第14話 悪魔の従者様は待合室がお好き
今日も読んでいただいてありがとうございます
お盆休みを堪能してしまいました。これからまた頑張ります。
この日も朝から出かけることになった。
悪魔協会から新たな指令が出たからだ。
今日は実験施設から脱走した検体の捕獲という意味の分からないもの。
このあたりに逃げたはずというパソコンの指示に従い、人気のない住宅地を走る。
以前の私なら、何でこんな事を、なんて思ったであろう、でも今は手慣れたもの。
屋根の上を走るデリックさんに、パソコンからの指示を伝え、あたりをうかがいながら走るダニエルさんに遅れまいと、私も必死に走る。
パソコンの点滅が早くなる。
「いたぞ、そっちに逃げた!」
デリックさんが上からターゲットを追い詰め、ダニエルさんと挟み撃ちにするという作戦をとる。
その言葉通り、小さい子供がこちらに向かって走ってきた。
「子供?」
大きさからしてまだ赤ちゃんのような、でもよく見たら、けも耳、しかも足が四本ある。
「いぬ?」
まるで、犬の着ぐるみを着た子供、いや違う、子供の着ぐるみを着た犬。
「ワンタウルス⁉」
「どっちでもいいから、こいつすばしっこいから気をつけろ」
後ろからデリックさんも追いかけてきた、逃げるワンタウルス、前方にはダニエルさん、モフりたい可愛い。
もう少しでダニエルさんに捕まりそうになった、その瞬間、ワンタウルスは高くジャンプして、ダニエルさんの顔のすぐそばで、背中から大きな鳥のような羽を羽ばたかせた。
「うわっ!」
予想外の行動に、思わず身をそらすダニエルさん、このすきに逃げおおせると思ったのか、横っ飛びをかますと、そこに私がいた。
思いっきり正面衝突して、そこからは何も覚えていない。
目覚めると知らない天井だった。
知らない場所だけど、既視感はすごくある。
あー、学校の保健室がこんな感じだったっけ。四角い模様の白い天井、カーテンレールがベッドの周りを囲んで薄水色のカーテンがかけられている。
ということはここは、病院かな、何で私、こんなところに――。
目線をずらすとそこにデリックさんとダニエルさんが私を見下ろしていた、意識が突然覚醒する。
「ご、ごめんなさい、私、まだ任務の途中なのに、こんなところで寝ている場合じゃ!」
急いで起き上がろうとする私を、ダニエルさんが制止する。
「まだ寝ていろ、大丈夫だ」
まだ寝ていていいんだ。
「で、でもあの子は、あのワンタウルスは⁉」
再び起き上がろうとすると、またダニエルさんに制止された。
「大丈夫だ、ちゃんと捕まえた、加奈子が体を張ってくれたおかげだ」
「はい?」
あの時、私とぶつかった衝撃で、意識をぶっ飛ばした私、それと同時にワンタウルスも目を回して倒れてしまったので保護して、使いの者に無事に引き渡せたとのことだった。
「本当に体張るの好きだな、お前は」
デリックさんが笑いをこらえながら言う。
「す、好きで体を張ってるわけじゃないですぅ!」
おかげで私まで倒れてしまったのだから、世話はない。
その時、誰かが病室に入ってきた、その気配を感じたのか、二人とも立ち上がり、見知らぬ人がカーテンの中に入ってきた。
白衣を着ている、お医者さんだ。
「目が覚めたようだね、気分はどうだい」
優しいテノールの素敵な声。
医者は、脈拍を見たり、体温を測ったりして、そして私を見た。
「君がここに担ぎ込まれたときはびっくりしたよ」
「いきなり、地面に倒れて動かなくなってしまったのだ、とにかく病院と考えるのが普通だろう」
「それはそうなんだけどね、救急車を呼ぶとか考えなかったのかい、まさか本当に担いでくるとは」
「は?」
ダニエルさんってば、倒れた私を本当に肩に担いで病院に入ってきて、診察待ちの患者や受付看護師を恐怖に陥れたのだという。
「普通は順番を待ってもらうのだけど、早乙女君の様子があまりにも尋常じゃなかったので、すぐに見させてもらったけどね」
声は優しいけど、変によそよそしい、でも忘れもしない、私の大切だった人だ。
「本当にすいませんでした、良介さん……」
「久しぶり、元気だった?」
良介さんは、少しやせたように見える。
今から二年前、もう二年前、いやまだ二年前。
でも何で、アックーマくんにお願いしたわけでもないのに、何で! 偶然⁉
「覚えてくれていたんだね……」
声もどこか覇気がない。
覚えていたといえば私も、ちょっと待って、こんな化粧っ気もないかにも毛ボサボサでの再会って、恥ずかしすぎる。今更顔を隠しても遅いけど。
「ところで、加奈ちゃん、この方たちは?」
以前の呼び名で読んでくれたけど、どうしようダニエルさんとデリックさんのことなんて説明すれば。
「父です」 と、デリックさん。
「母です」 と、ダニエルさん。
なんでやねん!
