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不滅の花は、世界に希望の大花を咲かす  作者: 星の夜
■第一章 ジュピテイル王国編
13/15

第十二話 【一時の帰郷】

 ――――ガランサス村。

 村という文字からして、長閑な場所を連想させるが、実際は監獄のような場所だった。

 石造りの要塞が、ポツンと雪景色の中に佇んでいる。

 見た目は廃墟――。というより、お化け屋敷めいていた。


 要塞の入り口には門がある。人が十人くらい列をなしても平気で通れそうな門だ。

 だが、その門を閉める扉は、現在は壊れていて、本来の役目を放棄していた。


 そんな門の側には、中規模のテントが三つ程列になって這ってあった。それをニクスの背中越しに見たのだろう。クレハは、


「ねぇ。アレ何?」


「ん。あぁ、あれは闇市だ」


 と、平然と何事もないと答えるニクス。

 しかし、それを聞くクレハは絶句の音色を寒空の中に響かせた。


「はぁーーっ! それ、違法じゃない!」


 闇市というのは簡単に言えば、無法者の商人集団だ。

 彼らは盗んできた装飾品や、市井に流せない曰く付きのものを扱う者達であり、彼女の言う通り、どの大国でも取り締まりの対象とされている。


 もっとも、ガランサス村は見た目こそ要塞ではあるが、大国でもなんでもない。今はただの過疎化した村だ。

 したがって、彼らを取り締まることなんてしない。むしろ、村としては闇市の存在は大変助かっていた。

 

