12.名告らさね
「あ、あの……」
森の中。怖々と後ろからかけられた声に、諷は立ち止まって振り向いた。
視線の先にいるのは当然、先程見つけた少女である。
水色の長い髪はローツインテールで、白い花のような髪飾りで結ばれている。体を覆う亜麻色のマントは、首元の紐で結ばれて、肩にかけられているだけで、ずり落ちてしまいそうだ。その下には制服のような白い衣装が覗く。
「何でしょうか?」
白い耳が、首を傾けるのに従って垂れる。フィはその姿に、杖を両手で握った。焦って掴んでいた木の枝ではない。彼女の持ち物らしい、先に宝石と本のようなものが埋め込まれた杖だ。そして、諷の数歩後ろから、伺うように見上げて言う。
「その、あなたは……?」
諷はパチリと瞬いて、ああ、と納得したように手を打った。芝居がかったその動きに、今度はフィが瞬く番だった。
諷はフィに向き直り、軽く頭を下げた。
「申し遅れました。吾が名は諷。この杜の守りを務めております」
「ええと、ふう、さん?」
「はい」
諷が顔をあげ頷いた。沈黙が場を支配する。
(どうしましょう、間が持ちません……!)
フィは心の中で叫ぶ。かといって、下手なことをしたら、腰に差している刀で斬られそうだ。
文化の違いはあるとはいえ、それが武具であるということはフィもよく理解していた。
金色の瞳がフィを射抜く。爛々とした輝きに、つい体が強張る。蛇に睨まれるというのはこういう感じか。相手は蛇ではないけれど。
諷もまた、その様子に察しをつけていた。
ままあることだ。どこともわからない場所に突然降ってきて、誰ともわからない耳と尻尾をはやした人間もどきに安心しろと言われても、土台無理な話だろう。まして、相手は若い女子ともなれば、「怖がらないで」と言っても、到底そうはいかないもの。
諷はフィの見つめる先を追った。己の腰。なるほど、確かに相手が武器を所持しているなら尚更か。
「ああ、これですか」
番傘を置いて、諷は刀を抜きはらった。フィが引き攣ったような悲鳴をあげる。
「申し訳ない、そう怖がらないでください。斬れませんから」
刃を上にして、指で軽くなぞる。その指に一切の傷がついていないのを見せながら、諷が言った。
「刃は潰してあります。人を斬るためのものではございません」
「そ、そうなんですか……」
「まあ、鈍器としては危ないので、振るっているときには近づかないでいただけると助かりますが」
「ひぇっ」
「冗談です」
諷が苦笑する。フィは詰めていた気を少しだけ解いた。冗談というには真剣みを帯びていたけれど。
諷は刀を納める。
「何にせよ、諷はあなたに危害を加えることはございません。それだけはお約束いたします」
「は、はい……」
フィは尚も心配そうに頷く。諷は番傘を拾い上げながら、それで、と口を開いた。
「先ほど呼ばれていた、『オクルくん』というのは?」
「あっ、そうでした。オクルくんを探さないと!」
ぴょん、と思い出したように飛び跳ねて、顔を青くして、駆け出そうとするフィの腕を諷が咄嗟に掴む。
「待ってください。探しに行こうとしないで。森の中で迷子になるつもりですか」
「ふぇ、で、でも」
「特徴を教えていただければ、諷が探してきますから」
確かに、見渡す限りの緑の中、フィだけでオクルを見つけられるとは思えない。しゅんとして勢いを失うフィに、諷は掴んでいた腕を離した。
「『オクルくん』というのについて、教えていただけますか?」
「はい……」
フィは一つ大きく呼吸をしてから、話はじめる。
「その……、わたくしは、フィと申します。大陸を巡る旅をしている、冒険者です。オクルくんとは、その旅の途中で知り合って、一緒に旅をしていたんです。身長はこのくらいの、男の子なんですが、わたくしと同じように、マントを纏って、あと、メガネをかけていて」
「眼鏡?」
「はい。かけている、というか、本当はそちらが本体というか、そういう生態の生き物というか……」
諷は、森の中で拾った眼鏡と鉢植えを思い出す。話を聞く限りでは、恐らく人の姿を取る、人ではない生き物――諷と同じような部類のものなのだろうが、どうにもピンとこない。
「あっ、もしかしたら、転移したときに姿が戻っているかも」
「姿が戻るとは」
「えっと、元は植物で。このくらいの。それで、魔法で人の姿を取っているんです」
フィの表すものに、諷はなんとなく心当たりを感じた。まさか、本当にあれが?
「……それは、鉢植えに入った草だったり? これくらいの、もさもさした」
「そうです! え、なんでそれを!?」
「それならば、ここに来る前に、森の中で見つけました。屋敷に持ち帰り、今は部屋に」
「なんと!」
「そういうことならば、まずは屋敷に向かいましょう。それで、確認していただければ」
「そ、そうですね!」
ほっと胸をなでおろすフィに、諷はどこか困ったような目を向ける。これは予想していたよりも、随分大きな嵐らしい、と。
「こちらです。そう屋敷までは遠くありませんが、足元に気を付けて」
「は、はい!」
幾らか諷に案内されるままに、森の中を歩いていったフィの目の前に、大きな屋敷が広がった。




