第17話 大天使様は居酒屋がお好き
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二人の間に、静かな時間が流れた。
聞こえるのは遠くを走る車の音、そして遠くで誰かの言い争う声、しかも徐々に近づいてくる。
バンッ‼ と、ベランダに通じる鉄の扉が開いた。
「ダニエルさん、見つけてきたぜ‼」
現れたのはデリックさん、その手には、首根っこを掴まれた、あの時の天使協会の期待の新人。
「何だよいきなり‼」「離せよ、バカ‼」 などと騒いでいるがデリックさんはびくともしない、まるで親 猫に捕まれた子猫のようだ。
その後ろには良介さんもいる。
「ほらよ」
猫の子は放り投げられ、私たちの足元に転がってきた。
あいたたた、と言いながら顔を上げるとそこにはダニエルさん、後ろにはデリックさん。」
逃げ場がないと悟ったのか、何なんだよまったくぅ、などと文句をたれながら、開き直るようにその場に胡坐をかいて腕組み。
「何だそのエラそうな態度は!」
デリックさんにシバかれ、イテテ、と頭をさする、ダニエルさんは、そんなケールに前屈みになって手を伸ばした。
「何だよ、握手しようっての?」
「違う、この医者と交わした契約書を出してもらおうか」
「何で?」
「契約を解除してもらう」
「はぁ、やだよ、せっかく取った僕の成果を横取りしようってのか、横取りはご法度なんだぞ!」
「お前が言うな」
またデリックさんにシバかれた。
「そうではない、お前がこの医者と契約した際、この医者の願いを叶えたであろう」
「何のことだかね~」
しらばっくれるケールに、今度はダニエルさんが、差し出してた手を翻し、ケールの頭を鷲掴みにすると、そのままギリギリと締め上げた。
「てめぇぇ、ふざけるのもいい加減にしろ、ネタは上がってんだ、さっさと白状しやがれ」
ケールの口から 「いでででで」 と声が漏れる。
ダニエルさんも、柄悪ぅ。
「だ、だだだってよぉ、こいつがぁ、僕の事信じてくれなくて契約してくれないからさぁ、好きな女が癌になってるよぉ、って教えてやったら、自分の命に代えてでも救ってやりたいぃっていうもんだからさぁ~」
「だから、お前がその願いを叶えたというのか、勝手に」
さらに締め付けるダニエルさん、ケールも何とか外そうとするがびくともしないようだ。
「だってぇ、困ってる人がいたらぁ、助けてやりたいじゃんかぁ」
「何が助けてやりたい、だぁ、お前がしていいことじゃぁねぇだろうが!」
ダニエルさんがその手を離したと思ったら、今度はデリックさんも参戦してきた、首に腕を回して締め付け、足が腰に回る。
プロレスごっこと称して、小学生が教室の後ろでやってるやつみたい。
流石のケールも 「あだだだだだ」と悲鳴が大きくなる。
「天使協会の奴が、願い事を叶えるのはご法度のはずではなかったのか?」
「だってぇ、こいつはもうすぐ死ぬわけだからぁ、そしたら僕の部下として何でも言うこと聞いてくれるかなぁとか、思ったんだよぉ」
「悪魔か‼」
デリックさんの力がさらに強くなる。
「うるさいなぁ、何をどうしようが、僕の勝手じゃないかぁ~」
その時デリックさんの力が、ふゆりと緩まったようだ、ケールはそのすきをついて首に前会った腕をずらして叫んだ。
「とにかくいったん、契約しちゃったんだから、解約なんてできないよーだ‼」
くそ生意気にべーってしたその顔に、突然光が降り注いだ。
「なぜそんな聞き分けのないことを言うのですか、あなたは」
夜空が明るく照らされ、美しい声とともに降りてくる光の、あまりの眩しさに目を覆てしまったけれど、光が収まって次に目を開くとそこに、天使の姿が見えた。
高給シルクのような柔らかい真っ白に輝くドレスを身に纏い、背中には肌触りのよさそうな大きな白い羽根、きらめく黄金のウエーブが美しい長い髪、お肌から光り輝くオーラ。
以前に見た天使様とは違う。
前回に見たのは、若い美しさの天使様、今目の前にいるのは、大人に魅力にあふれ、洗練された崇高で優雅な美しき大天使様。
「は、ハギト様」
それまで偉そうにふんぞり返って、関節技を決められていたケールが、急に姿勢を正して頭を下げた。
「おう、それがしの推測は正しかったと見える」
ベランダの扉を開けて、また誰か来たよ。
黒縁眼鏡のジョニーデップ、中途半端な江戸言葉でおなじみ、ダニエルさんとデリックさんの上司、ダンテさんだ。
「悪魔協会に突然舞い戻ったダニエルから話を聞き、それがしなりに今回の下手人を探ってみたのだ」
上司を巻き込み、大天使まで召喚されてしまうとは、私の願い事って、そんなに一大事だったのですね。
「願いを叶えるどの協会の記録を見ても、今回に該当するものが見当たらなんだ、もしやこれは、願い事なぞ叶えない天使協会の、非公認の元で交わされたものではないかと思ってのう、天使に連絡を取ってみたのだ」
