第3話 悪魔の従者様は人の家に押し掛けるのがお好き
お待たせいたしました、(待ってないか笑
でも読んでいただいてありがとうございます。
「お昼ご飯にしよう」
その言葉に私の腹の虫も大きく返事をした、そういえば朝から何にも食べていない、おなかがすくのも当たり前だ
デリックさんもご機嫌な表情で「メシメシ~」と言いながら、テーブルの脇に立てかけていたメニュー表を広げている。
「ここで食べるつもりなんですか⁉」
私は今は懐事情がいろいろとあって、外食だなんてそんな贅沢なこと、できれば控えたいのだが。
「案ずるな、私と一緒にいる限りは金の心配など必要ない」
「へ?」
私の心を読んだのか、いつの間にかデリックさんの横に座ったダニエルさんに、そう言われて驚いた。
「そーそー、ダニエルさんにすべて任せて、好きなもん食えや」
デリックさんは最初からそのつもりだったかのように、嬉しそうにメニューを広げている。
「何だここ、ランチメニュー少ねぇなぁ」
私も見ると、このお店は、ドリンクとスイーツも控えめだし、ご飯ものがカレーかオムライスしかない。あとはサンドイッチ。まぁカフェだからこんなものでしょう。
「加奈子は何が食べたいのだ、今日は加奈子の就職祝いだ、好きなものを選べ」
まじで、うれしいなぁ、何年ぶりの外食、って選択肢が二つしかないけれど。
でも、自撮りしてプリントアウトしたような写真を張って、可愛い手作り感のするカラフルな手書きメニュー、美味しそう。
「オムライスがいいな」
「ならばそれを三つ」
私のリクエストに、ダニエルさんは何の躊躇もなく注文した、このお店は若い女の人が一人で切り盛りしているのだろう、にこやかな返事とともに、カウンターの向こうで調理を始めた。
オムライスオムライス、私の大好きなオムライス。
メニューに載っている写真は、昔ながらのケチャップライスを卵で巻いたやつだ、真ん中に乗った赤いケチャップがかわいい。
注文してまずサラダが出てきた、手のひらに乗るほどのかわいい丸い器に盛られたレタスとかの野菜に、半分に切られたプチトマトが添えられて可愛い、オレンジ色のドレッシングが程よい甘みと酸味でおいしい。
向かいに座った男性二人には、不釣り合いな普通にかわいいサラダだ。
「うん、まぁまぁって感じっすかね」眉間に軽くしわを寄せるデリックさんに
「……」ダニエルさんは渋い顔でただもくもくと咀嚼している。
無理もないか、カフェなんておしゃれな場所に似合わなさそうな男二人には、この可愛さと美味しさは分かんないでしょうね。
早くできないかなオムライス。
オムライスには子供の頃の思い出が……そうあれは私の七歳の誕生日……。
チーン
チーン? 子供の頃の思い出に浸ろうとしていた時に聞こえた電子音、何今の音は。
「もお、我慢ならん、この店はオムライスもろくに作れないのか!」
そう叫びながら立ち上がったダニエルさん。
「こんな店など一刻たりとも居たくないわ、帰るぞ!」
「え、ま、待って」
そしてまだ誰もいないレジに、三人分の代金を叩きつけると、そのまま店を出て行ってしまった、驚いたお店のお姉さんが、か細い声で、お釣り……と言っていたけれど、ごめんなさい、よくわかんないけど迷惑料だと思って取っておいて、ごめんなさい。
「ちょっと、ダニエルさんってば、どうしちゃったの?」
ダニエルさんの背中を追いながら、デリックさんの横に並んで尋ねてみる。
「音だよ、お前には聞こえなかったか?」
「音?」
「普通は、オムライスを作るとき、どんな音がするよ」
どんな音って、玉ねぎを刻むとんとんって音とか、具とご飯を炒める時のジュージューとか、卵を溶きほぐすシャカシャカ、ジュワァー、ケチャップライスを卵にまく時の……。
「そんな音すら聞こえてこないで、全部端折ってチーンはねえだろ、ダニエルさんじゃなくったって怒りたくなるだろう」
「確かにそうなんだろうけど」
そんなこと言ったって、今時のカフェやレストランは、冷凍ものが主流じゃないのかなぁ。
「サラダだって、レタスが古くなってたじゃねぇか、ドレッシングでごまかしていたが、あれは客に出していいもんじゃねぇ」
「そ、そうなの、全然気づかなかった、普通に食べれたし、でもそんなに怒る事じゃないような気もするけど?」
「それほど、ダニエルさんは食にうるさいんだ」
