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不滅の花は、世界に希望の大花を咲かす  作者: 星の夜
■第一章 ジュピテイル王国編
12/15

第十一話 【平和な行程】

 早朝、まだ人が活動を開始する時間には早い。しかし、その少女は朝日を背景に探索者協会の前で仁王立ちしていた。

 彼女の背負っているバックパックは、小柄な少女の体躯より大きく、大荷物なのがわかる。


 まるで、これから三泊ぐらいするような気合いの入れようで少女――クレハは、朝日よりも明度の高い紅の(ポニーテール)を揺らした。


「いよいよね。……でも、あいつ本当に来るのかしら」


 呟く思いは、これから挑む()()への責任感と、昨日少年と交わした約束へ向けたモノ。

 前者は、自身の問題だから心配いらない。しかし、後者に至っては大分気がかりだった。


 ムカつきすぎて思わず手が出てしまった件の後、少年――ニクス・エルウェは、渋々ではあるものの、自身と一緒に潜ってくれると約束をしてくれた。


 もっとも、まだ出会ったばかりの人間だ。信用するのは時期尚早といえよう。自身は彼を何も知らないに等しいのだ。


 とはいえ、彼への知識はハゲ頭――ラカントマのお陰で多少ある。

 ラカントラマは、ニクス・エルウェを信の置ける誠実で素直な人物だと言っていた。

 それは、クレハもなんとなくは理解している。悪いヤツじゃないくらいには。


 事実、昨日の夢を語る真摯な彼の姿。その思いは、確かにちょっとだけ胸を打つものがあった。

 しかし、それはそれである。


「出会いは最悪だし、ぺちゃんこだなんて失礼な事も言うし」


 出会いは兎も角、これでも一応サイズとしては普通サイズなんだが。彼は目が腐っているとしか言えない。

 ともあれ、そうした事実からクレハは総合的に俯瞰し、まだ完全に信じるには値しないとそう評価した。


「それに、最後の相槌もてきとーだったもん」


 疑いたくはないが、逃げる可能性だって勿論ある。だから念のため、その予防策として彼の所在地は押さえている。


 無論、コソコソ探るは柄じゃないので、本人から直接聞いた。そうしたら彼は以外にもすんなりと答えてくれた。

 場所は宿泊区のウチノ屋というところで、もう二年も間借りしているような状態らしい。なので、おそらくそこから移動する可能性は低いだろう。


「……ふぅ」


 彼への懸念は尽きない。

 ダンジョンへの不安も、役目を果たさなければならない使命感もある。

 けど、おそらく大丈夫だろう。

 なんたって――


「平和の象徴だっけ。この鳥」


 目前には平和の象徴と言われる鳩が、自身の未来を祝福するように沢山いるのだから。


 そうして、クレハは鳩を眺め続けた。

 そして、何故だろう。次第に目の前の通りには人が増えてきた。

 それに加え、陽気な音楽が流れ始めたし、終いにはお酒を片手に焼き鳥を持っている人もでてきて、自然とクレハの腹の虫が鳴った。


 恥ずかしさに黒眼を伏せ、クレハはふと空を見上げる。

 太陽は何故か、真上付近まで昇っていて――――


「あんのっ! 変態がーー!!!」


 その絶叫に「くるっぽー」と平和が散ったのは言うまでもない出来事だった。




◇◆◇◆◇




「ぶぇくっしゅ。――はぁ、誰か噂でもしてんのか?」


 自身の空色の瞳と同じ空を見上げ、そう呟くニクス。しかし、それに答えるものはいない。通りは活気で溢れていて、皆自分のことばかりで忙しそうだ。


「ま、祭りだからそりゃそうか」


 サッパリとした髪を撫で付け、やはり前が見えるのはいいなと思いながら、ニクスはフォクス領の北門。自身が借り入れしている車庫へと入っていた。


