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あそびの社のよもやま話  作者: 華蘭藤
第一章 霜月の旅人
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13.来訪者たち

 屋敷に戻った諷は、フィをひとまず、と浴場へと案内した。そう広いものではないが、雨に濡れた体を温めるには十分なはずだ。それに、濡れそぼったままで屋敷内を歩かれても困る。

 着替えなどを渡し、その場を後にして、とりあえずと諷は神さまの元へと向かう。

 あの植物が『オクルくん』なのかどうかは、フィがあがってから確認してもらえばいい。


「主さま――」


 社にまわり、拝殿から声をかける。諷の住まう屋敷は、社とは違う建物だ。他に面会所もあるし、本殿に立ち入ることも許されてはいるけれど、急ぎの用ならば、拝殿から声をかけるのが早い。

 ぼんやりと辺りに光が満ちた。


***


「全く、主さまは相変わらず大事なことは教えてくださらない」


 廊下を歩きながら、諷はひとりごちる。曰く、

『このまま暫く二人を社に置くように』

との事。二人というのは、フィと『オクルくん』のことなのだろうけれど、暫く社に置いて、何があるというのか。

 けれど、少なくとも、二人とももう屋敷にいるらしい。

 とあれば、予想通り、あの植物が『オクルくん』なのだろう。


「……異界のアヤカシか」


 外はすっかり雨が止み、白んでいた世界も色を取り戻している。森はなおも手招くように、ゆさゆさと蠢く。こっちにおいで、こっちにおいで、と。

 諷はその様子を一瞥して、急ぎ足で玄関に回った。下駄をつっかけて、森の中に入っていく。草木は誘うように道を作る。

 その先には、亜麻色の布と鞄が落ちていた。

 なるほど、これもまた携行品か。


「まれびとが、やってきたのか」


 吹いた風が、諷の髪を揺らしていく。手に伝わる重さは、現実だ。

 『まれびと』とは、他の場所からやってくる、聖なる人や神のこと。彼らは幸福と共にやってくるとされる。ならば、この先にあるのは吉兆だ。

 社に、人が。


「諷はひとりではなくなるのか」


 無意識に呟いた言葉にはっとして、諷は空を見上げた。緑の天井は優しく諷を守っている。

 殻の中。閉じこもっていてはいけないと、そう云うのか。

 荷物を抱えて、諷は屋敷へと足を向けた。


 良い未来があるのだと、諷は信じたい。それが許されることなのかはわからないけれど。この先に何かが待っているのだと、諷は信じていたい。

 雨は止み、霧は晴れる。嵐はいずれ、過ぎ去って、陽が射す。季節は巡る。時は移ろう。それならば、きっと。


「諷は」


 言葉にしようとして、口を噤んだ。諷はそっと目を伏せる。赦されてはいけないのだと、どこかで声がしたような気がした。

 思わず振り返る。その辿ってきた道が、草木の繁る森であることを確信して、ほっと息を吐いた。そして、そんな自分に驚いて、諷は逃げるように森を抜けた。

 まだ早い。口にするには、まだ早い。


 森を抜ければ、曇天の中にいつも通りの屋敷が見える。足音に耳が反応した。どうやらフィが風呂からあがったらしい。下駄を脱いで足を拭き、音のする方へと向かう。


「フィ殿」

「あっ、ふうさん!」


 こちらに気づいたフィが駆け寄ってくる。随分ここにも慣れたらしい。警戒心の欠片もない様子に、安堵するべきか嘆息するべきか。

 フィは諷が抱えている荷物に、あっ、と気づいた様子で声をあげた。


「オクルくんの荷物ですね」

「やはりそうですか」


 諷は荷物を抱え直す。森は静かに、風の吹く音も止んだ。


「部屋まで案内いたします」

「はい!」


 諷とフィは連れ立って、あの植物を安置した部屋へと向かう。

 部屋には、一人の少年が眠っていた。


「オクルくん!」


 部屋の中には、植物も眼鏡もない。代わりに、眼鏡をかけた深緑色の髪の少年が眠っているばかり。

 なるほど、これが『そういう生態の生き物』か。


「力を使い果たしちゃったんですかねぇ」


 フィが慣れた様子でのんびり言った。どうやら、こういうことは初めてではないらしい。


「しばらく眠ったら目が醒めると思います。あの、わたくしも共に、このままここに滞在しても?」

「もちろんです」


 諷が頷けば、「ありがとうございます」と屈託のない笑顔を向ける。それと、とフィが続けた。


「よろしければ、もっとお話を聞かせてください」

「はい」


 ならばお茶でも、と諷が仕度を始めた。


 こうして、社にフィとオクルがやってきたわけだが。

 嵐は過ぎ去っても、一波乱では終わらない。

 諷がそれを知るのは、もう少し先の話。



  『土圭移りて、真を照らす。

   杜に広く鳴る音は、鈴。』

【風の壱・雨中うちゅうの光】了

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