「仕方ねぇだろ。ここはじじばばしかいねーからよ。多少高ぇけど、衣食住を手に入れる手段が闇市からしか存在しないんだ」


 村から一番近い最寄りの街はスノーパスであり、そこまで車両で一日かかる。

 往復すれば二日だ。年老いた人間達が行ける筈もない。


 それに、助かっているのはそれだけではない。

 闇市っていうのは商人だが、武力的一面も持ち合わせている集団だ。

 襲われる可能性の少ない何もない村だが、こうして彼らが時々滞留してくれているおかげで、その懸念はかなり減少していると言っていい。


「だから、理解できねぇのはわかるけど。ここはそういう村なんだ。てきとーに流してくれ」


「……危ないんじゃないの?」


「別に。気のいい奴らだよ。今はランプが点いてねぇから、外出してるっぽいけどな」


 ニクスは、テントの脇にあるランプに目を向ける。闇市の人間がいる時は、基本、そこにあるランプが点灯しているが、今は点いてない。なので間違いなく留守だ。


「……そう」


 そのニクスの言葉を聞いたクレハは、ジッとテントを凝視している。難しい顔をして、何やら堪えるような、なんとも言えない表情をしていた。


「――と。ほら、着いたぞ。こっからは徒歩だ」


 門の横にバイクを停めたニクスは、クレハに降りるように促す。それにしたがって、彼女も降りた。降りたのたが――


「わっ。ちょっ!」


 ボフンとクレハの足が、雪の中に沈みこんだ。足というか膝下までなのだが、彼女にとっては初めての経験なのだろう。

 眼をパチクリと瞬かせて、その後ぶるぶると震える。そして――油の切れた人形のように、黒の視線をニクスへと向けた。


「ち、ぢめたい。たしゅけなさい」


「だから、膝まであるブーツにしとけって言ったじゃねぇか」


「これでもいっぱしのレディーなんだから。あんな長靴みたいなのなんて履いてらんないわ!」


 そう仰るレディーさんだが、鼻水を垂らしながらでは何も説得力がない。

 ニクスは呆れながら、自身も雪に足を沈みこませる。そして、ぷるぷるしているクレハに背を向けて屈んだ。


「ほら、乗れよ」


「嫌よ! どーせ胸のこと考えてるでしょ? この変態っ!」


「……あのなぁ」


 確かに胸は気になる。そこは認める。しかし、厚いダウンを着ているのに何を感じろというのかこの怪獣は。

 そもそも、この状況でそんな思考が出る方が変態だろう。もはや呆れてものも言えないニクスは立ち上がり、そそくさと、


「じゃぁ、いいや。そのまま頑張れ」


「ちょ、冗談よ! ほら、今なら背負わせてあげるから。依頼主が風邪引いちゃダメってあんたも言ったでしょ?」


 何やら後ろで吠えている怪獣がいるが無視だ。おそらく、氷の魔法で釘付けにされている筈だから襲われる心配はない。

 なので、ニクスは門の先へ行こうと――


「お?」


 行こうとして、止めた。

 何故なら見覚えのある二人の人間が此方に来ていたからだ。


 一人はゆっくりと。

 一人は猛然とダッシュして。


「エルにーっ!」


「あはっ。ピピ、相変わらず元気だな」


 ドンっとニクスに元気よくタックルしてきたのは、この村の最年少で女の子のピピだ。

 彼女は今年で九歳。来年からスノーパスの学校に通うことになる。元気ガールだ。


「門の前がうるさいと思ったら、帰っきておったんかい」


「おうっ。ただいま村長!」


 次にきたのはこの村の村長。名前は……村長だ。確かかっこいい名前だった筈だが、皆が皆村長って呼んでいるし、ニクスもそうした環境で育ったから覚えていない。


「エルにーやっと髪切ったんだ。そっちのがかっこいーよ」


「おう。ありがとな!」


 元気に顔を綻ばせるピピに、やはりここに来たのは間違いなかったと、ニクスは確信する。空気は痛いほど冷たいけれど、心が、心臓が暖かかくなった。


「エル、二ヶ月ぶりじゃな。どうやら、元気に――というより、いい顔になったの」


「そうか? 別に俺は俺だけどな。――あ! お土産持ってきてたんだ。ちっと待っててくれ」


 挨拶もそこそこに、スノーパスで買ったお土産を思い出したニクスは、バイクの元に向かおうとする。

 そうなると、当然、クレハとかち合うのだが。

 怪獣は何故か、本当に氷の魔法を受けたように固まっていた。

 しかも「エル、エル」とぶつくさ呟いている。なので、一応。


「エルはここでの愛称みてーなもんだけど、なんかあんのか?」


 と、聞いてみるも、怪獣は、「うそでしょありえない」と、今度は違う呪文を囁き始めたので、ニクスは気にしないことに決めた。


 そうして、バイクからお土産を取り出したニクスは村長とピピの所に戻り、


「ほい。これはスノーパス限定の蒸留酒らしいぞ。んでこれはピピのな。確か、なんとかサファイアてゆー宝石がついている」


