第11話 悪魔の従者様は、悪魔がお好き
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それからしばらくは平和な日々が続いた、ダニエルさんの作るおいしいご飯を堪能したり、時にはカフェでおいしいランチをご馳走になったり、ダンテさんがテレビを買ってくれたので、みんなで見たり、時には通りすがりの人と契約を交わし、願い事をかなえてあげたり。
そんなのどかなある日。
突然私の手に飛び出してきたパソコンから、警告音が響き渡る。
何事かと見ると、悪魔協会から、ダニエルさんとデリックさんに緊急要請。
悪魔から逃亡する人物を捕まえろ、との指令。
画面には地図が表示され、そこには、点滅しながら移動している赤い点、これが今回のターゲット。
人通りの多い繁華街からいったん道をそれると、薄暗くてうすら寒い寂しい通り。
そこを一人の男が、大きなボストンバッグを抱えながら、必死の形相で走る。
もうどのくらい走っただろうか、足元はふらつき、息も絶え絶えだ。
振り向くともうあの黒い影は見えない、うまく逃げ切れたのだろうか、でももっと遠くへ逃げなければ。
しかし、足はもう限界とばかりに、その一歩を踏み出せず、もつれてその場に崩れてしまう。
腕から離れ、大きくバウンドするボストンバッグを、捕まえようと手を伸ばすものの体がもう付いてゆけない。
「おや、落ちましたよ、大切なカバンなのでしょう?」
二度ほどバウンドしたバッグは、転がった先にいた、スーツ姿の男性が拾い上げ、動けずにいた男の足元へ投げてよこした。
男は慌てて地面を這い、しっかりとその胸に抱きよせる。
「おやおや、拾ってあげたというのに、礼の一つもないんですかな?」
男はそこで初めて顔を上げて、スーツ姿の男性を見上げる。
長身の優男ダニエルさんだ、少し離れた後方にデリックさんと、ついでに私もいるよ。
「だ、誰だね……」
男は這いつくばった状態から、上半身だけをおこして、しりもちの体制になり、じりじりと後ろに後退する、ボストンバッグも抱えたまま。
「私ですか、通りすがりの悪魔の手下ですけど、何か?」
「あ、あくま、だと?」
自己紹介したダニエルさんに、おびえた表情を浮かべるこの男、どこかで見たことあるなと思ったら、思い出した、テレビで見たことある。
でもテレビで見るよりも、少ない頭髪は乱れ、お腹もだらしなく膨れ、何よりその貌に覇気がない、いつもはりりしく厳しくすました顔をして、テレビの前に立っているのに、そんな天下の総理大臣がこんなところで何をしていらっしゃるの? ですわ。
パソコンに表示された指令によると、この総理は、悪魔と契約を交わし他にもかかわらず、その代償を払いもせず逃げ出した、とある。
悪魔だもの、何かしらの願望や野望を持った人物に付け込んで、その願いをかなえてやる。
しかし、その代償はとてつもなく大きい。
その者の持つ地位や財力や財産、時には自他問わずその命。
議員になって権力を握りたい、そこから彼の人生は狂い始めた、と報告書にそう書いてあった。
あろうことかこの男、議員になるために、妻を生贄にささげた。
その後も、親や兄弟を犠牲にして出世していった。
大臣になりたいと、娘を差し出した。
あぁ、テレビで見たわ。数年前に妻が病気で亡くなり、愛する娘は一年前に交通事故、悲劇の中から歯を食いしばって国民のために働く姿は、悲劇の議員としてお茶の間の同情を買い、知名度を上げていった。
そして今、最高峰の椅子を他に入れるために、その身を悪魔にささげてしまった。
総理になりたい、ならば実力で這い上がればいいのに。
なるほど、そんな実力も根性もないから、野望のために周りの大切な人を、ホイホイと差し出せるのだ、でも、いざ自分となると、恐ろしくて逃げだしたなんてなんて卑怯で阿保なの。
こんな人に日本の将来を任せようとした国民が哀れだわ。
総理は、ダニエルさんから離れようと、しりもち状態からじりじりと後方へ下がる、情けない面。
「逃げようとしても無駄ですよ」
それでも腰を上げて振り返った時には、後方から迫りくる巨大な黒い影。
「ひ、ひぃぃ‼」
鷹のような大きな翼、太い四本の脚には長い爪、ガっと開かれた口には鋭くとがった牙、そして優雅になびく鬣はライオンのよう。