 車庫には、色とりどりの四輪の貨物車がズラリと並んでいる。だからこそ、その小さな二つの車輪がついた乗り物は目立っていた。

 前方にハンドル。細い胴体に二つの車輪がつくそれは、バイクと呼ばれるモノ。


 今までは騎士用。――即ち、生産コストの観点から国の人間を守る者だけにしか卸されてなかった。

 しかし、ここ最近になってそのコストが軽減されて、市井でも流されるようになった。

 それでも、高価なのでおいそれとは買える代物でもない。


 ニクスはそのバイクの真ん前に立ち止まると、自身の着ている黒のダウンから鍵をとりだした。そして、キーシリンダーに鍵を差し込み回す。

 すると、ハンドル部分の中央。そこに埋まっている三つの加工された魔石(マテリアル)が赤、青、緑の順で光り輝いた。


「うっし。行くか」


 静かな起動音鳴らしてきた、新たなる相棒の上に跨がり、そうしてニクスは意気揚々と車庫の外へと出た。


 無論、この後の行く場所は決まっている。

 もっとも、その前に門を守護する警兵に挨拶せねばならない。


 ――その後は、ああ。身分証を見せて出立を記入しなければ。そうしないと、出るときはいいが、入るときは入関税を取られるんだった。


 ニクスはそれを思いだし、門の側にある詰め所へとハンドルを切る。と――


「お?」


 人の群れの中、紅い髪の少女が視界に写った。会ったのは昨日も昨日だ。あの暴力少女で間違いないだろう。

 確か、名前はクレッパだかキレッパだかそんな名前だったと思う。


 ともあれ、彼女は何かを探しているようだ。

 黒の瞳をうろちょろと忙しなく動かしている。


「めんどーだな」


 正直、必要以上絡みたくないのがニクスの心情だ。彼女は声もデカイし手も早い。

 顔は綺麗系というより可愛い系なのに、性格は真逆の苛烈で暴力的。更に自己中ときたもんだ。

 でも、


「ま、一応依頼主だしな。めんどくせぇけど、声かけとくか」


 バイクに跨がりながら、コロコロと車輪を回しニクスはクレハへと近付く。そして、自身の手をシュビッと上げた。


「よっ。どーした?」


「――――」


 クレハはそのニクスを目に止め、沈黙。そしてクワッと怒りの形相で、


「どーっこ、ほっつき歩いてんのよこの変態!!!」


 いきなり吠えてきた。それもかなり失礼だし、不名誉な呼び名だ。

 自身は至って普通の年頃の男児であり、そこまで変態じゃないぞと物申したいニクスだが――


「ちょっ。声でけぇって。恥ずかしいだろ」


 そっちのが今は問題だ。周りの人達の奇異の視線が突き刺さってきて、心臓に悪すぎる。

 そもそも、なんで彼女はこんなにも怒るんだろうか。


「あんたねぇ! なーに、知らぬ存ぜぬ見たいな顔してんのよっ! 昨日言ったでしょ? 協会の前で待ってなさいって!」


 ズイっと身を乗り出して詰めてくる少女に、ニクスはのけ反りながら昨日のことを思い返す。しかし、自身の記憶にそんな会話をした覚えはない。


 おそらく、殴られて放心してたからてきとーに頷いてしまったんだと思われる。

 もっとも、その事実を言ったとしても、目前の怒髪天の少女には響かないだろう。ならば、ここは素直に謝るしかない。


「すまん。すっかり忘れてた!」


 途端、ブチィという幻聴が聞こえ、更に目前の少女の紅の髪が、鞭のように撓んだようにニクスには見えた。

 そして、少女は紅の鬼は、怒っているのに笑顔という器用な表情を向けてきた。もの凄く恐い。


「えぇ。えぇ。そうよね。そうですよね。もういいわ。あんたはそういうヤツって、たった今ふかーく理解したわ。――さっ、早く来なさい。お姉さんが可愛いがってあげるから」