「村には五七人おるんじゃ、三本じゃたらんぞ」


「うわー。綺麗。ありがとエルにーっ」


 村長には希釈するタイプの蒸留酒を。ピピにはちょっと高価だがブレスレットを。

 ピピは来年から学校だから、その祝いを込めてのものだが、喜んでくれてなにりよりだ。

 村長は相変わらず贅沢だ。でも、確かに三本じゃ直ぐになくなってしまう。

 それはニクスとて理解しているし、これがわざとだったりもする。


「そっか。そーだよな。じゃぁ、これで皆の分買ってくれ。それと、街にもな」


「ふんっ。それはいらないわい」


 ニクスが渡したのはお金だ。しかし予想していた通り、村長は受け取ってはくれない。そういうときは大抵、


「じゃあ、ピピが預かっとくね」


 そう。ピピが率先して受け取ってくれる。

 探索者になりたての時は、こういったやり取りでよくニクスは村長と喧嘩をしていた。

 そんな時に間に入ってくれるのは、いつもピピだった。

 本当に彼女には感謝している。いいお嫁さんになるだろう。

 だからこそ、来年からどうなってしまうのか、ニクスは不安だ。村長も自分も、わりと頑固なほうだから。


 と――。


 じーっとピピが自身と同じ空色の眼で見つめてきている。

 ただ、その視線の行く先は、ニクスの後ろ側で。


「エルにー。あの人だーれ? お嫁さん?」


 可愛らしく頬に指を当てるピピだが、さすがにそれは勘違いだと弁明したいニクス。


「ちげぇーよ」

「なわけないでしょ!」


 凛とした大音と自身の否定が重なり、思わずニクスは後ろを振り返った。

 そしたら、滅茶苦茶鼻息の荒い怪獣が、肩を怒らせていた。


 あの表情は、後で大喝確定だ。

 面倒なのは面倒だが、慣れというものは怖いもので、もはやだるいな程度しか思えなくなってしまった。

 それに――


「お似合いさんだね。うっししー」

「あついのー。雪が溶けてしまうわい」


 彼らの笑顔を買えたならそれでよしとしよう。ニクスにとって、それが一番大切な宝物なのだから。


「早く早く! お姉さんもきてー。歓迎会するよー」


 ピピのそんな元気な一言に、もう一度ニクスは振り返る。

 見れば、彼女は少しだけ気まずそうに顔を伏せていた。


「だとよ。どうする?」


「い、行くわよ! 行けばいいんでしょ!」


 今、思い返すと、確かに彼女は自己中だ。声もデカイし横暴。けれど、好奇心旺盛で、ちゃんと人の話を聞いてくれる。


 案外、可愛いヤツなのかもしれない。

 そう思いながら、ニクスはクレハへと手を貸した。


「最初から、そうしなさいよっ!」


 ――あぁ。やっぱり可愛いくないかもしれない。


 そうして、村の中に皆で入っていく。

 村長とピピはずっとニヤニヤしていた。




◇◆◇◆◇◆




「なんも変わってねーな。ガラクタばかりだ」


 だだっ広い村の中を眺め、ニクスはそう感想を述べる。

 相変わらず廃れた場所だ。旧時代の煉瓦の家。大きな倉。そして、広場だった場所。そのどれもがひび割れ、崩れかけそうだ。


「だからこそ、復興させてーんだけどな」


 今でこそガランサス村などと呼ばれているが、ここは元々ジュピテイル王国の領土の一つだったそうだ。

 この地域は夏の季節以外は雪が積もる。そのおかげで、昔は食料を備蓄する為の重要拠点だったらしい。

 だが、保冷技術の発展とともにその必要性は失われた。

 結果、王国から維持するよりも、捨てるほうがコストの観点からみて妥当と判断された。


「国も一応手は差しのべたらしーけど……」


 村長達の話を聞くに、国はちゃんとガランサスに住む人達へ、変わりの居場所を提供したそうだ。

 ここに残っている村長達住民は、それを蹴って選んで住んでいると言っていた。


「だったら、もっと良くしてーとか思わねぇのかな」


 不思議だ。なんで、村長達は滅びゆく村とともに自身達も滅ぼうとしているか。

 ニクスには、理解できないものだった。

 ともあれ――


「ピピと怪獣、仲良くやってかな」


 今はそっちのが心配だ。

 村に入った後、ニクスは村長の家にお邪魔し、クレハも含め皆で朝飯を食べた。

 その後は、どうしても一人で行きたい場所があったので、ピピにクレハをお願いしたのだが、


「ま、ピピだから大丈夫だろ」


 天真爛漫で賢いピピのことだ。

 おそらくこの心配は杞憂に終わるはずだ。

 今頃、二人は仲良くガールズトークをしていることだろう。


「――と」


 目前に、一つの備蓄庫だった場所。目的の場所に着いてニクスは止まった。

 戸は閉まっている。が、おそらくこの中に人はいるだろう。

 なにせ、いかにも急造で作りました感満載の煙突からは、火事のような煙が濛々と息吹きのように昇っているのだから。


「入るぞー」


