第4話 悪魔の従者様はオムライスを作るのがお好き
読んでいただきありがとうございます。第4話です
これでは協会に戻った時とそう変わらないな、とダニエルさんに文句を言われながらも、なんとか文章を作成し、やっと送信できた。
すぐに相手先からメールが届く。
「早っ!」
「お前が遅すぎるのだ」
プリンターもまだないので、送られてきた文章を画面のまま見てもらうと、ダニエルさんは身を乗り出して神妙な面持ちで読んでいる、夢中になって触らないでね。
「どうやらまだ残党がいるらしい」
「マジかよ」
「デッド派にいた奴らの一部が、反悪魔組織に接触したらしいとの情報もある」
「そいつは聞き捨てならねぇな」
「あぁ、もし本当なら、主犯格のデッドを倒したことで、自暴自棄になって何をしでかすか解らないからな」
「その前に叩き潰せってことか」
私の頭では理解が追い付かない、その後の会話も、専門用語みたいな言葉がバンバンでてきてもう付いていけない。
いつしか重苦しい空気が流れだし、私は何もできずただじっとしていることしかできない。
部屋も狭いし、隅っこで静かにしていようと思ったのに、突然おなかが鳴った。
「ご、ごごごごめんなさい」
はしたないぃ、と思ったけれど、今日は朝かな何も食べていないうえに、お昼のオムライスも食べ損ねていたし、時計を見ればもうすぐ夕飯に時間になっている。
「わ、私、夕飯何か買ってきましょうか」
とりあえずコンビニ弁当でいいかしら、痛い出費だけど仕方ない、この重い空気を読めずに恥ずかしくて逃げ出したかったし、気分転換に外の空気も吸いたかったからちょうどいい、そう思って財布を手に立ち上がった時。ダニエルさんが先に立ち上がった。
上着を脱ぎながら「この家に食材はあるか」と問うてくる。
「食材?」
冷蔵庫にはろくなものが入ってないと告げると、それでも何かあるだろうと、小さな冷蔵庫を物色し始めた。
中には、ベーコンが半パック、卵が四つ、玉ねぎ二玉、ほかにも納豆とかキャベツの欠片とか、炊飯器には朝に食べようと炊いていたご飯が二合。
「これだけあれば十分だ」
「何か作るつもりなの?」
「私が作ることに何か問題でも?」
「いえ、ないです……」
無いですけど、たったそれだけの食材で何を作るつもりなのか、ってか、ダニエルさん料理できるのかしら。
「文句がないなら、黙って座っていろ」
「はい……」
私の台所なのに。
「心配するな、ダニエルさんに任せておけば間違いないって」
これ以上何か言おうとしたら怒られそうだし、デリックさんもそう言うので、ここは黙って引き下がることにした。
まな板を置くとシンクにはみ出るような狭い作業台に、狭いと文句を言いながら、まずは玉ねぎを刻んでゆく、ザクリ、トトトト。リズミカルな音が耳に心地いい。
「おい、泡だて器はあるか?」
「あ、無いです」
「ボウルは?」
「ごめんなさい無いです」
ダニエルさんの舌打ちが聞こえた。
ごめんなさいホントごめんなさい、ここには必要最低限のものしかないの、いや、必要なものすら無いのかもしれない。
無いない続きでぶつぶつ言いながら、ラーメンのお椀に卵を割り入れて菜箸で解きほぐしていく音が聞こえた。
そのあとはフライパンをジュウジュウさせる音、耳が楽しい
本当だ、料理の醍醐味はその音にもあるんだと思う、おなかをすかして待つ間のこの音もごちそうの一つ。
そして漂ってくる香ばしい香り。
それをチーン一つで終わらせるだなんて、なんともったいないこと。だからって怒って帰っちゃうダニエルさんもどうかと思うのだけれど。
「できたぞ、運ぶのを手伝え」
「は、はいっ!」
急いでキッチンまで三歩で進むとそこにあったのは、黄金のドーム。
「こ、これって、お、おっ、お」
「どうした、昼にお前が食べたいと言っていたであろう、いらないのか?」
感動と興奮で固まったまま動けない私を訝しげに見るダニエルさんの言葉に、慌ててこのまま首だけどこかに飛んでいきそうな勢いで首を振る。
「た、食べます、食べさせていただきます!」
だって、そこにあるオムライスは、本格的なプロが作るような、卵がちゃんとケチャップライスをまとったちゃんとしたオムライス、真ん中に赤いケチャップが一本かけられていて、見るからに美味しそう。
三種類のお皿にそれぞれ盛られたオムライスを、小さなテーブルに運ぶ、スプーンは以前コンビニでもらったやつ、取っておいてよかった。すべてが整ったところでいただきます。
ドームの端を軽く崩壊させると、中には赤く染まったご飯が。
黄金と朱赤色のコラボ、見た目も美しい。
ゆっくりと頬張ると、ケチャップの甘い香りが口中に広がって、心の中まで満たされてゆくようなおいしさ。
「美味しい」
「だろ、ダニエルさんの作る飯は世界一なんだからな‼」
美味しさの上に懐かしさがよみがえってくる思い出の味だ。
あれはそう、外食なんて贅沢だった子供のころ、それでも年に一回だけ、私の誕生日にだけは連れて行ってくれた、町の小さな洋食屋さん。
赤い三角屋根の白い建物、中に入ると大きな窓にかわいいアンティークのお人形が飾られていたのを覚えている。
この日だけは特別。この日の私はお姫様。
そこで決まって注文するのがお子様ランチ。チキンライスにウインナー、小さなハンバーグにスパゲッティ、黄色いスープ甘いゼリー、そしてお空の色したクリームソーダ―。
どれもすごくおいしかった。
