酒飲み爺捕獲
ゴンザブローの塩試合が終わると、次に舞台に上がることになったのはカオルだ。
目鼻立ちの整った凛とした立ち姿に、観客席の女性たちから黄色い声が上がる。
そうなると一挙に会場が騒がしくなって、〈武闘祭〉は本来の賑やかさを取り戻した。
もし計算してこのトーナメントが作られているのだとしたら、大したものである。
対する相手はこれまたいかにも〈武闘祭〉の出場者らしい大男。
手に持っている武器は珍しく、いわゆるモーニングスターと呼ばれるものだ。
長い柄の先に、丸い棘付き鉄球がついている。
単純に振り回されただけで近付きたくなくなる一品だ。
予選では力任せに棍棒を振り回し、周りにいる選手たちを場外へ吹き飛ばしていた。
ハルカとしてはなかなか豪快なイメージがあるのだが、エリによればカオルの方がだいぶ強い、らしい。
選手紹介が終わり、二人が舞台の上で歩み寄った。
カオルが丁寧に頭を下げて挨拶すると、男の方も不格好ながら頭を下げる。
性根の悪い人物ではないのだろう。
銅鑼の音が鳴ると、カオルはスラリと刀を抜いた。
互の目と呼ばれる波打つ刃文が特徴的な業物だ。
カオルが【神龍国朧】を出る時に、弟から贈られた品である。
男の方は刀を相手にしたことがないのか、モーニングスターを振り上げてユラユラと揺らしながら様子を見ている。
刀の切っ先を地面に向けるようにして下段に構えたカオルは、こちらも相手の攻撃を受け流すつもりだろう。
両者動かず、のように見える状況であるが、よくよく見ているとカオルの立ち位置がじりじりと前方へと移動している。体も頭部も一切ぶれずに、足だけを僅かに使って少しずつ距離を測っているのだ。
遠くから見ているからこそわかるが、実際相対している男からすると、どこかで、知らぬ間に距離を詰められていたように錯覚することだろう。
男はしばらくカオルを観察していたが、やがて距離が詰まってきていることに気が付き、はっとして数歩後ろに下がった。
それを見るや否や、カオルは前に倒れるように加速しながら三歩、一気に距離を潰していく。
男はたまらずモーニングスターを振り下ろしたが、それはあくまで振らされた攻撃である。カオルは踏み込んだ右足に別ベクトルの力を込めると、左斜め前へ飛びながら、刀を淀みなく上方へ移動させる。
男のモーニングスターが舞台の地面を破壊して破片を飛び散らせたとき、カオルの刀の切っ先は、ピタリと男の喉に突き付けられていた。
見事、というほかない決着である。
これもまた短時間の戦いではあったが、先ほどとは違ってわけのわからない動きは一切ない。爽やか(に見える)カオルが、怪力の男を技術で涼やかに制した、という形だろう。
司会が決着を叫び、ドラの音が鳴ると、先ほどとは違ってすさまじい歓声が闘技場に響き渡る。
皆、先ほどの試合では叫べなかった分を、ここで発散しているのかもしれない。
「いやぁ……、見事でした」
他の観客と同じようにスタンディングオベーションしていたハルカが、満足げに呟いて腰を下ろす。
「ま、相手は力任せだから。カオルってああ見えて戦い方は結構賢いし、こんなものでしょ」
エリはさらりと答えたが、ハルカがちらりと横目で窺ったところ、随分と得意げな表情をしていた。やはり仲間が称賛されるのは嬉しいらしい。
決勝の一回戦はその後順調に進んでいき、観客が望む血みどろの意地の張り合いも何試合か発生。
ゴンザブローの塩試合による不安はどこへやら、大盛況のまま昼休憩となった。
アルベルトも戦いを見ているうちに興奮したのか、早々に食事を終えて、そのままレジーナと訓練を始めてしまった。
怪我をしたら治してやればいいかと、ハルカがぼんやり人混みを眺めていると、少し前にモンタナを連れて街へ出かけていったコリンが、一人の老人を連れて戻ってくる。
老人は樽を一つ担いでほくほく顔でついてきている。
塩試合請負人こと、ゴンザブロー=イリオモテである。
「モン君に見っけてもらったんだけど、お酒買うまで話はしないって言うからさぁ。余計な散財しちゃった」
「なぁにが散財じゃ。お主らご活躍だと聞いておるぞ。老人の酒代くらい気持ちよく払わんか」
「老人が飲む量じゃないんだよねー、師匠のは。だってその樽、師匠と同じくらいの重さあるでしょ」
「やらんぞ、儂のだ」
ゴンザブローはそう言うと、きゅぽんと栓を抜いて、流れ出してくる酒を口の中に流し込む。ちょっと考えられない酒の飲み方をする老人である。
「いらないですー。ほら、師匠。皆私たちの仲間」
「ほうほう、また大所帯じゃな。お、あの娘は次に儂と当たる子じゃろう。同郷のよしみでちょいと遊んでやろうかと思っておったんじゃ」
にやぁと悪い顔をするゴンザブローに、カオルはピシッと姿勢を正して頭を下げる。
「胸を借りるでござる!」
「む、なんだ、その、気品のある感じ。さては身分のある侍の出じゃな?」
「い、いや、拙者は……」
「女の癖に拙者とか言ってる時点で、どーせ影武者かなんかやらされていたんじゃろ。儂は偉そうな侍はみーんな体の形を変えてやる主義なんじゃが、お前さんみたいなのを見るとやる気が失せるんじゃよなぁ」
極めてろくでもない発言をしているが、【壊し屋】の異名をつけられる老人だ。
冗談でも何でもなく、実際やってのけてきたに違いない。
「面目ないでござる……」
「ちょっと、カオルさんいじめないでよ。お酒おごったでしょ」
なぜかしゅんとしたカオルを見て、コリンが文句を言う。
するとゴンザブローはナギの横に胡坐をかいて座り、またごくごくと酒を口に流し込んだ。
「それはそれ、これはこれ、じゃ」
「はいはい……、ハルカー、交替!」
コリンが面倒くさそうにため息を吐いて、ハルカの後ろに回って背中を押す。
「え、私ですか?」
「うん、なんで〈武闘祭〉出てるか聞いて」
「はぁ……、わかりました。あの、ゴンザブローさんはとてもお強いのに、なぜ〈武闘祭〉に……?」
ハルカが尋ねると、ゴンザブローは眉をひそめてぼりぼりと頭をかいた。
「儂より強い奴に問われちゃあ、答えるしかねぇなぁ」
ゴンザブローは面倒くさくて癖の強い老人である。
ただ一つ、強さだけには正直な男であった。