「ただの仕事場の上司です!」
頭を強く打ってしまっていたけれど、のうしんとうで済んだそうで、意識が戻ると、体調も良くなったし、検査してもどこも異常なかったとのことで、帰れることになった。
十人も入ればいっぱいになる待合室、受付の奥には三人の看護師の姿が見える、小さな病院だったが、名前はしっかり 『岸谷クリニック』 内科なんだ。
「良介さん、開業したんですか⁉」
「いや、父の病院を継いだだけで、大したことじゃないよ」
少し戸惑うようなはにかんだ笑顔を見せてくれた。
その笑顔が、今にも消えてしまいそうで、心臓が軽くはねた。
岸谷良介、彼とは五年前に、バイト先で知り合った、当時医学生だった良介さんは、仕事のことでも一杯教えてくれた人、ミスした時は優しく慰めてくれた、うまくいったときは一緒に喜んでくれた。いっぱいお話もした。
お付き合いに発展したのは一年後。
すべてをささげ、この人に付いていこうと思っていた。
それなのに、どうして私の前から姿を消したの。もう私のことは何とも思っていないの。
聞きたいことはいっぱいあるのに、次の患者のために診察室へと消えていった。
のうしんとう、脳震盪ってむつかしい漢字を書く。脳震盪は、今は大丈夫と思っていても、あとから重篤な症状が出ることもあるので注意してね、とAIが言っている。
「どうした加奈子、唇が赤いぞ、こっそりスパゲッティでも食べたのか?」
「ケチャップじゃないの、乙女してるの私!」
注意してねと言われた二十四時間はもうとっくに過ぎているけど、何かあったらどうしよう、岸谷クリニックに行きたいと申し出た私に、上司の二人は快く承諾してくれたけれど、待合室までついてきた。
診察室までついてくる勢いを押しとどめ、一人診察室に入る。
診察室では、良介さんはそこにいてカルテを見ている。
この狭い診察室に二人きり、壁の本棚には医学書がいっぱい。
何から話そう、緊張する、やっぱり今でも私は好き。
「頭の異常も見られないし、尿検査も異常なしだったよ、ちゃんと栄養を取って、睡眠もきちんと取れているみたいだし、心配いらないね、もう大丈夫だよ」
うん、あれからなんともない。元気な私に戻ったのは知っている、知ってるけど……。
「で、でも先生、今日はなんだかお腹の調子が、何だか痛くて……」
私の訴えに、どれどれ、と、お腹に手を当ててくれた、服の上からだけど。
「大丈夫、君は何ともないよ」
「でもぉ」
「もしかして食べ過ぎたのかな?」
「そ、そんな事っ!」
確かに今日もダニエルさんの朝ご飯はおいしくて、お昼に立ち寄ったカフェのランチもおいしくて思わずお替りしてしまったけれど。
恥ずかしさで顔を真っ赤にしてしまったんだろう、良介さんはくすくすと笑いだした。
「もぉ、酷いですぅ」
でもそうやって笑っている良介さんは、あの頃のままだ、優しかったけど、時々そうやってからかわれていたっけ、あぁ、もう、そうやって笑う良介さんは反則だぁ。
「君は本当に健康そのものだ、もうここに来ることもないよ」
「え?」
「もうここへは来ないほうがいい」
「何で……」
優しい瞳の奥が悲しげに光るのが見える、なんで、そんな悲しいことを言うんだ、この人は。
「私のこと、嫌いになったんですか」
「ちがっ……いや、そうかもしれないね……」
違うんだ、違うって言いかけたのしっかり聞こえた。
何か別の理由があるんだ。
「今日は特に診察もしていないし薬も出ない、君はもうこのまま帰るんだ、いいね」
診察室を追い出された。
これでもう良介さんからブロックされてしまったような気分になる。
健康だから会えない、嫌いだから会えない、それだけじゃない理由があるはず。その理由が知りたい。
私も病気になったらいいのかな、さすがの良介さんでも病人相手に追い出したりしないだろう、また会うこともできる、かもしれない。
悪魔の従者さまと過ごした日々は、早乙女加奈子をしたたかな女に変えてしまったのよ。
「ダニエルさん、デリックさん、お願いがあります!」
アックーマ君の力を借りよう。