「はい?」
すると前を歩いていたダニエルさんは急に立ち止まり、私のほうを振り返った。
「加奈子の家に行くぞ、案内しろ」
「はい?」
止めたわよ私、狭いから無理だって言ったのよ、それでもこの男二人は強引すぎて止められなかったの。
ドアを開けてぎょっとした、玄関に黒いローヒールのパンプスが一足、きれいに並べて置かれていた。
誰⁉
私のだった。
今日のために出しておいたやつ、新品だよ、おろしたてだよ、今日これを履いて入社式に臨むはずだったんだ。
それがまだここにあるということは、恐る恐る足元を見ると、道理で違和感ないはずだ、履きなれたクロックスだよ、しかも紺のスーツに不釣り合いなシルバー地にピンクの柄。
しかもスカートのファスナーが前にある、恥ずかしい後ろ前に履いていたんだわ私。
しかもしかもストッキングも履いてなくて裸足だし
ノーメイクなのは自覚していた、電車の中で済ませようという魂胆だったから、でもチークブラシだけで何をどうするつもりだったのか、化粧道具が散らばったまま、机の上に残されていた。
入社式に息を切らして、遅刻して現れたのが、こんなくっそ恥ずかしい恰好の新入社員だなんて、人生最悪の黒歴史になるところだったわ。
いや、自転車で轢いた人に襲われかけた上に悪魔にさらわれて会社を首になるのも、最悪最凶の黒歴史ですけど⁉
「しかし狭いな」
「狭いって言ってたじゃないさっきから!」
玄関入ってすぐに申し訳程度のコンロに流し台と、小さな冷蔵庫と洗濯機がある二畳ほどのキッチン、その隣にはトイレと小さなお風呂、奥に四畳半ほどの和室があるだけの部屋が私の城。
二秒で布団を押し入れに押し込む。
「靴はここで脱いでください」
「しかしこれでは足が汚れてしまう」
「汚れませんから、掃除してますから‼」
仕方がないと言わんばかりに渋々、大きくてピカピカな茶色い靴を脱いで部屋に入っていくダニエルさんに続いて、ベルトがかっこいいデリックさんの大きな黒いブーツを置いたらもう玄関はいっぱいになった。
「だからって私のパンプスの上に置かないでください」
当然靴箱なんてないので、パンプスはクロックスの上に置いてキッチンの隅に置いた。
「何だこの狭さ、こんな部屋にいてよく空気が足りてるなぁ」
ダニエルさんが畳の部屋に立つ、天井に手が届きそうで、ぶら下がっている電球に頭をぶつけないか心配になる。
「なるほど、ここから空気を取り入れる仕組みになっているのか」
キッチンにいたダニエルさんが、深紅の上にある窓と枠の間にできた隙間を指さした。
そこ、単に立て付けが悪くて隙間が空いているだけなんですけど⁉ それより、畳部屋の大きな窓を開ければちゃんと空気が入りますから、開けるのに少しコツがいるけど……。
って、どんなビンボーアパートよここ。
「こんなところでよく生きていられるな」
「大きなお世話よ、私一人ならここで十分なの!」
狭いと文句を言いながら、部屋の真ん中に置かれた小さな折り畳みテーブルを挟むようにドカリと座り込む男二人。
お茶でも出さなきゃと思い、やかんにあった麦茶を、あぁでも湯呑みが一つしかない、どうしよう。
「しかしどうするよ」
「ここまで狭いとは想像していなかったが仕方がない」
こっちもどうしようか困っていたけど、あちらのお二人さんも何か困っていらっしゃる。
「仕方がないって何がですか?」
仕方がないので湯呑みとマグカップと計量カップに麦茶を淹れ二人のもとに向かう。
「加奈子のこれはなんだ?」
「パソコンですね触らないでください」
折り畳みテーブルの上には、化粧道具と、折り畳み式のパソコンが折りたたまれて置かれてある。
仕事を始めるにあたって絶対必要になると思って、何とか切り詰めて頑張って買ったノートパソコン様だ、もちろんネットだって引いてもらったよ。
「本当に触らないでくださいね」
大事なことなので、何度だって言うわよ。
「ではお前が使ってくれ」
「今、ここで?」
勿論だという表情のダニエルさんに抵抗しても無駄だと悟り、渋々開いて立ち上げる、ゆっくりと電源が入り、ゆっくりと起動してゆく。性能はさすが年代遅れの中古品。
「立ち上がったわよ、で、どうすればいいの?」
「まずは悪魔協会に本日の報告をする」
「ならばメールですね」