 言って、ノックもせずニクスは扉を開けた。

 そうして、入ると、先ず古い油の臭いが鼻をつき、次にきたのは汗ばむほどの熱気がニクスを歓迎してくれた。

 心地よくもないそれらを手で振り払いつつ、ニクスは倉の中を覗く。


「やっぱ広いな!」


 少々ガタはきているが、丸型――所謂鎌倉型の倉の内部は中々に広く、備蓄庫としては申し分ない。


「ま、元だけどな」


 そう。ここに居着いた住民のせいで、本来の備蓄庫としての機能は現在失われている。

 食料の代わりにガラクタが備蓄され、中央に大釜が立て付けられたそれは、住居というより工房と称したほうが適切だろう。


「おーい!」


 呼んでみたが、返答はない。

 どうやら、大釜の前に立つその人はそのニクスの声に気付いていないようだった。

 目前の火に対して、腕を組んで険しい表情をしている。


「ったく。夢中になるといつもあんなんだよな」


 ぼやいて、その人物へとニクスは近づく。

 そして、その細い肩に自身の右手に持っている棒刀でちょんっと突ついた。


「んおっ? よー。エルじゃん。何ヵ月ぶり?」


「さーな。ダンジョンに潜ってねーとここに用ねーもん」


「そりゃそうか」


 彼女の名はリューリさんだ。ニクスはそう呼ばされている。

 リューリと呼び捨ててで呼ぶと、彼女は拳骨を毎回食らわしてくる。わりと礼儀に厳しい女性だ。


 年齢は不詳だが、おそらく二十代後半。髪は茶色のショートカットで、瞳は紫色。

 その見た目からもわかる通り、彼女はジュピテイル王国の人間でも、ガランサス村の人間でもない。流れの者だ。

 詳細は詳しくは知らないが、傷心旅行の末、彼女はこの地にたどり着いたそうだ。

 そうして、それからは何年も、この何もない地に留まっている。その理由は――


「んなことより、見ろよコレ。最近見つけたんだけどさ。旧時代の時計なんだけど……うー、たまらん」


「お、おう。よかったな」


 そう。彼女は古い物、アンティークが好きなのだ。

 ニクスにはよく分からないが、今もそのガラクタにうっとりと頬擦りしてるところから、多分、いや絶対そういった意味で変態なのは確実だ。


「おいおい。何か失礼なこと考えてないかい?」


「ソ、ソンナコトネーゾ」


「ふぅん」


 腰に手を当て疑いの眼差しを向けてくるリューリに、たじたじとニクスは視線を反らす。


「ま、いいや。久しぶりに私の強強硬硬棒にも出会えたし」


「そんな名前だったけ?」


「当たり前じゃん。覚えとけ。そして使うときは毎回そう叫べ。わかった?」


 真面目くさった顔で言ってくるリューリ。

 ニクスはどう返答するべきか迷う。

 彼女がどこまで真剣なのかわからないが、さすがにそれは色んな意味でキツイし、魔物や魔獣を前にそんな猶予などある筈もなく。


「とまぁ、ここまでは冗談として。――それを持ってきたってことはメンテナンスだろ? また潜るの?」


「あぁ、まぁな」


 良かった冗談で。まだ、彼女の脳は完全にガラクタに汚染されていないようだ。ホッとニクスは安堵した。――本当に心底安心した。


「そっか。ま、村長には黙っといていやる。感謝しろよ?」


「あぁ、それも助かる」


 元々、村長はダンジョンに潜るのを反対していた。

 その理由は明確に言ってくれなかったし、ニクス自体も、その時は何故理解してくれないのだろうと疑問だった。

 でも、今ではわかる。おそらく村長は、命の危険があるからだと伝えたかったのだろう。


 ともあれ、どうしてもレイチェルの目的を手伝いたかったニクスは、それを押し退けて探索者となった。

 村長もそれからは、受け入れて――たかは不明だが、小言は言ってもそれ以上は言わない感じだった。


 だが、あの日以降――つまり、潜るのを止めると報告した時は、言葉にはしていないけれど、村長は大分喜んでいた。

 したがって、今更また潜るなんていうのは、気まずい問題で、それを察してくれたリューリには感謝しかない。


「貸し一な。そして、それを今すーぐに返してもらう。利子は無し。優しいだろ?」


「今?」


「そう! 刮目せよ少年! これは私の渾身の新作。ノびーる君マークⅡだ!」


 言って、じゃーんと意気揚々とリューリが出してきたのは、短剣――刀身と柄が同じ長さの不格好な短剣だった。

 それに対し、ニクスは身構える。そう。恐怖で。


「ま、まさか。またへんてこなヤツか?」


 リューリは鍛治――ではなく、本来は技術者らしいのだが。ともあれ、此処に来てからは取り敢えずなんでも造るし、なんでも直す。所謂、何でも屋みたいなことをして生計を立てている。


 実際、腕もかなりよく。本職じゃないというが、彼女の造った棒刀はそこら辺の武具屋よりも質が良い。更に、村の備品も無料で直してくれる、天才であり真心を持った女性である。