七歳の時、お子様ランチはもう卒業だと言って注文したのがオムライス。
十歳の時に初めて完食した時は、、これで私も大人に一歩近づけた気がしてうれしかった。
本当にうれしかった。
その日の帰り道、はしゃぐ私は、信号が青に変わると同時に走り出し、後からにこにこと付いてくるお父さんとお母さんを振り返る
「どうした、加奈子?」
気が付くとダニエルさんとデリックさんが私の顔を覗き込んでいた。
「え?」
「何を泣いているのだ」
「あ、はい……?」
頬に手を当てると、しっとりと濡れていた。
そっか、私今泣いていたのね。
今でも思い出すとやっぱり泣けてきちゃうな、無理もない。
だってあの時。
横断歩道で先に走り出した私が振り返った時、目線を送ったあの場所に、お父さんとお母さんが立っていたあの場所に、一台の車が。
大人に近づけたと思ったのに、私はただぼんやりと車の先を見つめ、そして襲って来た慟哭。
お父さんはその場で、お母さんは搬送された病院で死んだ。
大人になり切れない私を残して。
「母親が病院で亡くなったということは、父親がとっさに庇ったのであろうな」
「うん、仲のいい夫婦だったからね」
ダニエルさんもデリックさんも私の話を最後まで聞いてくれた。
今もまだ、悲しい記憶だけど、悲しんでばかりじゃ前に進めない、しっかりと地面に足をつけて立派になった姿を見てもらいたい、そして安心してもらいたい。
「このオムライスがそう言っているような気がするんです」
チンしただけのオムライスならきっとここまで思わなかったかもしれない。
「美味しいオムライス、ありがとうございます」
お皿の上のオムライスもしっかり完食して、お腹もいっぱいになったところで、夜も更けて、大問題が勃発した。
「って、二人ともここで寝るつもりですか⁉」
冗談じゃないいくら何でも男二人と雑魚寝だなんて。
「この狭さは気になるが、気にすることはない」
「いやいやいや、気にしてくださいよ、気にしないで眠れるほうがおかしいじゃないですか!」
「心配するな、私はいびきなぞかかんぞ」
「それとも、お前がかくってのか?」
「かきませんけどぉ‼」
「なら問題ない」
「ダニエルさんが奇妙な乙女心が分かってねぇんだから、襲ったりしねぇよ、おとなしく寝ていても大丈夫だって」
「き、奇妙なって何がよ、乙女心を悪く言わないで」
「それとも、お前が襲うというのか?」
「そ、そんなことするわけないでしょ!」
きゃぁ~ボクちゃん襲われちゃうぅ~じゃないわよ。
「なら問題ない」
本当ですか、でもお布団が一組しかない。もう春だとは言え、まだまだ夜は寒い、このせんべい布団一式を三人で分け分けするのは無理があると訴えると、来ているコートとジャケットを布団代わりにするのだと言い出した。
「今までもこうしていたしな、今は屋根があるだけ幾分かましだ」
「今までも、って、もしかして人の家に押し掛けるのって初めてなんですか?」
ダニエルさんはしばし考えて
「そういえば初めてかもしれんな、今までは悪魔協会から直接通ったりしていたのだが、何分遠くて、今回のように長丁場になりそうなときは、いざというときに間に合わない、だからよっぽどの時は適当にそのあたりで寝ていた」
「適当、って、ホテルとかに泊まったりしなかったの?」
「それは経費で落ちなかったのだ」
経費って……。
「野宿して、もし何かあったらどうすんのよ!」
「心配してくれたのか、優しい奴だな」
「いやいやいや、心配して当然でしょ」
いくら治安のいい日本だからと言っても、夜はやっぱり物騒だ、酔っ払いもいるし不審者とか泥棒とかストーカーとか。
「でももう大丈夫だ、ここでなら安心して眠れる」
「そうだね、ここなら不審者も来ないし、だいじょうb……」
いやいや何流されようとしてるのよ、二人は大丈夫だとしても私はだいじょばないよ!
「だから人間とのつながりが欲しかったのだ、これも加奈子のおかげだ感謝する」
ダニエルさんの優しい笑顔に、ついに降参してしまった。
「お二人はそっちの和室で寝て、私はこっちのシンクと冷蔵庫の前で寝ますから、本当に何もしないでくださいね」
「しつこいなお前は、眠っている間に何をしようというのだ」
明かりが消され部屋が真っ暗になり、何も見えなくなる、しんと静まり返る室内。
カーテン越しの月明かりに目が慣れてくると、奥の部屋に二人が横になっているのが見えた。
「悪魔でも寝るんだ……」
「あぁ、私たちは殺されない限り不死身だが、メンテナンスや失われた体力をチャージする時間も必要なのだ、今日はずいぶんと消耗した」
私はただ、独り言のつもりでつぶやいたのに、しっかり返してくれたダニエルさんにびっくりして、慌てておやすみなさいと言いながら寝返りを打つ。
流しの下の扉がすぐ目の前にあって、やっぱりここは狭い。
いつまでここで寝なきゃいけないのだろう、もしやこのままずっとってことになるのかな、それは困った、どうすればいいのか、せめてもっと大きなおうちに引っ越せればいいのに、そう、素敵な大きなお屋敷、部屋も十個あるから好きな部屋を使えばいいよ、喜んでドアを開けたら、今の私の部屋そっくりの間取り、別の部屋もおんなじ間取り、ベッドとかあったりするもっと広くて素敵な部屋を想像していたのに、思ってたのと違う!
「おら、起きろ!」
デリックさんに蹴飛ばされて起こされて目が覚めた、いつの間にか変な夢を見ていたような気がする。