「天使協会の不祥事は、元締めである天使たちの責任でもありますのよ、ですからわたくしが自らはせ参じたという訳ですわ」
「は、ハギト様ぁ~」
「さてケール、これはいったいどういう事なのかしら?」
ケールを見下ろす大天使ハギト様、優しそうな笑顔なのに、目が全く笑っていない、美しいから余計に怖いです。
「天使協会では、新たな人材確保のために、願い事をかなえてあげるなどと、言葉巧みに誘い込むのは禁止されていたはずです、それなのにあなたは、何勝手なことをしているのです、天使協会の面汚しですか、恥ずかしいとは思わないのです?」
ケールを足元に正座させて、こんこんと説教が始まったよ。
頭をすくめて、ただ説教を聞いていたケールは、それでも顔をあげて大天使様を見上げる。
「しかしケール様ぁ、天使協会はなぜ、願いを叶えるというオプションをつけないのですか、それではライバルに負けてしまい、契約も取りずらくなるでしょう」
「協会へのスカウトを、新聞の勧誘みたいに言わないで頂戴、おまけを付ければいいというものではありませんよ」
「しかしですね……」
「わたくしたちは天使なのですよ、悪魔や妖怪たちとは一線を画した存在、人間たちのあこがれの的、崇高で気高い気品あふれる素晴らしき存在、あぁ天使、されど天使、そんな天使様たちの元で働きたいと思っている人間どものなんと多いことか、それなのに洗剤やサランラップなんかで釣らないで頂戴」
「はい……」
「そのうえ、あなたときたら、この若き医者の願いを叶えるとか言って、実際にできたのは何です、人の病気を別の人に移しただけじゃないですか、天使のくせにそのようなことしかできねーのかと、ほかの教会の奴らにバレたら、どう責任を取るつもりだ、あぁ、この面汚しが‼」
大天使様も声を荒げることあるんだ、しかもガラ悪い。
「ですので、これはわたくしが責任をもって処分しましょう」
そういって大天使ハギト様は、広げた手のひらの上に、一枚の紙を湧現させた。
美しい掌の上で、ヒラヒラと舞うその紙は、Å四サイズほどの、美しいデザインが施された便箋のよう。
あれが、良介さんの願いが書かれた紙、今、ワラワラと青い炎が包み込んで、灰になって夜空へ消えていった。
クーリングオフされたのだ。
「そしてもう一枚」
ハギト様はもう一枚、新たな美しい便箋を取り出した。
「これは、岸谷良介、あなたの死後、天使協会に入るという契約書です、入社後ケールの元で働く、という余計な一文が書かれていますけど、ここは省かせてもらいますね」
契約書から、一行の文章だけが抜け出して風に乗って消えていった 「僕の部下がぁぁ~」 というケールの情けない声とともに。
「これであなたは最初の契約通り、死後はこの天使協会で働いてもらいますね、それまでしっかり人間界で励んでくださいませね、期待しておりますわよ」
掌の上でひらひらと舞う契約書を、今度は人差し指と中指で、ビシッと挟み込んだ。
「それは、僕の……」
ケールは、両手を伸ばして、その契約書を取り戻そうとしたが、大天使様はそれを許さなかった。
「あなたは、罰として三か月の減給と、今後三年間、全施設のトイレ掃除を命じます、水でもかぶって反省しなさい!」
「えぇぇぇぇ~そんなぁぁぁ~」
「これに懲りたら、二度と勝手な真似はおよしなさい、いいですね!」
「……はい」
これにて一件落着と言わんばかりに、ふんっ!と大きく息を吐き、満足げなケール様。
「さぁ、帰りますよ」
そう言って、がっくりとうなだれているケールを小脇に抱えた。
「皆様には大変なご迷惑をおかけしましたね、天使協会を代表して、このハギトが、心よりお詫び申し上げます」
深々と頭を下げた後、ふと、ダニエルさんに向き直った。
「あと、ダニエル」
「はい」
「わたくしを、かいかぶらないでもらえますでしょうか?」
「と、申しますと?」
「以前、ルーシーから聞きましたわ、あの総理とか申す愚かな人間がいましたよね、彼を救うことなど、このわたくしでも、無理でございましたわ」
「左様でございましたか、肝に銘じます」
ダニエルさんも、胸に手を当てて、大天使様に敬意を表すように頭を下げた。
大天使様は、大きな翼を、ふうわりと羽ばたかせ、地面から離れてゆく。
「ダンテや、またお酒の美味しいお店を探しておいて頂戴ね、みんなで飲みましょう」
「承知仕る、可及的速やかに」
「この間のお店もよかったわよ、次も楽しみにしているわ~」 いるわ~いるわ~
美しいエコーを残し、大天使様はケールを抱えたまま、神々しい光とともに、夜空の向こうへと消えていった。
読んでいただきありがとうございました。
次回で最後となります、もうひと踏ん張り頑張ります。