 そう。そこまでは村の住民も感謝しているし、こうしてニクス自身も仕事道具を製作してもらっているので、彼女には頭が上がらない。


 だが、一つだけ彼女――リューリには欠点がある。


 彼女は趣味でたまに変な物を造る。

 前回はそれによって村の一角が爆発し、その前は被験者となったニクスが鳥のように空を飛んだ。否、飛んだというより、強制的に吹き飛んだというのが正しい。

 即ち、このリューリという女性は、天才だが一方で天災の側面も持ち合わせている女性だったりもする。


「あん? この天才リューリ様が造るもんにへんてこもくそもあるかっ」


 と、言いながら、リューリは自信満々に、ニクスにその短剣をぽいっと投げ渡す。


「おい! あぶねーだろ」


「エル用に造ったんだ。勿論刃は着いてないよ」


 苦言を呈しながら受け取ったそれを見れば、彼女の言う通り確かに刃は着いていなかった。

 重量は軽く柄は黒。顎は無く刀身は銀色。

 ただ、前述した通り不格好な姿だ。

 いったい何を目的として造られたのかは解らないが、


「……これ。ボタンか?」


 刀身と柄の繋ぎめに、何やら奇妙なボタンがあった。おそらくだが、これを押せば何かしらの変化が起きるんだろう。


 ニクスは短剣に落としていた視線を持ち上げ、リューリの顔を見た。

 無言だが、そこには試せと訴える好奇心に溢れた彼女の紫があって、


「むりむりむり。絶対、飛ぶって! 今度こそ落下死確定だ!」


 前回の事を思い出して、ニクスは手を前に突き出し、断固拒否の姿勢。

 そんなニクスに、リューリは紫の視線を尖らせる。


「まだ、アレ根にもってんの? まぁでも、今回は多分大丈夫だし……。そもそも、たかが十五メートル程度飛んだくらいで、死ぬようなタマじゃないだろ」


「まぁ、俺は死にはしねぇけど、鍛えてねぇヤツだと普通に重傷になると思うぞ。てか――」


 あの時は、雪がクッションになってくれて怪我をしなくて済んだが、普通は十五メートルも上空に飛べば、態勢次第ではトマトになると思う。

 それに、


「多分なのかよ……」


「実験に絶対という言葉はないのさ」


 リューリはふふん。と誇らしげな表情をニクスに向ける。

 そこは、絶対と言って安心させてほしいところだが、


「ほらっ。四の五の言ってないでソレ押してみろって。ビックリするぞっ?」


「わーったよ」


 そう期待した視線と口調で言われたら、ニクスとて唯々諾々と頷くしか他ならず。恐る恐るそのボタンを押した。瞬間――


「……おっ」


 軽い音とともに刀身が伸びた。その長さは、普段愛用している棒刀と変わらない。

 見た目も、刀身の中央に黒い水みたいな液体が入っていてお洒落だ。


 懸念していた現象は訪れず、ニクスは一安心。それに自由に伸縮するなら持ち運びも便利だ。感心はある。ただ、


「これじゃぁ、使いもにはなんねぇだろ」


 同時にニクスはガッカリもしていた。

 伸びるってことは、中は空洞になっているということだろう。

 それだと脆すぎて、護身用にはなってもダンジョンでは使いものにならない。


「言っとくけど、ノびーる君マークⅡは強強硬硬棒より断然硬いし、柔軟だ。――なんたって、その黒い液体はダイラタントだからね」


「ダイラタントって。確か、叩くとめっちゃ硬くなるスライムだよな」


「そう。そのダイラタントさ」


 ダイラタントスライムは中層にいる魔物だ。

 攻撃性は低い。しかし、防御は秀逸で、斬擊や打撃武器は殆ど効かないといっていいほど硬くなる。


 その魔物が中に入っているということは、おそらくこの棒刀も、その性質を受け継いでいるということなのだろう。


「なるほどなぁ……」


「どうやら気に入ったみたいで何よりだ」


 しげしげと、ニクスが黒い液体を眺めていると、リューリからそんな声が飛んで来る。


「あぁ。最高だぜ! さすがリューリさんだな」


 彼女の言う通り、ニクスはこの棒刀を気に入った。持ち運び便利で、前よりも硬いというのなら今後はこれをメイン武器として使用していく所存だ。


