第5話 悪魔の従者様は幻のコーヒーがお好き
読んでいただきありがとうございます
今回少~しだけ尾籠な会話を致します、うんこが苦手な方ごめんなさい。
「痛ったぁ~、もっと優しく起こしてくださいよぉ」
「ダニエルさんが、飯作るからどけ!」
「あっ、ごめんなさいぃ」
デリックさんの後ろには、もうすっかりエプロン姿のダニエルさんが、大きなお玉片手にスタンバっていたので、慌てて毛布をたたんで押し入れにしまう。
え、エプロン⁉ それにそんなお玉見たこと無い。
「ど、どうしたんですかそれ!」
「どうしたもこうしたも無い、ここは何もなさすぎだから買って来たのだ」
「いつの間に」
「お前が高いびきの間に行って来たんだよ、全然気づかねぇの」
そんな朝からお店も空いてないだろうと思ったら、もうすっかり空いている時間だった、朝じゃないじゃんもう昼前じゃん、どんだけお寝坊さん名の私。
「起こしてくれればよかったのに」
「起こしたんだが」
起きなかったんだ、昨日は驚きの連続だったから、疲れが半端なかったうえに、なかなか寝付けなくて。
「っていうか私、イビキかいてました?」
二人は一瞬顔を見合わせると、デリックさんは私を見てにやりと笑い、ダニエルさんは大きなため息をついた。
「うぇえええええ!」
自分ではわからなかった、花の乙女なのにぃ!
「冗談だ」
「あぁ、ひどい!」
お玉のほかにも、昨日舌打ちされた泡だて器や大小のボウル、ザル菜箸すりこぎピーラー、中華鍋に行平鍋、新しいまな板に包丁までそろっている。
凄いなぁ、完全にここに住み込むつもりなんだ。
そして何より、ダニエルさんが着けているのは白地に赤い大きなお花柄、マリメッコのエプロンじゃないですか。
スーツ姿の時は気付かなかったけれど、エプロンのひもで絞めつけられた後ろ姿、肩幅はあるのに腰が細い、シャツ越しでもわかる、ダニエルさんってば無駄な肉のついていない、憧れのパーフェクトボディだわ。
それに、マリメッコといえば女性のイメージな赤い花柄、イケメン優男ダニエルさんが着るとなぜか妙に似合っていて怖いんですけど。
「女性の特権を奪わないでください」
「どういう意味だ」
ダニエルさんが作ってくれたお昼ご飯は、スパゲッティミートソース、かわいいサラダと黄色いスープ添え。
「もぉ何なんですか、ダニエルさん女子力高すぎませんか、何考えてるんですかぁ!」
「そんなに怒ることはないと思うが」
怒りたくなるほどおいしかったし、狭狭水回りがいつの間にか、おしゃれな収納がいっぱい付いた素敵キッチンになっていた。
シンク上の空間に、組み立て式の収納棚が出来ていた、そこに鍋や食器を収納し、フライパンやお玉を吊り下げる。
まさか自分部屋でこんな素敵なキッチンにお目にかかれるなんて夢にも思ってなかった、これなら料理をするのも楽しいはず、作るのはダニエルさんだけれども。
新しいキッチンに見とれていると、ポロロロンと、聞きなれない機械音が聞こえてきた。
「おそらく協会からのメールだ、加奈子、開けてくれ」
パソコンを立ち上げると、確かにメールが届いていて、ダニエルさんはそれを真剣なまなざしで読んでいる。
「ダンテさん、なんだって?」
壁にもたれて、パソコンを見もしないデリックさん。どうやら協会とのやり取りはすべてダニエルさんに任せきっているという感じだ、私も破壊神には触ってほしくないからいいんだけどね。
「反逆者の残党がいる位置が絞れたらしい」
ダニエルさんはそう言いながら、有名な百円均一の名がプリントされた袋を持ち出して、中身をガサガサとあさりだす、
取り出したのは、一冊の小さめのノートとペン、超高速でメールの内容を書き留めている。
ごめんなさいプリンターが無くて。
メモしたノートをデリックさんにも見せている間、再び袋の中をゴソゴソしたかと思うと、私に差し出してきた。
「なに?」
それは一冊の手帳だった。
可愛い犬の写真があしらわれた、四月始まりのスケジュール帳。
「え……?」
「昨日、私の報告を書き留めるのに、一冊使い果たしていたであろう」
だからって、わざわざ買ってきてくれたの、私のために?