「悪魔連合六十番目の、偉大にして強大なる侯爵、ファブラ様だ」
デリックさんが教えてくれた。
「本物の、悪魔……?」
初めて見た、すごい迫力、離れていてもすごい気迫で、足が震える。
ファブラ様は、唸り声をあげながら、ゆっくりと総理に近づいていく、逃げる先にはダニエルさん、もう逃げ場はない。
「た、頼む助けてくれ、金か、金ならいくらでもやるぞ‼」
総理は、ダニエルさんの胸元に、抱えていたボストンバッグを押し付けるように差し出してきた。
私の立ち位置からはダニエルさんの表情はよく見えないが、きっと、とてもやさしい顔でバッグを受けとたんだろうな。
そのままファスナーをゆるりと開けて、高く掲げてその口を大きく開いて見せた。
中から紙吹雪のように舞い落ちる大量の渋沢栄一。
悪魔から逃げながらも、大切に抱えていたのは、家族でもない国民を思う気持でもないのだ。
「な、なんてことをするのだ貴様‼」
総理の怒りは、命乞いを受け入れなかったことか、それとも命の次に大事なお金を無下に暑かったことか。
「このような紙切れごときで許しを請おうなど、悪魔も舐められたものです」
「おい、そこのお前、そんなところに突っ立てないで、手伝わんか‼」
総理は、散らばったお札たちを、みっともない格好で拾い始め、後方に私たちがいることに気づき、指図してきた。
私だってもちろんお金は欲しい、決して裕福じゃない環境で暮らしてきたせいか、一円でも大切に扱ってきたつもりだったし、喉から手が出るくらい必要とした時もあった。
目の前を舞い散るあのお金だって大切なお金だ、でもなんでだろう、だからと言って一緒になって拾おうなんて思えない。
もし、拾った分はあげるよと言われても、大丈夫私にだってプライドはある。
少し離れた場所に落ちていたお札を拾おうと手を伸ばした瞬間、先に大きな鋭い爪。
自分の置かれた状況に我に返った時には、ファブラ様は唸り声をあげて、大きな口を開けて襲い掛かろうとした。
「何、食べちゃうの⁉」
「あぁ、そうだ」
思わずライオンの補色シーンを想像してしまい、デリックさんの背中に隠れるようにしがみつき、大きく目を閉じる。
やだやだ、スプラッタはもう見たくない!
「そうはさせないよ」
突然どこからともなく誰かの声がした。
驚いてあたりを見渡すが、声の主は見当たらない。
見ると、ダニエルさんもデリックさんも上を見上げていたので、つられて上を見ると、ビルの四回あたりに設置された、室外機の上に、見知らぬ若者が腰かけていた。
「悪魔協会の偉いさんか誰だか知らないけど、邪魔させてもらうよ」
誰だろう、白いシャツに、サスペンダーのついた紺色のパンツ、くせっ毛なのか茶髪のショートが、室外機の風にふんわりとなびいている。
まだ幼さの残るかわいい少年だった、あんな狭い場所によく座っていられるなぁ。
「初めまして、僕の名はケール、天使協会の宣伝課に努めている期待の新人だよ、だからこんな狭い場所でも座っていられるんだ、よろしくね」
天使協会?悪魔協会があるのだから、天使協会があってもおかしくないのか、だったら妖怪協会とか、妖精協会ってのもあったりして。
「おじさん、困ってるみたいだけど、助けてあげようか?」
「何⁉」
「え?」
「貴様、横取りする気か‼」
デリックさんの脅しに似た叫びも、我関せずといった涼しげなケールはあっさりと 「そうだよ」とにっこり。
「それでおじさん、どうする? このまま悪魔に食われるか、助けてあげるから、この僕と契約して、天使協会に入る?」
「す、するとも、契約でも何でもするから、助けろ‼」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった総理、高いところにいるケールをまるで神のように崇め奉る。
ダニエルさんは苦虫をかみつぶしたような顔で、総理をにらんでいるが、天使相手に手も足も出ないとでもいうのだろうか。
「わかった」
ケールは屈託のない柔らかい笑顔でそういうけれど、その瞳に冷たさを感じてしまうのは、この状況だからだろうか。
その時、さらに上空から、まぶしい光が下りてきた。
それは真っ白で、清らかな柔らかいドレスを身にまとい、背中には白い大きな羽、美しいブロンドの長い髪、モデルかハリウッド女優かと見惚れるほどの美貌。
今度は天使のお出ましだった。




