第11話 誤算という名の感情
帝都の夜は静かだった。
王国では摂政設置が決まり、
王子の権限は事実上、凍結された。
盤は終わった。
計画通り。
すべて、想定内。
高楼の執務室。
窓辺に立つリュシエンヌは、街の灯りを見下ろしている。
「王国は持ちません」
淡々とした報告。
「貴族連合が主導権を握るでしょう」
背後で、カイゼルが静かに聞いている。
「後悔は」
短い問い。
「ございません」
即答。
それは嘘ではない。
王国は腐っていた。
壊す価値はあった。
だが。
胸の奥に、微かな違和感。
静かすぎる。
終わったはずなのに、満たされない。
「陛下」
彼女は振り向く。
銀の瞳が、まっすぐ見ている。
「わたくしは、すべてを計算しておりました」
一歩、近づく。
「断罪も、商会も、王子の焦燥も」
沈黙。
「あなたも」
その言葉に、空気が揺れる。
「利用するつもりでございました」
正直な告白。
カイゼルは否定しない。
「知っている」
低い声。
「だから共犯だと言った」
リュシエンヌの胸が強く打つ。
「ですが」
指先がわずかに震える。
初めて。
「計算できなかったことがございます」
一歩。
また一歩。
距離が縮まる。
「あなたが、嫉妬なさったこと」
呼吸が重なる。
「理を外そうとされたこと」
銀の瞳が、わずかに揺れる。
「そして」
声が、ほんの少しだけ柔らぐ。
「それを、嬉しいと感じた自分」
静寂。
それは敗北の告白に近い。
完璧だった盤面に、
初めて“誤算”が生まれた。
「……リュシエンヌ」
名を呼ぶ声は低い。
だが、柔らかい。
「わたくしは」
息を吸う。
逃げない。
「あなたを、利用しきれませんでした」
沈黙。
数秒。
「なぜだ」
問いは静か。
彼女は目を逸らさない。
「あなたを、駒にしたくなかったから」
言ってしまった。
それは計算ではない。
本心。
「わたくしは冷酷ではございませんでした」
自嘲のように笑う。
「誤算でございます」
カイゼルがゆっくりと距離を詰める。
今度は止めない。
顎に触れる指先は、優しい。
「それは誤算ではない」
低く、確かに。
「選択だ」
銀の瞳が、近い。
「貴女は私を選んだ」
胸が熱い。
盤は終わった。
残ったのは、感情。
「……はい」
小さく。
だが、はっきりと。
「あなたを、選びます」
その瞬間。
カイゼルの理性が静かにほどける。
唇が触れる寸前。
彼は止まらない。
だが奪わない。
触れるだけ。
確かめるように。
短い、熱の証。
理ではない。
契約でもない。
選択。
窓の外で、夜風が吹く。
王国は終わりを迎える。
帝国では、新しい秩序が始まる。
そしてリュシエンヌは初めて、
計算ではなく、
自分の心で未来を決めた。