「ただ、ダイラタントスライムの性質状、火に対しては、若干脆くなるからそこだけは注意な」


「ん、わかった。――んじゃこれは、その報酬とメンテナンス料含めてだけど……足りそうか?」


 リューリの忠告に頷きながら、ニクスは懐から無加工の魔石(マテリアル)を取り出した。

 数は三つで、それを代金代わりとしてリューリに渡す。


 すると、その魔石を受けとったリューリは、少女のように目をキラキラと輝かせて、


「うひょーっ! これでまたいろいろ造れるぅぅ!」


 空の視界の先に映るのは、年甲斐もなく跳び跳ねて喜んでいるリューリ。

 どうやら彼女は満足してくれたようだ。

 そうした、愉快な心情を露にしてくれるとニクスも嬉しくなる。

 ただ、次に来るときはもう少し時間を開けようとは思う。

 なんせ――


「次は『粉砕爆砕ドリル』か、それとも『風脚飛び飛び無双』か。んー、どっちを改良するかすっごい悩むうぅっ!」


 なんて、物騒なことをぶつぶつ言っているのだから。




 ◇◆◇◆◇




 時刻は昼。装備のメンテナンスを終えたニクスは、リューリの工房を後にし、村長の家に戻った。

 現在は椅子に座って、村長が作ってくれている渾身の昼食を待っている。


 勿論、そこにはクレハとピピも同席していて。ただ、目前の状況を見るニクスは、ちょっとだけ疎外感があって、気持ち的には複雑だ。


「ご飯。ご飯。ハー姉、今日のお昼は豪華らしいよぉー」


「そうなの? 楽しみねっ」


 音符を刻みながら愉しげにそう言うのはピピだ。それに受け答えするクレハも気分がいいのか、ニクスにとっては初めて見たといっていいほど素直な笑顔で会話をしている。


 工房に居た為、ニクスは二人の間に何があったかは解らない。

 が、現状を見るに、どうやらピピは怪獣を手懐けたようだ。かなり打ち解けている様子である。


「今日はシチューとサラダらしいぞ」


「ふーん。そうなんだ」


「わーっ。サラダなんて贅沢だよー」


 と、そんな会話をしていると、村長が鍋を持ってきた。そして、その鍋をテーブルに起きながら、


「ピピ。台所にパンとサラダがあるから運ぶのを手伝っておくれ」


「うん! わかった! ハー姉も一緒に行こ?」


「ちょっ! わたしはお客さんでしょ? でも、どうしてもって言うなら手伝ってあげないこともないわっ」


「どーしてもー」


 おねだりするようなピピの言葉とともに、最初は渋っていたクレハも、リードを繋がれた犬めいた状態で台所へと消えてった。


 そんな二人の姿を見送るニクスは「ふむ」と頷く。

 どうやら先ほどの思いは、撤回しなければならない。

 二人のその様は、打ち解けているというより、年の離れた姉妹のようで仲睦まじく微笑ましい。


「ずっと、あーならいいんだけどなぁ……」


「エル、何かあの娘に不満でもあるのかのぅ? 少し話したが自尊心が高く、ハッキリとしていていい娘じゃったぞ」


 思わず、そう心情をぼやいてしまったニクス。それに目線をやりながら、村長は長方形のテーブル。その上座へあたる位置に腰を降ろした。


「んー。そうなんだけどな」


 相槌を打って、ニクスは腕をうーんと伸ばした後、背もたれに寄りかかる。

 そうして考えるのは怪獣――クレハのことだ。

 村長の言う通り、確かに彼女は気持ちのいいぐらい物事をハッキリと言う。ただ、それはもう知っているし、正直な所、今考えていることに関係ない。


 そう。ニクスが彼女に対して抱く気持ちは、何故、たまに寂しそうな顔をするのだろうかという一点のみだ。


「本当、よーわからんヤツ……」


「くくっ。女心も秋の空と言うからのぉ。ともあれじゃ、遂にエルにも春がきたといったところかのぉ」


「んなんじゃねーよ」


 心得違いな好々爺っぷりを発揮する村長に、ニクスは唇を尖らせる。


「まったく照れおって。じゃが、エルがあの娘と結婚でもしてくれれば、来年はピピがスノーパスに行く。そうしたらもうこの村はじじぃとばばぁ――年寄りのみじゃ。ならば、後は天寿を全うするのみ。気が楽になるわい」


