表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/7

マインクラフト

夜明け。

私はいつものように、新たなマインクラフトの世界に降り立った。

霧が晴れる前の静かな平原。

足元の草の揺れで、風の流れが読める。


……そして、私は気づく。

ここは日本人のワールドだ。


それは直観だった。

だが、私の長年の観察者としての勘が

そう告げていた。


まず目に入るのは、異様なほどの平坦さだ。

土地が均されているというより、

“研磨されている” と言った方が近いかもしれない。

文明の手が入った土地は、一定のリズムを持つ。

そこに、確かな意図がある。


しかし、視線を上げると不思議な光景が広がっていた。

まるで島全体の設計から忘れられたかのように、

ひとつの山が手つかずのまま残されている。


あれは偶然ではない。

日本人の世界では“山”が特別扱いされることが多い。

触れられた形跡がないのは、

そこに 「不可侵」というルール が存在している証拠だ。


私は近づく。

山肌に、申し訳程度の穴が空いている。

控えめな入り口。

内部には、手作業で掘られた空間が広がっている。


──洞窟住居だ。


そう、日本のプレイヤーはしばしば

“家を建てる” のではなく、

“家を掘る”。


地形に居候するかのように、

自然の内部へと居住するのだ。


英国の建築文化とは根本的に違う発想である。


我々は丘の上に石を置く。

彼らは丘の中に灯りを灯す。


私は洞窟の壁を指でなぞる。

規則的に削られた痕跡が残されている。

あくまで自然を尊重しながら、

しかし自分が生きる場所だけを

慎重に、丁寧に整える。


これは、自然との“共生生活”の痕跡だ。


山の外観は守る。

だが断面の内部は自分の世界にする。

この二重構造は、

極めて高度な土地観を伴っている。


さらに、私は一本の木を見つける。

山の斜面に立つ、一本のオーク。

不自然なほど残されている。


日本人の世界では、

この木を切ることは禁忌に近い。


理由は単純ではない。

木は単なる資源ではないのだ。

この世界において、

木は地形の“人格の一部”として扱われる。


だから、私の推理はこうだ。


日本人のワールドで木を切ると怒られるのは、

木が“景観の魂”と見なされているからだ。




英国におけるドルイド信仰に似ているが、

より日常に溶け込んだ形で存在している。


私は歩を進める。

すると地面には整然と区画された畑が広がる。

道は無駄なく、角度は正確で、

照明の配置も合理的だ。


この秩序性は、

山の自然性と対比してこそ輝く。


──山は神域。

──平地は生活圏。


これが私の導き出した結論だ。


人は自分の美意識に従って世界を作る。

その美意識こそが文化であり、

プレイヤーの無意識下に刻まれた“風土”の反映である。


私は空を見上げ、

小さく息をついた。


「……実に興味深い。

日本のプレイヤーは、

このゲームの中でさえ“自然と人間の境界”を

慎重に扱っている。」


そう呟くと、

足元に置かれた看板が目に入った。


「山の木は切らないでください」




私は苦笑した。

推理はどうやら、当たっていたようだね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