第16話 悪魔の従者様は夜空がお好き
読んでいただいてありがとうございます
残りあと二話でございます。頑張ります。
病院はやっぱり閉まっていた、それでも玄関横のインターホンを押すと、良介さんが出てきてくれた。
大事な話があると言ったら、そのまま診察室に通してもらった。
医者用の大きな椅子に座った良介さん、その向かいの患者用の椅子にダニエルさん、私とデリックさんはその後ろに立たせてもらった。
「正直に言え、誰と契約した」
話を切り出したのはダニエルさんから。
「な、何のことでしょう?」
「とぼけても無駄ですよ、あなたは、加奈子の病気を治すために、何者かと契約した、そうでしょう?」
良介さんの顔から津野家が引いてゆくのが分かる、そしてゆっくり顔をあげて私を見た。
「君は、いったい……?」
「この人たちは悪魔協会の社員です、私は今はまだ人間としてですが、そんな二人の下僕として、お仕事のお手伝いをしています」
「悪魔の……」
良介さんは、少し驚きはしたものの、俺をからかうなとか、冗談だろうといった態度をとる様子は見られなかった。
これで確信した、良介さんもダニエルさんたちのような存在を知っている。
私の願いがエラーになったことで、ダニエルさんが協会に戻り、寝る間も惜しんで真相解明に奮闘したという。
その結果、いくつかの理由が判明した。
――『岸谷医師は、何者かと契約している』
――『それは、早乙女加奈子に関すること』
――『早乙女加奈子は病気にならない体になった』
――『そのせいで、岸谷医師は、死の淵に立たされている』
「仕方がなかったんだ、あの時にはもう……」
「あの時?」
どの時だろう。
「加奈ちゃんが、市の健康診断を受けた時だよ」
あぁ、思い出した、高校卒業後、国民健康保険になったからと、市の健康診断を受けたんだ、私確かその時、胃だか腸だかに要再検査、って出ていたような。
でもその直後良介さんがいなくなって、検査どころじゃなくなったんだっけ。
「その時に、何者かが来て加奈子はもう治らないと言われたのか」
ダニエルさんの言葉に、良介さんが軽くうなずく。
「だが、安心しろ。加奈ちゃんの病気は完全に治ったじゃないか」
「何が安心しろ、だ、加奈子の病気が貴様に移っただけではないのか⁉」
何も言い返せない。
ここに来る途中、ダニエルさんが話してくれた。
悪魔協会以外にも、契約の条件に願いを叶えてくれる団体はいくつかある、しかし、叶える力が一番強いのはこの悪魔協会だ、それ以外だと、軽い願い事、例えばお金のなくならない財布程度ならかなえられるが、人の生き死ににかかわることになると悪魔協会の他に無い。
なのに、悪魔協会以外のものに、その願いをかなえたいと願えば、今回のような事態を招いてしまう。のだと。
今回のような事態。
治したんじゃない、移しただけなんだ。
「教えろ、貴様と契約したのは誰だ」
それでも言い渋る良介さんに、私もつい。
「答えてください良介さん、このままでは良介さんの命が!」
「答えたとして、どうなるというのだ!」
つられて声を荒げる良介さん、でもダニエルさんは冷静だった。
「今ならまだ間に合う、そいつを捕まえて、貴様の願いを解除してもらう」
「そ、そんなこと出来るわけないだろう、そんなことをすれば加奈ちゃんが!」
「私なら、大丈夫です」
知ってる、これもダニエルさんが話してくれた。
良介さんを救うには、その願いを解除するしかない。
解除するということは、私の体が元に戻る。
「お前、自分が何を言っているのかわかってるのか⁉」
「だって、もともとは私の病気だったんでしょ、良介さんは何も悪くないんですよ?」
「そのことなら、心配いらないよ、僕は医者だからね、自分の体のことは自分が一番よく知っている、もちろん治療方法もね」
「だったらなぜ、加奈子の前から姿を消した!」
「そ、それは……」
強がった良介さんだったが、ダニエルさんの一言に声を詰まらせる。
「自分でもわかったんじゃないのかね、これは不治の病だと、どんな治療方法もないのだと」
「――っ……」
言い返さない、それが答えだ。
私のために、良介さんは姿を消した。
私の知らない場所で、私の知らない間に、私の代わりにその命を終えようとしていた。
今になって思う、もしあの時、悪魔協会に入る前に願いをかなえよう、って言われた時 『お金のなくならない財布!』 って。
叶えなくてよかった、大好きな良介さんを見殺しにするところだった。
「大好きな良介さんが、私の代わりに死んで、それでも私は、のうのうと生きていけると思いますか、そんなの嫌です!」
しばらく何かを激しく考えこむような表情をしてから、頭を抱えて机に伏っつぶした、ギシッと椅子の動く音が響いた。
おでこにあてた手が、前髪を強く握る、その手が震えて、かみしめた口元から、嗚咽が漏れた。
「なぜ、このタイミングで再会してしまったんだ、知らずにいればよかったのに……」
「教えてください、誰にお願いしたんですか」
「……天使の使いの者とか言ったか、名前は、ケール……」
ケール、どこかで聞いたことがある名前。
「あいつ……天使協会の奴らは、本来願いを叶えないはずじゃぁ……」
私の横にいたデリックさんが顔をしかめる、まるで大量の苦虫をかみ砕いたみたいに。
思い出した、ファブラ様の一件の時に、割り込んできた少年だ。
契約者は解った、デリックさんが、その少年を探しに行くと言って、夜の闇に消えていった。