「あ、ありがとうございます!」
胸が熱くなった。すごくうれしい、大切に使わなくてわ。
「またいつ、大量にメモしてもらわないといけない時も来るからな、まだまだたくさんあるから、遠慮はいらない」
大量の犬たちがこっちを見ているよ。
「あ、ありがとう、ございます……」
前言撤回していいですか。
また再び着信音が流れ、画面にはどこかの町の地図、その一か所に小さな丸が点滅している。
ここにダニエルさんたちが探している 『何とかさんたち』 がいるのかしら。
こんな探知機みたいな映像、ドラマとかで見たことあるけど、現実に見たのは初めてだ。
「ついに現れたな」
「ここからそう遠くないな」
そこはどうやら、歩いて数分ほどにある商店街のようだ。
「よし、行くぞ加奈子!」
「へ?」
他人事のように座り込んでいた私に、もうすっかり準備の整ったデリックさんとダニエルさん。
「私も行くんですか?」
「当たり前だ、何のための下僕だと思っている?」
パソコンごとついて来いというのだ。
「これ抱えていかなきゃいけないの?」
「早くしろ!」
早くと言われても。
仕方がないので、充電いつまでもつのかわからないけれど、コンセントを抜いて、コードとマウスをバッグに詰めて、あととりあえず、犬様の手帳も二冊バッグに忍ばせる。
向かった先は、やっぱり近くの商店街だった。
地元の人たちに愛される商店街だけあって、結構にぎわっていて人通りも多い。
そこをサラリーマン風の長身スーツ優男と、派手目な赤いコートのチンピラヤンキー、その後ろをノートパソコンを広げたまま追いかける地味なトレーナー女、何このスリーショット。
もしかして人目を引いてる?
皆、避けて通るし、売り込みをしてる人もおとなしくなるし、好奇心で近づこうとする幼子を止める母親とかいるし。
「ちょっと目立ってますよね?」
「こんな人通りの中で、パソコンを抱えて歩いていたら、そりゃ目立つだろ」
「わ、私のせいですか⁉」
デリックさんの赤いコートではなくて!
確かにスマホのこのご時世、パソコンをさもスマホのように持ち歩いているのは確かに目立つわな、って、ダニエルさんのせいなのでは⁉
って言い返そうとしたら、パソコンからピーピーと警戒音が響く。
探していたターゲットのなんとかさんたちが近くにいるということかしら。
「よし、俺は上から探してみるとするわ」
「あぁ、何か解ったら報告しろ」
オッケー、と返事を返してデリックさんは、人の目をかいくぐるように、建物の隙間に入っていくと、その隙間を足掛かりにあっという間に上階へと。
まるで忍者のような身軽さで、屋根の上へと消えていった。
ニンニン。
「デリックが戻るまで、我々はここで待っていることにしよう」
そう言われて入ったのは、レンガ色したおしゃれな建物。レトロな喫茶店だった。
「デリックさんを放っておいていいんですか⁉」
デリックさん一人を働かせておいて、自分たちはのんびり待つなんて、と訴えると。
「心配はいらない、今はまだ敵の様子もわからないのだ、下手に動けば、かえって事態の悪化につながりかねぬ、隠密にたけているデリックに、今は任せておけ」
左様でございますか。
茶色を基調とした店内は、カウンターと、四人掛けのテーブルが二つの、こじんまりとした落ち着いた空間だった。
カウンターの向こうには、初老の男性が一人不愛想に立っている。
奥の席を陣取った私たち、早速メニューを広げてみた。
ここの売りは、いろんな種類のコーヒー豆、モカだのキリマンジャロだのブルーマウンテンだの、詳しくない私には、どれがどう美味しいのかよくわからない。
「おぉ、この店はコピルアクを扱っているのか!」
ダニエルさんの目が一瞬光った。
「加奈子、面白いからお前も飲んでみろ」
そう言って私の意見も聞かず、勝手に注文している、何でもいいのでそれに従ったのだが、改めてメニューを見て、一番下にあった、コピルアク。一杯三千八百五十円税込み。
「え、ちょ、ちょっと待ってくださいよ、これめっちゃ高いじゃないですか!」
「どうした、コピルアクだ、妥当な値段だが」
他は五百円六百円、少し高めでも八百円くらいなのに、桁が違う、金額が崩壊してる。
「心配しなくていい、私のおごりだ、遠慮はいらんぞ」
「で、でも、三千八百五十円税込みですよ!飲めるわけないじゃないですか‼」
「いつもの十倍の量で出てくるわけではない、お前でも飲み切れる普通サイズだ」
「だったら猶更‼」
「声が大きい、バカな田舎門に見えるぞ」
ダニエルさんに注意されハッとして周りを見回す、カウンターにいる暇そうな中年サラリーマンがこっちを見てるし、何よりマスターも訝しげに私を見ていた。
「気にしなくていい、注文通りに作ってくれ」
ダニエルさんの言葉に、マスターは再び作業に戻ったようだ。
「でもぉ、三千八百五十円税込みですよぉ、コーヒー一杯に三千八百五十円」
