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あそびの社のよもやま話  作者: 華蘭藤
第一章 霜月の旅人
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11.野辺の花

「さて、行くか」


 屋敷に戻った(ふう)は、鉢植えを部屋の中に置き、また縁側から降りた。戻ってくる途中、なぜか鉢植えの植物が眼鏡をかけているという謎の状態に気づいたものの、諷は、「そういうこともあるな」と、スルースキルの全てを使ってなかったことにしたのだった。

 黒縁の眼鏡は、今も尚、植物にかけられ、部屋の中に鎮座している。あれが正解なのか、それとも何かやってはならないことをしてしまったのかはわからないが、今、諷に対処できることではないだろう。

 諷は再び森に足を向ける。鉢植え(と眼鏡)を見つけた場所は、雷の落ちた場所からは少し離れたところだった。とすれば、雷の落ちたところに、諷の探す『まれびと』がいるはずだ。


「森の中を動かれていたら少し困るが……」


 その時はその時。どうにかするしかない。

 諷の体は、再び白い霧の中に消えるのだった。


***


「このあたりのはずだが……」


 諷は落雷したあたりにたどり着き、耳を動かして気配を探っている。人の姿をしているときには、本来の姿よりも音を聞き取りにくいが、それでも普通の人間よりは、様々な音を聞き分けられる。

 少し離れたところから、何か喋っているような声が聞こえてきた。この森に人の声なんてするはずがない。とすれば、目的地はそこで違いないだろう。


「オクルくーーーん!?」

「……おくる?」


 『まれびと』は、なにやら、誰かを探しているらしい。神さまから聞いている話によれば、『まれびと』は、どこか遠くの世界から、追われてここにやってきたはずだ。大声を出して仲間(?)を呼ぶ少女の声に、頭を抱えたくなる諷だったが、向こうから主張してくれるなら、場所がわかりやすくて良い。

 諷はそのまま、その声の主の元へと近づいていく。


「あばばばばばばばば」


 ひどい濁流の音とともに、それに襲われる少女の声が、諷の耳に届く。木々が諷に場所を教えてくれているのだろう。

 この森や、そこに住まう木々等が諷のことを好いているのは、諷も知るところだ。だからこそ、協力的だし、こういう雨の日でも、森の中ならば、傘を差さずともほとんど濡れることはない。おかげでお役目を果たすのも楽だし、影の場所も、木々に聞けば教えてくれる。

 とはいえ、聞こえてくる様子から察するに、これは少しやりすぎだ。『まれびと』たる少女が可愛そうなことになっているのは、想像に難くない。


「お力添え、感謝いたします。『まれびと』はすぐに迎えに行きます。諷も場所はわかっておりますから、おやめくださいませ」


 諷は小声でつぶやく。誰にというわけではないが、言えば伝わるもの。

 木々も、別に悪気があってやっているわけではない。むしろ、善意あっての行為なのだ。行き過ぎた善意は害となるということは、もちろん森も知っている。この森に立ち入るものが、長らく諷しかいなかったから忘れているだけで。


「さ、散々です……。わたくしが何をしたって言うのでしょうか……」


 落ち込む声に、申し訳なさを感じつつ、諷は近づいていく。どうやら、本当にただの少女のようだ。ならば、突然現れるよりも、気配を察知できるようにしたほうがよいだろう。草木をなるべく揺らし、音をたてる。諷の衣装についた鈴の音が、リンリンと鳴る。


「ま、まだ何か!? だっ、誰ですか!?」


 焦っているらしい少女をようやく視認できるようになって、諷は少女を観察した。手近にあった木の枝をつかみ、こちらに向けて、少女は威嚇している。か弱そうな少女だ。線は細く、数歩ほどの近さのところに、少女のものらしい杖が落ちている。長くのばされた水色の髪は二つにくくられ、白地に青の線の入った装束に身を包んでいる。とはいえ、先ほどの濁流のせいで頭から足の先まで濡れそぼってしまっているが。

 そんな少女が、木の枝一本で何ができるというのか。諷は思わずため息を一つついた。『まれびと』と聞いて、諷も気が逸っていたらしい。

 諷は傘で、木の枝から伸びた蔓をかき分ける。そうして、少女の前に姿をあらわした。


「……ねこ?」


 猫、ではあるが。諷は少女から数歩離れたところで足を止める。少女は諷を上から下までじっくりと見ている。


「暗雲の中に一筋の光、まれびと来りて杜は繫栄す、と」


 まさか本当に、暗雲の中に落雷という形で光が射すとは思わなかったが。ともあれ、彼女こそが神さまのいう『まれびと』なのだろう。


「あなた方の事情は概ね先刻承知しております。ここに追手は参りませぬ。少しの間でも、ゆるりとお過ごしくださいませ」

「あんう……???」


 少女は諷の言葉に目を回しているらしい。違う世界から来たのだから、諷の言っていることが伝わらないのも無理はないか。しかし、諷が聞いていた限りでは、話す言葉は分かる。

 雨はまだ静かに降っている。諷は少女に傘を差し出しながら、なるべく優しく言った。


「諷はあなたの敵ではありませぬ、と申せば伝わるでしょうか? ともあれ、そのままでは風邪をめされましょう。我が屋敷へご案内いたします。立てますか?」

「は、はい」


 少女は頷いて応えた。

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