「怪獣と結婚なんてしねーよ。それに、ピピがスノーパスに行っても俺が此処にいる。俺が村長達の面倒見るし、絶対この村を幸せな街にするんだよ」


「まだそんな事言っておるのか……。馬鹿だのぉ」


 ニクスの固い決意の言葉に、村長は呆れたように嘆く。そして、その時代を刻んできた表情に憂いを浮かべた。


 村長の憂い。それは彼本人にしかわからないことだろう。ただ、付せる瞳の奥には確かな優しさがあった。

 しかし、歯をギリリと食い縛るニクスはそれに気付かず、椅子を鳴らして立ち上がった。


「俺は本気だ!」


「ちょっ! ビックリしたじゃないっ」


 ニクスの怒鳴り声に、丁度台所から戻ってきたクレハが、非難がましく眉を潜める。

 と、遅れてリビングにピピが入ってきた。


 ピピは、村長と拳を握りしめているニクスを見比べ、


「エルにー!」


 テーブルにサラダを置き、快活にニクスの元へ駆け寄った。そして、ちょんと服を摘まむ。


「ん? ピピか。今はちょっと――」


「ハー姉ね。お胸さんすっごかったよっ!」


 服の違和感に気付き、ニクスは自身の視界にピピを写すも、まだ村長に言い足りず二の句を告げようとした。

 が、そのピピの割り込んだ気になる――男なら誰しもが気になってしまう一言に、ニクスは必然とクレハの胸へと視線を移した。


 今、クレハはダウンを脱ぎ、フォクス領を出た時と同様の外套を着ている。

 しかし、室内だからだろう。前は開かれていて、赤いニットが見えた。


 派手だし、その色は目が痛くなる。

 ただ、なるほど。ピピの言う事はどうやら本当のようだ。

 盛り上がるソレは、マリリンほどではないが十分豊満だ。


「……確かに」


 これにはニクスも頷かざるを得ない。目福の境地である。

 だが、そう凝視してしまった代償もデカイなと、ニクスは目前の状況に冷や汗を流し、覚悟した。

 即ち。顔を真っ赤にさせる怪獣のその一撃を受ける心構えだ。


「どこ見てんのよ。変態っ!」


 左手を正面につきだし、反動をつけた流麗な正拳突きがニクスの鳩尾に突き刺さる。


「ぬぐぉっ――」


 クレハのその見事な腹パン食らったニクスは苦鳴をあげて膝をゆらす。

 彼女はその一撃で満足したのか。外套をそそくさと閉めながら、鼻息荒くニクスの対面の席へと乱暴に座った。


  「ねっ。すごーでしょ?」


 急所を抉られ踞るニクスに、策士ピピはニヒヒと笑いながらそう耳打ちをする。

 まんまと無邪気な肝計に嵌まってしまったニクスだが、その心に後悔はない。ただ、中々に重い一撃で、声が出せずにいる。

 すると――


「いつまでそうしてるのよ変態。早くご飯たべるわよ。せっかくじぃじが作ってくれたのに冷めちゃうじゃない」


 誰のせいで。とは声を大にして言えない。自身のせいでもあるので。

 よって、ニクスは腹の痛みに耐えながらも、自身の席に着席した。


 そうして、皆が着席したことを皮切りに食事が始まった。

 ピピが快活に笑い、クレハは戸惑いを見せつつも微笑み、村長が寡黙に気をくべる。


 和気藹々と食卓を囲む三人を見ながら、ニクスは思う。幸せだなと。そして、やはり、復興させなければならないと。

 例えそれが独りよがりであろうとも。




◇◆◇◆◇




 昼食を食べ終えた後、少しだけ食休憩を挟み、ニクスとクレハはガランサス村を出た。


 現在の時刻は昼を過ぎた所。

 白銀の世界は煌びやかだが、バイクに乗っているとやはり寒い。

 

「暖かい場所ね」


 そんなことを思っていたら、後ろの怪獣から真逆の感想が飛んできた。

 ただ、それに反対意見などあろう筈もない。

 ニクスは白い地平線を一望しながら誇らしげに、


「だろ?」


 そうして、再び二人は同じ時間をかけて、フォクス領に帰った。

 行きは色々あったし、クレハは沢山吠えていた。だが、なぜだろう。

 帰りの彼女は、一切声を荒げることはなかった。

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