するとダニエルさんは、イスに深くもたれて、長い足を組む。
「なぁ加奈子よ、この世はすべて金で動いているといっても過言ではない、そう思わないか」
「は、はぁ……」
何か始まった。
「しかし、金で買えないものもある、その一つが時間であろう」
「まぁ、そうですね」
「いくら大金を積んでも、あの時代に戻ることはできないし、一日が三十時間になるわけでもない」
「はい」
「時間は誰にでも平等だ、一杯百円のコーヒーもそれはそれで否定はしない、だが目の前に他では手に入らない幻のコーヒーがある、普通の感覚なら、お金惜しさに見送るだろう、もしくは金銭的に手が届かないことで諦める、しかし、このチャンスを逃せば一生後悔することになるかもしれん、手に入れることが可能であるならば、飲んでみようではないか、三千八百五十円税込みのコーヒーを」
カウンターの中から、ガガガガと、豆をひいている音とともに、豆の香ばしい香りが漂ってきた。
メニューにも数量限定と書かれている、幻のコーヒー、一生に一度のチャンス、そう言われれば、飲んでみようではないですか、ダニエルさんの奢りだし。
運ばれてきたのは、見た目も香りも普通のコーヒー、いや違う、なんだかほのかに柔らかい香りがする、なんたって三千八百五十円税込みだもの、味わっていただかなくてわ。
ダニエルさんは、いつものように口を着けているが、そんなに一気に飲んだら三千八百五十円税込みがすぐになくなっちゃう。
「どうした、早く飲まないと覚めるぞ」
「猫舌なんです、私」
いつもは、ミルクと砂糖なんだけど、今日はダニエルさんをまねて、ブラックで飲んでみよう。
そっとカップを持ち上げて、、こぼさないようにフーフーして、躊躇していても仕方ない、これは私の分だ、ありがたくゆっくりと恐る恐る飲んでみる。
「あ、美味しいかも」
インスタントしか知らないし、ミルクと砂糖が無かったら苦くて飲めないというイメージがあったが、これはそんなに苦くも無くて飲みやすい、しかもほのかにフルーティー、ミルクと砂糖に助けてもらわなくても十分飲めるし、邪魔してほしくないとさえ思える。
「美味しいです」
今までのコーヒーの概念を覆すような美味しさ。
「うん、さすがに旨いな」
余裕で飲んでいたダニエルさんも、顔がほころんでいる。
私よりもおいしいものをたくさん知っているダニエルさんも褒める味。
「本当においしいです、何ていう名前でしたっけ」
コピルアク、初めて聞く名前だ。
「コピとは、コーヒーという意味だ、ルアクとはジャコウネコ、これはコーヒーの果実を食ったジャコウネコの腹の中で醗酵された豆だ」
「へー」
想像してみる、ジャコウネコ? ヤマネコみたいな大きめの猫かな、そいつがコーヒーの身を食べる、その実がおなかの中に入って醗酵する、醗酵されるけれど、消化されずに出てくる。
出てくる…… どうやって……?
まさか、腹を掻っ捌いて取り出すなんて残酷なことしないでしょうから。
「運子と一緒に出てくるんですか、豆が?」
「そうだ」
「へー、そんな製法があるんだ、びっくり」
世の中にはいろんな食材や調理法があると聞くし、生き物の体を借りて食材を作り出すなんてこともあってもおかしくはないよな、世界は広い。
勝手に感心していると、ダニエルさんは驚いたような鳩が豆鉄砲を食ったような、何とも表現しがたい表情を浮かべている。
「どうした、驚かないのか?」
「驚きましたよ、ジャコウネコのお腹の中で育ったコーヒー豆がこんなに美味しいなんて」
「排泄物から取り出した豆だぞ、普通ならもっと気持ち悪がるだろう?」
「あ、そっち?」
もしかしてがっかりされた? 何も言わず飲ませてから、ネタ晴らししてその反応を楽しんでやろうか、とでも思っていたのかしら。
「そりゃ、排泄物そのまま鷲掴みにしてコーヒーメーカに入れられたら、そりゃ嫌ですけど、これはちゃんと、食品というか、豆として大丈夫にしてくれているんでしょ、だから大丈夫です、美味しいです」
子供のころは、うんこドリルで勉強したくらいだし。
「だからって運子が好きってわけではないですよ、でもこのコーヒーには抵抗ないです」
食事中の人や運子が苦手な人ごめんなさい。
今回二人が飲んだコピルアクですが、実際のお値段はもっとするかもしれません、ググったら3000円~5000円くらいだと書かれてました。
実際どんな味がするのかは、飲んだ事ないのでわかりませんが、一度だけ、アナグマのを飲んだことあります、お値段もその時で1000円でお釣り程度でしたし、そんなに飛び切り旨いとも思わなかったですが、店員さんが直接感想を聞きに来たりして、それなりに面白かったです。
追記 ジャコウネコは、ネコではなくて、イタチに似た動物である、ハクビシンとか、マングースとかの仲間らしいです。大きさもさほど大きくないらしい。




