」
デリックさんも手でひさしを作り同じ場所を見上げている。
「もしかして、フェンスを乗り越えようとしてません?」
私も驚いてそう言った瞬間にはもうデリックさんは走り出していて、ダニエルさんは私の体を脇に抱えていた。
悲鳴を上げる間もなく、ダニエルさんは大きくジャンプして、近くの建物を踏み台にして、いろんなビルの外壁を三ステップで駆け抜け、あっという間に、ビルの屋上にたどり着いた。
前触れのない逆バンジー突然味わい、胃が逆流したのを必死で抑え、四つん這いになりながら呼吸を整える。ごはん前でよかった。
まだ足がすくんでいるけれど、それよりさっきの人、と、顔を上げるとそこには、デリックさんにしがみつかれフェンスから引き離され、暴れる女性と、それを少し離れた場所から見詰めるダニエルさんの後ろ姿が。
「いやぁ~離してぇ‼」
デリックさんに捕まれても、なおもがいて抵抗する女性。
「おとなしくしろっての」
「死なせてぇ、お願いだからぁ~ここで死ぬのぉ~‼」
赤いハイヒールは脱げ、背中まである長い髪を振り乱し、デリックさんを振りほどこうと必死の抵抗を見せる女性、黒地に花柄のワンピースはめくれ上がり、黒いストッキングは伝線しまくっっちゃってる。
恰好なんか気にかける余裕なんかない、死のうと思っていたところを、見知らぬ人に止められたのだから。
「本当に死んでもいいのですか、今ここで飛び降りると、あなたの頭蓋骨は無残にも粉砕し、中の赤い物体があたりに飛び散ります、手も足もあらぬ方向に折れ曲がり、それはそれは醜い姿を、一般大衆の目にさらしてしまいますよ」
ダニエルさんは冷静だったが、やめて想像して胃が変な方向に向いてしまいそう。
「死んだらそんなことどうでもいいの、止めても無駄なの、私はここで飛び降りて死ぬのぉ‼」
「そうは言っても、地面にたたきつけられた衝撃で、天に召されるはずの清らかな魂も、砕けてしまうのですよ、あなたの肉体はしかるべき処分がなされるでしょうが、あなたの魂は壊れたまま成仏もかなわず、残酷な醜い姿で未来永劫この場所から離れることもできず、更に見知らぬ人間たちに踏みつけられていく、それはもう何ともひどいありさまだ」
「そんな説教いらないわ、あなたもしつこいわねぇ、あの人のいないこの先の人生なんて意味無いのぉ、お願いだから死なせてぇ!」
「それに! あなたの死を知ったあなたの家族や友達知り合い、それに誰よりもあなたを大切に思っている人が、深く嘆き悲しみ不幸になっていきます、その因果と罪で、あなたの魂は地獄以上の苦しみと悲しみと後悔にさいなまれてしまうことでしょう」
「で、でも、これ以上生きていたって、私……」
それでも、もがく力を緩めない女性を見ながら大きなため息をついたダニエルさんは、背中を向けたまま私の名を呼んだ。
「加奈子」
「はいっ」
思わず正座してしまった、ひっくり返った胃が、やっと正しい位置に収まろうとしていた途中だったが、そんなことにかまっている暇はない。
「パソコンを立ち上げろ」
「はいっ」
何をするかは知らないけれど、言われたとおりにポムってして、起動スイッチを入れる。
「今からいうパスワードを入力しろ」
「はいっ」
ダニエルさんの言うとおりに、入力すると、何かのホームページが出てきた。
「では、もしあなたがここで自殺を思いとどまった場合どうなるかをお教えしましょう」
再びダニエルさんの言うとおりにキーを押すと、何やら顔写真とともに長い文章が出てきた。
「よし」
そう言ってダニエルさんは私からパソコンを取り上げると、そこに書かれている文章を読み上げるように、その女性に説明してゆく。キーボードには触らないでねと祈る私。
「まずあなたが今日ここで死のうとした理由、それはあなたの恋人の浮気ですね」
へぇ、悪魔のパソコンはそんなことまでわかるのか。
「ですがそれはあなたの一方的な誤解です」
それまでの鬼のような形相だった女性が、驚きの表情へと変わる。
「あなたの恋人は、浮気などしておりません、むしろあなたを一途に愛しておられます」
「で、でも、今まで仕事が忙しいとか、冷たくなったりとか、それにあの時も!」
「仕事が忙しくなったのは、よくある、あなたのための贈り物を買うため、いつもよりたくさんの仕事を入れてきたからです、恋人の仕事は、成果を上げれば上げるほど稼げる仕事でしたよね」
「そ、そう、だけど」
「冷たくなったのは、仕方がありません、彼とて人間です、疲れる時もありましょう、でもあなたへの愛は疲れることはありませんから、優しく見守ってあげてください」
「で、でも彼ったらあの時!」
「疑心暗鬼になったあなたは、そこで彼の密会現場を目撃してしまうのですね、買い物途中で見かけたカフェで」
「そうなんです、親しげに笑いあって、それで……」
「その女は、単なる仕事上の相手、ビジネスパートナーです、やましい関係は少しもありません、それどころか、この先あなたにとって、かけがえのない親友になるはずの女性でした」
「それって……」
なんて素敵な引き止め方、おかげで女性もすっかり自殺する気力も失せたようだ。
「あなたの未来は、恋人からの愛の贈り物をその左手にはめ、たくさんの愛情を受けながら最高に素敵な人生を歩むことになるはずでした、いや何とももったいない」
「え?」
ダニエルさんは大きなため息をついて、そっとパソコンを閉じた。
「わたし、最初に引き留めましたよね、しかしあなたはそれでも死ぬことを選んでしまいました」
「な、何をバカなことを、私が死ぬわけないじゃない!」
「今更遅いです、あなたはさっき何と言いましたかね、覚えているか、加奈子」
「え、え? さっきは死ぬとかここから飛び降りるとか言ってましたけど、でもいまh――」
「はい、彼女も証言しましたねもう逃げられませんあなたはここで死ぬ運命なんです!」
私の言葉を遮るようにダニエルさんが早口でまくし立てる。
「で、でも私、もう死にたくは……」
そう言いながら、でも彼女の体はフェンスのほうに向かってゆく。
「い、嫌、なにこれ、やめて、嫌、嫌よぉ!」
今度はデリックさんも止めようとはしない、何が起こっているのかわからないが、どうやら彼女の意思とは反対に体が勝手に動いているようだ、このままではフェンスを乗り越えて本当に落ちてしまう。
二人ともなぜ止めないの!
思わず彼女に駆け寄り止めようとしたが、体に触れる瞬間、まるで目に見えない透明のエアバックにでも当たったみたいに私の体はボムンと弾かれてしまった。
私の体は、デリックさんに受け止めてもらったので大丈夫だったけれど、このままでは彼女が。
「いやぁぁぁ、死にたくないぃぃ‼」
「なら、私と契約しますか⁉」
ダニエルさんの落ち着いた声が、パニックになっている彼女の悲鳴をかき消した。




