第10話 悪魔の従者様は限定カレーがお好き
お越しいただきありがとうございます。10話まで来ました。
「契約……?」
「はい、あなたの死後、我々とともに悪魔協会で働くという契約を交わしていただけるのなら、あなたの願いを一つだけ叶えてあげましょう」
「は?」
だよね、は? だよね、分かる、私もいまだに意味が解ってないんだもん。
「ご心配なく、過酷な労働やサービス残業なんてもちろんありませんし、福利厚生もしっかりしております、有給もどんどん使ってくださって結構です」
相手の手がフェンスから離れた。
「その、契約をすれば、死なずに済むの?」
「もちろんです」
「じゃ、じゃぁ、契約するわ、だから助けて!」
「では、あなたの願い事を一つだけ言ってください」
ダニエルさんは私にパソコンを託すと、新たに検索ワードを伝えてきた。
打ち込むと、見知らぬホームページが開かれた。黒くて不気味な悪魔が、おどろおどろしい地獄絵図のような背景に浮かび上がってきた、その上にかぶさるように 『悪魔協会へようこそ』 の文字が。
なにこれ、安っぽいお化け屋敷の看板みたいで怖っ。なのに、フォントが丸っこくて虹色って。
サイドバーにはたくさんの項目 『理事長今日のお言葉』 『活動報告』 『スタッフブログ』 『悪魔さんたちのつぶやき』 などが並ぶその一番下に 『あなたのお望み叶えます』 とある。
そこをクリックするように言われ、ポチッとしたら、おどろおどろしい背景のまま、フォームのページに切り替わった。
そこへ願い事を打ち込めという。
「名前は、工藤真理子、歳は先月で三十五になりました、住所は――」
ダニエルさんに聞かれるまま、素直に答えていく工藤さん、私もたどたどしくも一生懸命キーボードをたたく。
「では、あなたの叶えたい願い事を一つ、どうぞ」
ダニエルさんに促され、工藤さんは両手を胸元で合わせ、祈るように言った。
「自殺なんかしたくありません、だから助けてください」
言われるままそう打ち込んで、エンターキーをポチッとな。
すると今度は、グロい背景が消え、代わりにおめでたいくす玉が割れ、中からかわいいクマのキャラクターがファンファーレとともに現れた。
何だこれ。
「おめでとう、これであなたとの契約は完了した、望みは叶えられました」
あなたはもう自由の身だと、ダニエルさんに告げられた工藤さんは、私たちに何度もお礼を述べて、帰っていった。
きっと大好きな彼氏の元へ向かったんだろう、でもストッキングは履き替えたほうがいいと思うよ。
画面では「いまだにクマのキャラクターがキラキラした紙吹雪を浴びながら万歳三唱を繰り返している、これ、放っておいたら永遠に続くんだろうか。
「悪魔協会の公認キャラクター、アックーマくんだ、可愛いだろ?」
成程、クマなのに羊のような角がついているから悪魔なのね。
『あっクマのぬいぐるみ!』 って、子供の頃に流行ったダジャレギャグか。
「でもよかったじゃないですか、自殺を止めることが出来て」
「そうだな、おかげで契約も取れた」
ダニエルさんが来たいと言っていたカフェはあのあとすぐに見つかって、こうして三人で席を確保している。
お昼ご飯時ということもあって、席はほぼ埋まっている、何を食べようかとメニューを広げる前に、ダニエルさんが勝手に注文したのは、ガイドブックにも乗っていた、あの派手なカレーだった。
間に合わなくなる、と言っていた意味が分かったわ、このカレー一日限定二十食!
私たちが注文した三つでちょうど売り切れた。
その後もお客さんが次々に入っては、このカレーの問い合わせが後を絶たない、ラッキーだったんだ私た
ち。
もし工藤さんの騒動が長引いていたら、間に合わなくなるところだった。
出てきたのは、深型のお皿に敷き詰められた黄金色のカレー、中央に、山形に盛られた白いご飯、そのご飯を囲むように立てかけられて並ぶのは、色とりどりの素揚げした野菜たち、カボチャ茄子パプリカ輪切りの玉ねぎ、ご飯のてっぺんには温泉卵、まるで黄金の池に浮かぶリゾートアイランド。
カレー独特のスパイスの香りと、程よく揚った野菜の香ばしい香りが、仲良く私のかわいいお鼻をくすぐってくれる。
食欲がそそられる、やばい香りだ。
島の一部を崩してみる、まずはカレーとご飯を一口、うん、カレー、美味しい。
続いてカボチャを一口、うん、カボチャの甘みが最高、そのままでも美味しいのに、カレーの池に沈めてあげるとこれまた絶品だわ。
島の中央の温玉も崩してやれ、えいっ。わぁい火山だぁ噴火口だぁ。
――なんて遊んでいる場合じゃない。
食後のコーヒーと、仕上げのお仕事が待っていた。
工藤さんと知り合った経緯と、個人情報とを協会に送るだけ、データーはすぐに教会で保存されるという。
「保存されて、どうなるんですか?」
「死後、悪魔協会で働いてもらうことになる」
へー、と、あいまいな返事しかできない私のダニエルさんは詳しく説明してくれた。
「人は死んだら、いわゆるあの世へ行ってしまうが、我々と契約した魂は、悪魔協会へ就職することになる、職種内容は様々あるが、一通りの部署を体験してもらって、そこから適切な部署に配属される、彼女の見た目からして、デスクワークが合うかもしれんな、事務とか、経理とか」
「あの子、見た目もかわいかったから、窓口に座らせたら、人気出るだろうな」
「こらこら、女を顔で判断するんじゃないわよ」
「昔は、なかなか契約が取れなくて、それは苦労したと聞く」
いつの時代の話だろう。
