第13話 悪魔の従者様は過去話がお好き
読んでいただき、ありがとうございます。
やらないでって言ったのに。
目が回る、天井がぐるぐるしてる、胃が逆転してる。
いつの間にか眠っていたらしい、いや、気絶していたのかも……。
ダニエルさんの近づく雰囲気を感じて目が覚めた。
「気分はどうだ」
「あ、はい、少しマシになりました、ありがとうございます」
少なくとも悪魔のオーラのやつは、もうすっかり良くなっているに違いない。
「飯ができたぞ、食べるか」
ほんとだ、いい香りがする。
小さいテーブルの上には、新鮮サラダの乗った丸井お皿と、まだ何も入っていない深いお皿に銀のスプーン、真ん中には両手鍋。
ふたを開けると、柔らかくて暖かい香りが部屋に満ちた。
ダニエルさんが取り分けてくれた、ミルク色のとろりとしたスープに、ほくほくのジャガイモ、とろける玉ねぎ、にんじんの赤とブロッコリーの緑が目を楽しませてくれる。
鶏肉が口の中で溶ける。
あったか柔らかい優しい味の、ほっこりクリームシチュー。
「失望したか?」
突然ダニエルさんの質問、シチューは大満足ですが。
「悪魔協会が守っているのが、あのような者たちで」
恐ろしくて人を恐怖に陥れる存在、でも中には優しい悪魔だっているといいたいのだろうけど、やっぱり悪魔は悪魔。
「今日の総理も悪魔みたいでした」
「なるほど、そういわれれば、そうかもしれんな」
ファブラ様などはまだ可愛いほうなのだと言って、ダニエルさんはジャガイモを咀嚼する。
「しかし私は悪魔協会にいることを誇りに思っている、あの悪魔たちが好きだ」
私はまだそういう境地には至っていないわ、今日もすごく怖かったし、でもいつかは悪魔たちが好きといえる日が来るのかしら、想像つかないけど。
「でも、今日のことで安心しました、私は今まで周りの人たちに馬鹿にされたり相手にしてくれなかったり、それは私も悪いんでしょうけど、人見知りだし、どん臭いし、だから必要とされたことがなかったんですよね、だからダニエルさんが、私を必要としているって言ってくれたことがうれしいです」
「うぬぼれるな、都合よく働いてくれるから、便利な奴だと思っているだけだ」
「えー、そこはうぬぼれさせてくださいよぉ、ほめて伸ばすって言葉があるじゃないですかぁ」
ダニエルさんの手が一瞬止まった気がしたけれど、すぐに皿のブロッコリーを救い上げると。
「私はわがままなで欲張りなのだ、いったん私の下僕と認定すれば、こんな奴でも他の誰かにくれてやるつもりはない、たとえそれが上司や悪魔でもな」
わぁ、何だか嬉しい。
シチューを食べ終わった後、ダニエルさんがお茶を入れてくれた、何だか余所行きのお茶!みたいな、ちょっと贅沢な香りがする。
「そういえば、まだ話していなかったかな」
「何をです?」
「私が悪魔協会に入ったきっかけを」
そうだった、聞こうと思っていたのに話をそらされて結局聞けずじまいだったっけ。
何か言いたくなかった理由があったのかなと、思ったけれど。
「あれは、私が五歳のころだった」
「五歳⁉」
「そんなに驚くことではない、私とて、五歳のころはあったのだ」
「もちろん、私にも五歳のころはありましたけれど、いやマジで五歳って何‼」
今目の前で、お茶をおいしそうに飲んでいる、この三十過ぎの優男の、享年が五歳⁉
「あれは、近所の、ガキ大将っぽい奴ら二人に誘われて、一緒に遊んだ時だった」
ダニエルさんが話し始めた。
「最初は、その二人と面白おかしく遊んでいたのだが、いつしか、冒険と称して立ち入り禁止と書かれた工場の資材置き場に足を踏み入れてしまってな、入り口にチェーンが一本掛かっているような場所だ、好奇心旺盛な子供よ、入ってくれと言っているようなものだろう」
確かに、そういう場所に、入って遊んだことあったよ私も。
「廃材や、使われていないユンボ、大きな鉄の塊がたくさん積み上げられていて、ちょっとしたテーマパークだ、そこでかくれんぼが始まってな、私もワクワクしながら隠れ場所を探していたのだ」
