不気味なゴンザブロー
「ま、一回戦は突破できるでしょ」
足を組んで、もそもそと何かをほおばりながらエリが言った。
なんだか余裕綽々である。
ごくりと口の中のものを飲み込むと、また袋にがさっと手を突っ込んで、まとめていくつか口の中に放り込む。
「何食べてるんですか?」
ハルカはその自信について尋ねるか、それとも食べ物について尋ねるかしばし逡巡してから、結局後者を選んだ。
時折バリボリと音がすることから、かたいものも混ざっているようだ。
エリは高貴なお嬢様みたいな見た目をしている割に、食事の仕方やしぐさなどは結構豪快である。
「え? 炒った豆。ハルカも食べる?」
「あ、じゃあちょっと」
「ほら」、と差し出された袋には確かに塩を振られた豆がぎっしりと詰まっていた。
ハルカは遠慮がちに手を突っ込んで、一粒摘まむ。
「あー、違う違う。ほら、手出して、早く」
ハルカは摘まんだ豆を一粒口に放り込んでから、言われるがままに手を差し出す。
するとエリは袋を傾けてざらざらと豆をまとめてハルカの手に乗せた。
いくつかが床に落ちてしまったけれど、きっとそのうち鳥が食べに来ることだろう。
「こうやって、雑に食べるからいいの、こういうのは」
「はぁ、まぁ、なんとなくわかる気がします」
言われるがままにハルカも口の中に豆を放り込んで、しばしバリボリと咀嚼する。
おいしいけれど、結構塩味が強くてちょっと喉が渇く味である。
ずっと食べ続けたら、明日あたりには顔がむくみそうだ。
ハルカは豆を飲み込んでから、さっきのエリの発言について触れる。
「エリは余裕がありますね。結構実力差ありそうでした?」
「あるでしょ。カオルもトットも、二級冒険者の中じゃ結構実力者だし。苦戦しそうな相手はお互い以外には二人くらい? あとはまぁ、ノーレンさんと、ゴンザブローさんだっけ? あの人はちょっと厳しそうだけど」
「なるほど……」
ハルカもカオルやトットが強いのはなんとなくわかるのだが、じゃあほかの選手とどのくらいの実力差があるか、という判断には自信がない。
しかしエリがそう言うのならば、とちょっとばかり気が楽になった。
アルベルトの時ほどではないが、自分が戦うわけでもないのに気を張っていたハルカである。
さて、セレモニーのような楽器演奏が終わると、今日出場する選手がずらりと並び、それから第一試合の準備が始まる。
分かっていたことだが、第一戦はゴンザブローと、槍使いの壮年男性との戦いだ。
〈武闘祭〉は基本的に若者が出場することが多いのだが、時折ふらりと旅の武芸者のような者が出てくることもある。
この壮年の男性もそのタイプで、今回の〈武闘祭〉参加者の中では、それこそトットやカオルに匹敵するような強者の一人であった。
だからこそ、だろうか。
槍使いの男性は始まる前から空を仰いで困り顔である。
明らかに酒気が入って赤ら顔の老人と、無精ひげで困り顔の男性。
始まりにしてはパッとしない組み合わせであるが、実力だけを考えれば、今日一番の好カードであった。
司会のジェイルによって、流浪の達人と紹介されたゴンザブローが、ふらふらとしながら手を開いて戦う姿勢を取ると、槍使いの男性の方も、腰だめの形で槍を構える。
かなり槍を短く構えており、振り回すつもりはないようだ。
ドラの音が鳴った。
しかし両者派手な動きを見せることなく、槍使いの方がじりじりと距離を詰めていく形だ。
ヤジが飛びそうな試合運びであったが、観客たちもゴンザブローの暴れっぷりは、予選でしっかりと目に焼き付いている。
観客の多くは、ゴンザブローのことをよく分からない化け物のように認識しており、できることならば、正統派な動きで予選を勝ち抜いた槍使いに勝利してほしいと願っていた。
十分に距離が近づいたところで、槍使いは半身の体を捻りながら、素早く槍を突き出す。狙いはゴンザブローの胸から少し左にずれた心臓部であり、それが直撃すればゴンザブローは即座に命を落とすであろう、危ない攻撃であった。
「え?」
ハルカは思わず声を上げる。
それは、ゴンザブローがニヤついたまま一切の動きを見せなかったからだ。
多くの観客も動揺して身を乗り出していたが、一部そうでない者もいた。
ゴンザブローの体が貫かれたように見えたその瞬間、槍が引き戻されて元の位置に戻っていた。
直撃すれば死に至る一撃。
それにしては殺意もなく、しかも、殺してしまえば試合は負けになる。
ゴンザブローはそれを読み切った上で、にやにやと笑いながら動かなかったのだ。
槍使いの方も、最初の攻撃への対応方法で今後の方針を決めるつもりだったので、それを見破られたようだと渋い表情をすることしかできない。
「せめて殺意くらいは偽装してもらわんと、動く気にも――」
槍使いはその言葉を最後まで聞くことなく、今度は肩口めがけて槍を突き出す。
今度こそ確実に貫くつもりで、先ほどよりも速度を上げた本気の一撃だった。
どろり、とゴンザブローの体が溶けたかのように錯覚した。
それくらいに全身が弛緩して、一瞬にして姿勢が低くなったのだ。
再び肉体として結合したゴンザブローの体は、地面を蹴り、槍使いに接近。
槍使いは石突付近を握っていた右手を滑らせ、手と手の間隔を短くすると、右手を押し出すようにして、接近してきたゴンザブローの鼻っ柱に槍の石突を叩きつけようと試みる。
直前の突きほどの威力はないが、それでも直撃すれば前歯を粉砕し、鼻をへし折る程度のことはできるはずだ。
しかしゴンザブローは、にやにやと笑ったまま、勢い良く接近してくる槍の柄に手を添え、「ほぅれ」という掛け声とともに、体を躱しつつ、槍の勢いを後押しした。
槍は外部からゴンザブローの力が加えられたことにより、その勢いを増す。
想定していない槍の動きに、槍使いは焦ってしっかりと槍を握り込んだ。
「そりゃあ駄目じゃ」
その瞬間、懐まで入り込んでいたゴンザブローは、槍使いの肘のあたりに手をかけて、ぐっと体重をかけて手前へと引いた。
いとも簡単に、槍使いの体勢が崩れ、前のめりに倒れていく。
続けて「ほうっ」という声かけと共に、ゴンザブローは体を跳ね上げると、うつぶせになって倒れていく槍使いの背中側へと回り、その首筋に手刀を落とす。
槍使いの意識があったのはそこまでであった。
ゴンザブローが槍使いの背中に胡坐をかいたまま降ってくる。
しばらくしても槍使いがピクリとも動かないことから、銅鑼の音が鳴って、試合の終了が宣言された。
圧倒的実力差を見せつけたゴンザブローであったが、観客からは何が起こっていたのかさっぱりだ。
またも歓声は上がらず、会場にはどよめきが広がるばかりであった。
ニコニコ漫画で、本作コミカライズが週1で更新されるみたいです。
分割する形での更新なのかなと思います。
https://manga.nicovideo.jp/comic/69532?track=verticalwatch_epinfo1
PASHの方が圧倒的に更新が早いのですが、毎週楽しむぞーって方は、こちらをコメント付きで追いかけてみても面白いかもしれません。
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