しばらく一人にしておいてくれという良介さんを残し、私とダニエルさんは、病院の屋上にやってきた。
屋上といっても三階建てだし、周りにはもっと高い建物があるから、夜景なんて見えないけれど、季節はもうすぐ初夏を迎える、寒くはない。
「ねぇダニエルさん」
背より高いフェンスにもたれて、横に立つダニエルさんに話しかけた。
「何だ?」
街灯に照らされたダニエルさんが、優しい声で返す。
「ダニエルさんが留守にしていた間、デリックさんに教えてもらいました、ダニエルさんの願い事」
驚いたように、目を見開いたかと思うと、プイっと顔を背けられた。
「ったく、デリックの奴、いらん事を……」
照れてるんだ、可愛いなぁ。
照れることはないと思う、だって、今回のことをダニエルさんから聞かされた時に、思い浮かんだのは、この願い事。
『 自分がいなくなっても、パパとママが、これからも幸せで暮らせますように 』
この言葉が私の覚悟を、後押ししてくれたんだ。
「でも、そのあとこの願い事はかなえられたんですよね」
「あぁ、そうだとも」
ダニエルさんは、周りの建物に阻まれてすっかり小さくなった夜の空を見上げながら話してくれた、星は全く見えないけれど。
ダニエル少年の遺体は、数日後にやっと発見されて、両親のもとに帰ることができた。
ダニエルさんの願い事のおかげで、パパとママは、のちに生まれた三人の子供たちに囲まれ、いつまでも幸せに暮らしたのだった。
「私のことは、友と別れた後、一人で勝手にあの場所へ行って、勝手に足を踏み外した結果の悲しい事故として処理された」
「えー、それってひどくないですかぁ?」
少年はあの時、わんぱく少年たちに誘われてあの場所に行ったわけだし。
「だが、そのおかげで、私の死を悲しみこそすれ、その友人たちへの怒りや憎しみ、復讐心といった感情を抱かなかった、だからみな幸せに暮らせたのだ」
「でも、あの友人たちがおとがめなしっていうのは、あまりにも理不尽なんじゃ」
せめて、あの時、友人たちが、危険な場所で遊んだと白状していれば、もしかするとダニエルさんは助かっていたのかもしれないんだし。
「お前は、あの時の運転手を呪ったことはあるか?」
「え、誰って?」
一瞬、話をそらされたのかと思ったが、私の十歳の誕生日の時の話だ、あの時、私の両親の命を奪った車の運転手。
あの時は、両親の死が悲しくて受け入れられなくて、もう他のことは考えられなかった。
言われてみれば、あの運転手を憎んで恨んで呪っていてもよかったのかな、でもそんな考えは思い浮かばなかった。
あの運転手があの後どうなったかも知らないし、今はどうしているかも知らないし、今更憎む気持ちも起こらない。
ただ、両親の魂に手を合わせている、安らかであってほしいと。
「優しいんだな、加奈子は」
「そ、それほどでも……」
ダニエルさんが話をつづけた。
「その後、特におとがめも無く、無罪放免になったおかげで、あの友人たちは味を占めてしまったのだろう、ますます危険な場所に、出入りするようになってしまった」
調子に乗っちゃったんだ。かわいそうに。
「そんなある日、大雨の影響で山のふもとに土砂崩れが起きた、好奇心に火が付いた彼らは、その現場を見に行ってしまった、立ち入り禁止と書かれたロープを超え、さらに奥へと入り込む、壮絶な現場は、好奇心を満たすのに十分だったかもしれない、しかし、そこで一人が足を滑らせて、崖を転落してしまった」
その後、もう一人が助けを呼びに行ったが、そこは立ち入り禁止、大人でも危険な場所、救助活動もはかどらず、やっと助けられた時にはすでに死んでいた。
その結果、生き残ったほうは、死んだ奴の親たちに殺人鬼呼ばわりされ、息子を返せと半狂乱に攻め立てられ、そのせいで、家でも近所でも学校でも彼の行き場がなくなり、挙句に自殺してしまった。
すると自殺した少年の親が今度は、そこまで追い詰めた相手を恨むようになる。
負のスパイラル。
もしダニエル少年の死を受けて、彼らをもっと攻めていれば、これに懲りて危ない場所へ行くこともなかったかもしれない。
叱らないのは、見捨てることと同じこと。
「死んだ奴を弔うはずの家族が、ろくに弔うこともせず、恨みや憎しみの感情を抱いていれば、死んだ奴らも浮かばれない、魂が汚れ、皆が不幸になるだけだ」
弔うときは、清らかな心でいたほうがいい。
「死は悲しいもの、その時は十分悲しんでいい、しかし悲しんだ後は、心から弔ってやることだ、私はそんな汚れなき両親の元で、魂が汚れることもなく、今はまっとうな悪魔協会の従者になることができたのだ」
悪魔に、まっとうって響きが面白い。
「だから、きっと加奈子の両親も、心清らかに安らかに、来世を待っているはず、いや、もしかするとこの世界のどこかに生まれてきているかもしれない」
「この世界の、どこかに」
「そしてきっと、幸福なはずだ」
「いつか会えるかしら」
そう考えると、この世界がもっと好きになれそうな気がしてきた、もともと嫌いじゃなかったけど、いや、少しは不幸な身の上を環境のせいにしたこともあったっけ、ごめんなさい。
悪魔というからには、どす黒い真っ黒ダークな負のオーラばっかりだと思っていたけど、ダニエルさんの心は、純粋で清らかだ。
「加奈子の魂も、汚れがなくて美しい、お前ならきっと立派な悪魔の従者になれるだろう」
「……そんな誉め言葉はじめて聞いたよ」