 彼女の可愛いがってあげるからが、本来の意味で発揮してくれるならニクスも着いていくのは吝かではない。むしろ、飛び込みたい所存だ。

 しかし、このまま行ったらおそらく、自身は現世へと帰れないだろう。そう思わせるくらい彼女の笑みは迫力があった。


「まぁ、落ち着けよ。俺が悪かったって。でも――」


「わかってるなら早く来なさいっ!」


 ニクスの言葉を遮り、キッと有無を言わせない黒の一睨み。

 すると、クレハは焦れたのだろう。ハンドルを握るニクスの手を取って無理矢理連れて行こうとする。

 そんな強引すぎる彼女の行動に、ニクスは溜め息を深く吐いて、


「これから、俺は行く所が――。行かなくちゃなんねぇ所があんだよ」


「何を――。まさか、逃げる気?」


「逃げもくそもしねぇよ。安心しろ。約束は守る。――でも、ダンジョンで死ぬかもしれねぇだろ? だから見せておきたいし、見ておきたい顔があんだよ」


 そう。これからニクスが行こうとしていた場所は、自身の故郷ガランサス村だ。

 あの日、漆黒の夜。無知で馬鹿だった自身は死ぬような目に合った。その後からこれは決めていた事。


 もし、もう一度ダンジョンへ潜るなら、その時は一回一回村の人間を見ておきたい。記憶に納めておきたい。

 だから、高いが小回りの効く自家用車をわざわざ買ったのだ。


「……そう」


「わりぃ。直ぐとは……言えねぇけど、なるたけ急いで戻ってくるから」


 どうしてか、いきなりシュンと視線を地面へと落としてしまったクレハ。水分のなくなったトマトみたいだ。

 ともあれ、その姿にニクスも申し訳なり、なるべく早く帰ることを誓う。


「わかったわ。でも、それ昨日言えたでしょ? 早く言いなさいよ。やっぱり変態ね!」


 了承了承と頷く少女。どうやら、納得してはくれたようだ。しかし、どうして最後にそんな思考に帰結するのは不明だ。理不尽すぎる。


 まさか昨日の一言の当て付けだろうか。

 だとしたらしょうがない。ニクスはマリリンの豊満を知っているので、あの時は咄嗟に比べて出てしまった言葉だ。


「すまん」


「ふんっ」


 その全てを込めてニクスは謝罪をした。どうやら、クレハもその謝罪を受け取ってくれたみたいだ。

 彼女は鼻を鳴らしながらも手を解き、道を開けてくれる。


 ただ、彼女の横顔はどこか寂しそうだった。

 だからだろう。そう声をかけてしまったのは。


「もし暇なら、一緒に来るか?」


 そう。誘い文句。レイチェルに向けていたのと同様の。

 ニクスは来てほしいから言ったんじゃない。なんとなくだ。


「女苦手なんじゃないの?」


「昨日も言ったけど、刺してくる女が苦手なんだよ」


「なによそれ……」


 ジッとその真意を覗くように、探るように、黒い瞳が矢のように刺さってくる。

 正直、ニクスは後悔した。

 やはり、まだ黒の瞳は恐くて胸が痛くなる。

 忘れたいけど忘れられない。常闇が襲ってくるような気がして。


「いいわよ」


「え?」


「それ、気になるし。一緒に行ってあげてもいいわって言ってるの!」


 バイクに指を突きつきて、少女は言う。

 あくまでも上から目線で、しかしそこには照れ臭そうな微笑があった


 そんな彼女に、ニクスも言う。


「服装、それでいいのか?」


「ふんっ。当たり前でしょ。これが正装だもの」


 昨日と変わらない外套を着る少女は胸を張る。それにニクスは「そっか」と微笑んだ。


 多分もう大丈夫だ。おそらく服装は大丈夫じゃないと思うが、しかし彼女は平和な人間なのだろう。


 なんたって、羽ばたいてきた平和の象徴が、(あか)の上に止まったのだから。




◇◆◇◆◇




 フォクス北門から躍り出て、バイクを走らせること一時間。ニクスの懸念は当然のごとく的中した。


 最初こそ、きゃぁきゃぁ言って、タンデムシートの上で楽しんでいたクレハだったが、現在はそれどころじゃないようだ。

 じゅるじゅると、鼻からも口からも体液を撒き散らしている。

 それだけならまだ、彼女だけの問題だ。忠告したのに馬鹿だなぁくらいで流せる。

 だが――


「はぁー。最悪だ……」


「ずば、ズビッ。ひょうぎゃないでひょ!」


 現在、クレハは小柄な体躯を目一杯、ニクスの背へと押し付けている。ぐりぐりともう、そら熱い熱い包容である。

 字面だけで見れば色っぽいが、しかし、彼女は鼻汁を撒き散らしている妖怪状態だ。

 当然、ニクスの着用しているダウンはその体液でびっちょりで、それを理解している本人は溜め息しかでてこない。


