第12話 番外編 ――静かな朝
帝都は、穏やかな朝を迎えていた。
政変の余波は完全に収まり、
市場は安定し、
民は静かに日常を取り戻している。
高楼の一室。
リュシエンヌは書類に目を通していた。
規律正しく。
正確に。
その背後で、椅子がわずかに軋む。
「まだ働くのか」
低い声。
カイゼルだ。
「帝国の財政は休みません」
「皇帝は休む」
淡々と返す。
「ならば統括官も休むべきでは」
リュシエンヌは顔を上げる。
「それは命令でございますか」
「……提案だ」
微妙な言い回し。
彼は皇帝だが、
今はそれを使わない。
リュシエンヌは書類を閉じる。
「提案であれば、検討いたします」
カイゼルが近づく。
以前よりも自然な距離。
触れなくても、近い。
「盤は終わった」
静かな声。
「今は、駆け引きは不要だ」
その言葉に、胸が少しだけ温かくなる。
「退屈でございます」
わざとらしく言う。
カイゼルの眉がわずかに上がる。
「退屈か」
「共犯の緊張がなくなりました」
その瞬間。
彼の指が、彼女の顎に触れる。
今は、迷いがない。
「ならば」
低く囁く。
「新しい盤を用意するか」
「国家規模はご遠慮願います」
「違う」
銀の瞳が柔らぐ。
「私と貴女の盤だ」
言葉が、ほんの少しだけ甘い。
リュシエンヌの心が、静かに跳ねる。
もう計算しない。
しなくてもいい。
「勝敗は?」
小さく問い返す。
「共犯だと言った」
カイゼルは微かに笑う。
「勝敗はない」
その手が、彼女の腰へ。
今度は触れる。
迷いなく。
「選び合うだけだ」
リュシエンヌは、抵抗しない。
ただ、彼の胸元に手を置く。
「合理的でございます」
「それは褒め言葉か」
「ええ」
視線が絡む。
静かな朝の光が差し込む。
王国を壊した女と、
冷酷な皇帝。
だが今は。
ただの男女。
「……カイゼル」
名を呼ぶ声は、柔らかい。
「誤算でございました」
「何がだ」
「あなたに本気になったこと」
沈黙。
そして、低く笑う声。
「それは誤算ではない」
彼の唇が、ゆっくりと彼女に触れる。
今度は止めない。
短く、確かに。
理も計算もない。
選択だけが残る。
帝国の朝は静かに明けていく。
盤はもう必要ない。