「だから、人知を超えた願い事を一つだけ叶えてやるというオプションを着けてみたのだが、これは好評で、そこからはたくさん契約が取れるようになったのだ」
成程、それがさっきの工藤さんの、自殺を止めたいという願いをかなえてあげた結果の契約。
「あれ、でも待って、さっきの工藤さんの行動少しおかしくなかったですか?」
「何がだ?」
「だって、ダニエルさんの説得で、自殺を思いとどまったじゃないですか、それなのになんで体が勝手に動いたの、もしかしてダニエルさん、何かしたんじゃないですか? 体を操ったとか」
疑惑の目を向けると、それでもダニエルさんは落ち着いてコーヒーを口にしてから。
「誤解の無いように言っておくが、あの女は今日あそこで飛び降りて死ぬ運命だったのだ」
「運命……?」
「あの女からそんなオーラが見て取れた」
今日、工藤さんは、何がどうあろうと、あそこから飛び降りて鬼籍に乗る。そういう運命だったのだそうな。
何をどう説得しようが、どう引き留めようが、何をしても無駄な事、だから心が自殺を思いとどまろうとも、体が勝手にフェンスを登ってしまう。
あそこに私たちが現れたのは、運命に対するイレギュラー。
「アックーマ君の力をもってすれば、たかが人間の運命を変えることなど、反逆者の首をひねりつぶすことよりたやすいこと」
頭では理解できないから、難しく考えるのはよそう。
「もちろんいつでもクーリングオフは出来るが、契約を破棄したとたん、あの女はすぐにでも、あのビルの屋上へ行ってしまうことであろう」
恐るべし、アックーマ君。
だったら、と、疑問がわく。
「もしかしてですけど、お二人も、一度死んでるってことですか?」
「あぁ、そうだが?」
協会で働いているということは、つまりはそういう事なんだ。
「だったらすごく若死にじゃないですか!」
ダニエルさんだってまだまだ働き盛りの三十代だし、デリックさんはもっと若くて、それにダンテさんだって渋いけど、まだまだ死ぬような年齢じゃない、そういえば以前遭遇したパーカー連中も、みんな若者だった。
「俺、死んだの、爺さんになってからだけど?」
「へ?」
デリックさんが、デザートの杏仁豆腐を食べながらさらりと言う、いつの間にデザートなんか注文してるのよ。
「悪魔協会に就職すれば、死んだ年齢など関係ない、その部署にふさわしい年齢になれるのだ」
「若返ることが出来ちゃうんだ」
うらやまし。私もプリンアラモードを注文しちゃった。
「俺は若いころ、武術やってたんだぜ、その腕を見込まれて、この年齢になったんだ」
「じゃぁ、デリックさんも悪魔協会に願いをかなえてもらって契約して、現在に至るってことですか」
「そーそー、あれは確か、俺の現役最後の試合の日だったか、あろうことか大怪我しちまってよ、失意のどん底にいる時に、悪魔協会の奴らが現れてよ」
「怪我を治してもらったんですね」
「おうよ、もちろんその試合も優勝したぜ」
だからそんなに強いんですね、納得だわ。
「そのあとは普通に暮らして、爺さんになって、正月に餅をのどに詰まらせちまってさぁ、あははは」
「あはははっ、って、笑い事じゃないですよ」
「まぁ、それでも悔いのない人生だったから、後悔はないわ」
デリックさんかっこいい。
「じゃぁ、ダニエルさんは――」
「加奈子は」
「はい?」
話をそらされた、このタイミングでプリンアラモードがやってきた。
「叶えたい願い事はあるか?」
「叶えたい願い……」
「加奈子は今、死後ではなく今働いてもらっている、願い事はまだ叶えていないが」
「うん」
「このままだと、願いが叶う前に本契約を結ぶことになると思うが、そうなれば、願いをかなえる機会を失ってしまう」
「もったいない」
確かに、最初は無理やり引きずり込まれた感じだったけれど、今は協会と契約を結ぶことに異論はない、でもそっか、願い事を一つ、できれば人知を超えた奇跡のような願い事。
「……中身のなくならない財布」
「ほう、そう来たか、ではそれを――」
「いや、待って待って、やっぱりもっとよく考えさせて!」
せっかくの願い事、そんなに簡単に決めちゃうのはもったいない。
「そうか、加奈子の事だ、かっこいい恋人がほしい、とかでもいいぞ、思い人はいないのか?」
恋人、急に胸の奥がキュンと締め付けられる。
「恋人、以前はいたけど?」
「嘘つけ」
「う、嘘じゃないもん! ちゃんといたもん‼ 将来の約束もしたもん‼」
「ではなぜ今、そばにいないのだ?」
「う……」
それは何個目かのバイト先で知り合った三つ年上の人だった、交際が始まって、それで、いろんな時を過ごして、これからって時に。
「振られたんだ」
「振られ、たかもしれないけど、なぜか突然、いなくなったのよ」
そう、ある日突然彼は姿を消した、働いていた職場も辞めて、連絡がつかなくなって、それっきりだ。
「そうか、ではそいつに会えるように願うか?」
「それ、は……」
色んな理由を考えた、他に好きな人が現れた、とか。身寄りがなくて貧乏な私に見切りをつけた、とか、単純に私のことが嫌いになったとか。でもそれくらいしか思いつかない。
「会えたところで、改めて振ったた理由を聞くのが辛い……」
「いびきをかくお前に愛想をつかしたのかもしれないしな」
わぁ、デリックさんったらひどい。
でももういいのだ、いなくなった理由はきっと私にあるのだから。
登場するカフェやメニューには、特定のモデルはありません。
こういうの食べたいなぁ、と思うものを書いています。