ネットのトップページから、メールのとこをクリックする、変なサイトから着信がいっぱい来ているけれど、実死してメールを作成しよう。
ダニエルさんは、マグカップを持ちながらアドレスを口頭で言う、すごい、あの複雑なアルファベットと数字の羅列をちゃんと覚えてるなんて。私なんて自分の電話番号もちゃんと覚えていないってのに。
「今から私の言うことを全部打ち込め」
「はい」
「本日日本時間午前七時三十二分K市I地区において模範を図り逃亡したターゲットを発見即座に作戦Z2を行うも――」
「あーっ、ちょっと待ってぇ、もっとゆっくり話してくれないかしら、ついていけないよう」
私のタイピング技術を侮ってはいけない 『ほんじちにほんじかうう』 しか打ててない。
しかも入力間違ってるし、そのせいで漢字入力がおかしいことになって余計に手間取る。
「なんだ、役に立たない奴」
「そんなに言うならダニエルさんがすればいいでしょ嘘です触らないで!」
いくら中古とはいえ、苦労して買ったものだ、そう簡単に壊されてなるものか。
「って、今まではどうしていたんですか?」
ふと疑問がわいた。
「お前が来るまでは、公衆電話を利用していた、時には直接事務所に戻っていたりもしたが」
「なるほど、じゃぁ、今もそうすればいいじゃない」
「莫迦言うな、電話だと料金がばかにならない、今はその公衆電話自体が姿を消してしまっているのだ、そのうえ、事務所に戻るにはかなりの労力と時間がかかる」
大変なのは分かった。
「わかったのなら無駄口叩いていないで、さっさとやれ!」
怒られたよ、はいはい打ち込めばいいのね打ち込めば、と言ってももう一度同じ内容をしゃべられても付いていけないので、このスケジュール帳にメモしてから後で落ち着いて打ち込むことにしよう。
仕事で使うからと買ってきたスケジュール帳、だってほかに紙が見当たらないし、実際ないから仕方がない。
内容は長文だった。
本日何時にどこそこで、から始まってその作戦がどうのこうのその結果乱入者を保護し――つまり私だ――その後下僕にしてどうのこうのと、事務的な表現と語彙を駆使して、長い長い報告書が出来上がった、おかげでスケジュール帳一冊使い切ってしまったわ。
新しいの買ってこなきゃ、ついでに安いメモ用紙も買ってこよう。
「スマホは、使えないんですか?」
メモの内容をキーボードに打ち込みながら、ふと思ったので聞いてみた。
私のすぐ横で、私の作業を見守っていたダニエルさんは。
「あそこまで小さくされると、どこを触れてもスパークしてしまうのだ」
うわぁ危ないじゃん。
「試しに触ってみようか?」
「謹んでお断りします!」
これも私の大切なスマホ、こんなことで壊されてたまるかっての。
詳しく聞いてみると、パソコンは、キーボードを触らなければまだ大丈夫だというが、できればどこも触ってほしくない、できれば半径一メートル以内に近づかないでほしいものだ。
「例えば、スパーク防止のカバーとかはどうです?」
「分厚くなりすぎてキーが反応しなくなった」
どんだけ。
「直接がダメなら、長い棒か何かで触るってのは?」
「それもやってみた」
駄目だったんですね。
「一メートルでやっとキーが反応したが、それで効率よくできると思うか?」
めんどくさい能力
「ってことは、悪魔協会って人たちはみんなパソコンが使えないってこと?」
「いや、火花を出してしまうのはダニエルさんだけだ」
「じゃぁ、そういうデリックさんは、何でパソコンにさわらないんですか?」
「――ん、俺?触ってみようか?」
「やめておけ、お前は短気過ぎてすぐ物を壊す」
ダニエルさんの言葉を聞いて、慌ててパソコンを奪い取る、デリックさんは、性格上ちまちま作業が苦手だそうで、ちょっと間違えたり、分からなくなったりすると、物理的破壊神になる。
触らせなくてよかった。
「いいから早く手を動かせ」
「あ、はいっ」
怒られた気がする、それもなんだか理不尽に。
気を取り直して、一応の形だけはカタカタと、指をぎこちなく這わせる。
上手な人の動きはピアノ演奏に似てるなと思うが、私の動きはバイエルの赤なの、それ以下かも。
私はもしかしたら、二人とは別の意味でパソコンに触ってはいけない人かも。
でもいいの、早乙女加奈子、こんなことでは負けないわ、だって生活がかかっているんですもの。