 ――トキメキも色っぽさもありゃしない。そうニクスが思うのは無理もない話だ。

 ともあれ、ダウンは乾かせばいいがこの状態が続くのは非常に不味い。

 軽度の風邪を引くぐらいならまだましだが、重症化したら目も当てられない。


 それに、雪が積もる道に対して、クレハは過剰に反応していたから、もしかしたら彼女は暖かい地域の出身なのかもれない。

 だとしたら、余計に寒さに対して免疫がないだろう。なのに、外套一枚……やっぱり阿保だ。


「あど、ズビズバッ。どれふらいなのよ」


「スノーパスまでは後、半日。夜中には着く。目的地のガランサス村までは更に一日かかるな」


「ぞんなぁあーー。じんじゃうわよ」


 寒さで凍える彼女にとっては、そのニクスの行程は極刑に等しいモノだったのだろう。

 ガラガラと何かが崩れ去る音がニクスの耳にも聞こえた――ような気がする。


「だぁーわかったよ! 本当に仕方ねぇヤツだな」


 ニクスは致し方なしとバイクを停めて降りると、自身の着ている黒のダウンを脱いだ。

 そのまま背面を見る。

 案の定、びっちょりクレハ汁が黒い染みとなって広がっていた。

 溜め息しかでないが、ともあれ、


「ほら着とけ。依頼主に風邪引かれても困るんだよ」


「あんだ、いいやづね。ズビビッ」


 顔を真っ赤に鼻汁を啜る妖怪は、そうニクスに感謝を述べた。

 それを適当に流しながら、ニクスは思ってしまう。そう、こうして今みたく静かなら悪くないなと。


「んま、本質は声のデカイ怪獣女だからあり得ねぇけどな」


「ん、何よ? 何か言った?」


「何でもねぇよ。それよりちゃんとチャック閉めとけよ。そうしねぇとあんま意味ねぇからな」


 誤魔化し、そう言って、ニクスは再びバイクへと跨がり、相棒を走らせる。


 鋪装された道。その脇には銀の煌めき。

 二人はそれらを置き去りにし、そしてまた再び迎える。

 向かう先は、一先ずのスノーパス。そこへ向けてひたすらに――


「ズビッ。あんだはふぐ大丈夫なの?」


「ズバビ。大丈夫にぎまっでんだろ。ざむい場所はなれでんだ」


 そう、ひたすらに寒さから逃れる為に、二匹の鼻汁怪獣はスノーパスへと向かうのであった。



 そうして、鼻汁怪獣二匹は何事もなく――寒さに凍えながらスノーパスへと着いた。

 スノーパスでは特筆するものはない。

 予定通り夜中につき、二人は別々の部屋をとり、仮眠をとった。

 その後、朝を迎えて、朝市で防寒着を新調した。勿論、二人分。


 そうした慌ただしい朝の行程をこなした二人はスノーパス出て、本当の目的地。ガランサスへと向かう。


 そして時は過ぎ、現在は星の見える夜空。

 白の防寒着を着用するクレハは、ニクスのお腹に手を回し、器用に寝ていた。

 無論、クレハが落ちない用にニクスはロープで自身と彼女をくくりつけて固定しているのもあるが。


 そんな呑気な彼女に、ニクスは正面を向いたまま仕方ないヤツだなと微笑む。

 そうして暫くして、日をまたぎ早朝にさしかかった時。

 背後から声が聞こえた。それは言葉じゃない感嘆の煌めき。


「……すごい」


 おそらく、彼女は呆気にとられていることだろう。ニクスはなんとなくだがそう感じた。


 なんせ、彼女が目にしているだろうここは銀世界。

 鋪装された道も、人の足跡も、道の脇にある家々もない。本当に真っ白な世界だ。


「凄いだろ?」


「えぇ。こんなの初めてみたわ……凄い、綺麗」


 その彼女の一言にニクスの表情も綻んだ。

 素直に嬉しいと思う。自身が育った場所を、こうも誉めて貰えるなら、連れてきた甲斐があるというモノ。


 ――と、突然お腹にあった圧迫感がなくなった。彼女がロープを外したのだろう。


「――おい。あぶねぇって」


 ふいにバイクが不自然に揺れた。それに、肩にも圧がのし掛かってきて、つい、きつめに言ってしまった。


「いいじゃん。だって、綺麗なんだもん。白の世界を飛んでる見たいで、凄いわよ」


 その無邪気な声は頭上から降ってくる。

 大方、彼女はタンデムシートに立って乗っているのだろう。だとしたら非常に危険だ。

 そう、危険すぎるから、ニクスはバイクの速度を落として、ゆっくり、ゆっくりと進む。


「本当に能天気――平和すぎる女だぜ」


 そんな一幕があって、ようやっと二人はガランサス村にたどり着いたのだった。

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