そこから少年ダニエル君は、まるでジャングルジムのように複雑に積み上げられた角材をよじ登る途中で足を滑らせてしまった。
落ちる、と思ってからは記憶がなく、気づいた時にはあたりは薄暗くなっていた、どうやら狭い隙間に挟まれてしまったらしく、体を動かせることもできない、五歳の声ではあたりに聞こえることもなく。
「寒い冬のことだった」
ダニエルさんの持っていた湯飲みがかすかに震えた。
「そんな、ダニエルさんがいなくなったことで、誰も探しに来なかったんですか? 両親とか、一緒に遊んでいた友達とか!」
後から分かったことだが、と、前置きして話してくれた。
「友は、私の姿が見えなくなったことで、一応は探したらしいのだが、呼んでも返事がない、だから先に帰ったのかもと思ったのだろう、しかし私は夜になっても帰ってこない。当然家の人や警察にも事情を聴かれた、しかし友は、危険な場所に入って遊んだことを咎められることを恐れて、別の場所、安全な公園で遊んでいたと供述した」
「そんな……」
だから捜索は、その公園を中心に行われ、ダニエル少年のいる場所は探してもらえなかった。
「夜も更けてくる恐怖と、寒さと痛さで、涙も枯れたころ、私の目の前にデリックが現れたのだ」
「デリックさんが⁉」
「あぁ、一つだけ願いを叶えてやると言ってな」
そして願いが叶って、でもダニエルさんはそこで死んでしまったのだ。
悪魔協会では、天寿を全う、つまりはおじいさんおばあさんになって死んだとしても、協会で働くにふさわしい年齢に若返るが、五歳の少年だったら。
「五歳の少年が、悪魔協会に入ったんですか?」
「そんな子供に、仕事をさせる気かお前は」
「いや、でもだって……」
「あのデリックさんが、父親代わりになって、ダニエル少年を育てたんですか? おんぶひもでおんぶして、でんでん太鼓を鳴らして、パパしてるデリックさん、想像できないんですけど」
「そのような子育てなどせずとも、私は自然に成長する、もう死んでいるのだからな」
死人が成長するって意味わかんないけど、でもすくすくと、立派に成長したダニエル君は、成人してから悪魔協会に入社して、いつしかデリックさんの年齢も超えて。
「自分にふさわしいのは、この年齢だそうだ」
「へぇ……」
なるほど、よくわからない世界だ。
「ところで、ダニエルさんの、協会と契約した時の願いって、何だったんですか?」
それは叶ったってことでしょうけど。
「ふふ、内緒だ」
「内緒って、けがを治して家に帰りたい、とかじゃなかったんですか?」
私なら当然この願いをかけるだろう、と思ったのだが、ダニエルさんは大きく目を見開いた。
「そうか、その手があったか!」
もう、何と言って突っ込んでいいのやら。
その夜深い時間ごろに、デリックさんの帰ってくる気配はしたものの、目覚めたときはもう朝だった。
おかげでよく寝た、体はもうすっかり大丈夫。
今日の朝ご飯はお粥だった。真ん中の赤い梅干を乗せて、昨日のお酒の疲れがまだ抜け切れていないデリックさんにはこういう朝ごはんがうれしいのでしょう。
テレビでは、朝の情報番組が流れていて 『総理大臣突然の死去』 と言って騒いでいる、死因は心不全だそうな。
「悪魔に食われたとは言わないんですね」
お粥をさらさらさせながら問うと、デリックさんが梅干しをすっぱ、とか言いながら返す。
「言っても誰も信じねぇだろ」
流石にそんな死因は恥ずかしいし、あの情けない様子を配信出来ればよかったのに。
「でも、総理はあの時ファブラ様に喰われちゃったんだから、なんで死んだとわかるの、行方不明とかじゃないの?」
「総理の死体は今、あそこにちゃんとある」
ダニエルさんがテレビ画面を指さしている。
「あそこって、総理官邸?」
「あぁ、あそこにあるのは、ファブラ様が飲み込んだ肉体の残りカスだ、見た目はただの死体のようだがな」
「ふぅーん」
と、あいまいに答えたけれど、あの時必死で逃げたはずなのに、結局は帰る場所に帰るのか、悪魔からは逃げきれないんだな。
加奈子は一つ賢くなった。




