逃亡先の暮らし
ガイバーンが時折大きな声で話に割って入ることさえ無視していれば、話は割とすんなりと進んだ。
話によると彼らはもう数年この辺りで暮らしているのだそうだ。
元々はもっと東の方に住んでいたのだが、そちらで暮らしているガルーダの氏族と争って逃亡してきたらしい。
細身のガルーダであるレストの話を信じるのならば、虎視眈々と勢力を広げているのが、ガイバーンが『朱き氏族』と呼んだガルーダたちであり、レストたちは争うことなく平和的に暮らしていたのだそうだ。
積極的に勢力を広げる『朱き氏族』とは方針が合わず、一度戦った後は、命からがら西へ西へと逃げて、ここでようやく落ち着いたのだとか。
この辺りの山々には魔物が多く、その中ではこの辺は比較的彼らにとって暮らしやすい地域だったそうだ。
なぜかと言えば空を飛べるガルーダである彼らは、地中を潜って移動する魔物から逃亡するのが容易かったからだ。
「そこの瘤のあるでかい魔物。そいつには苦労させられてきたんだけど、そいつは結構縄張りが広いから、滅多に僕たちのところまで来ないんだ」
「なるほど……。安住の地を求めて、ということですか」
ハルカは脳内でこの辺りの地図を思い浮かべながら話を聞いていた。
それによると確かに、ブロンテスの住んでいる〈巨釜山〉と、〈混沌領〉の間には、山脈が連なっている。
位置関係で言うと〈オランズ〉の南側のあたりとも言える。
山岳地帯を住みかとすることの多いガルーダが暮らしているというのは、いかにも納得できる話だ。
「その二人が来た時には、どうなるかと思ったんだけど……。ガイバーンおじさんを倒したら、普通に話しかけてくるものだから驚いたよ。人族と遭ったことあるけど、大抵逃げてくか襲ってくるかだったからね」
「会ったことがあるんですか?」
「二回ね。この辺りって人が住んでないから、人族の悪そうな奴らも縄張りにしに来るんじゃないかな。大抵は魔物にやられるみたいだけど、たまに強そうな奴も来るから、皆で戦って追い払ってた」
ガルーダは基本的に空を飛ぶことができる上に、槍の扱いが巧みだ。
体重こそ軽いが、高い位置から一方的に攻撃されれば、多少の実力差があったところで、人が勝つことは難しいだろう。
そうして追い払った人も、基本的には犯罪者などの脛に傷のあるものだから、ガルーダたちの存在を街に知らせたりはしない。
そのお陰で彼らは、数年間討伐隊が組まれることもなく、この山に暮らしてこられたということだ。
「……それで、僕たちはどうなるのかな」
レストと呼ばれた細身のガルーダは、先ほどからちらちらとナギの存在を気にしていた。天敵である空を飛ぶ鳥の魔物を倒したのが、飛竜であるナギであることは想像がついているのだ。
警戒したってどうにもならないが、恐ろしいものは恐ろしい。
それに、ハルカたちの意図が分からないこともずっと不気味に思っていた。
わざわざ連れてきた意味が分からない。
「えーっと……、たまたま出会ったから、一応連れてきてくれただけだと思うんですけど……。そうですよね?」
「向こうで事情聴いて、ハルカにも知らせておこうかと思ったです」
「ですよね」
モンタナがそういうということは、レストが嘘をついていないということだ。
すなわち、争いを好まない破壊者が、暮らす場所を失くして困っているということでもある。
これまでの数年間は良かったけれど、これから先ずっと、ガルーダたちがこの山で暮らしていけるとは限らない。
「……その、皆さんの暮らしていた場所を奪ったガルーダたちは、そのうち人にも襲い掛かりそうですか?」
「山の氏族全部まとめたら、そうするんじゃないかな?」
「なるほど……」
ハルカとしてはできるだけ破壊者と人の争いは発生させたくない。
まして位置関係的に、そのガルーダたちは〈混沌領〉からやってきたと思われる可能性が高いだろう。そうなれば『ほら見たことか』と、〈混沌領〉への調査へ乗り出すきっかけにされかねない。
「放っておくわけにはいかないですね」
ハルカはぽつりとつぶやく。
そもそも、もしそれが本気なのだとすれば、ガルーダたちが襲うのは〈オランズ〉か、モンタナの故郷である〈グリヴォイ〉である可能性が高い。
戦いで犠牲者が出ることは絶対に避けたい。
「山の氏族は、すぐにまとまりそうですか?」
「それを知って、どうするの? 先に攻め込む、とか?」
レストは慎重にハルカに尋ねる。
もしハルカが人族を動員して山に攻め込むのだとすれば、それは人対ガルーダの戦だ。
自分たちも生きて帰してもらえない可能性が出てくる。
「そうですね……。一度、様子を見に行くつもりでいます」
ハルカがイヤーカフを指先で撫でながら答えると、レストは僅かに体をこわばらせた。
縛られていないのを幸い、逃げ出すべきかと考えたのだ。
その場合ガイバーンを見捨てなければいけなくなるが、それで全員が死んでは元も子もない。
せめてあの縄をコッソリ外せればと、視線をそちらに向けた瞬間、モンタナが口を開く。
「やめたほうが良いです。ハルカ、暮らす場所の話、するならしたほうが良いと思うですよ」
「あ、そうですね、すみません」
モンタナの忠告にハルカははっとする。
心配事が増えたせいで、レストたちの気持ちを考えていなかったことに気付いたのだ。
「ええと……。こちらでの暮らしに慣れているのなら無理にとは言いませんが、もう少し暮らしやすい場所に心当たりがあります。ここで暮らしていると、いつかは人に見つかってしまう可能性もありますし、魔物も活発なようです。危ないですから、良かったらそちらを紹介したいと思っているのですが、いかがですか?」
レストはハルカの言っていることがよく分からずに首をかしげる。
そもそもガルーダ含めた破壊者と、人との関係が良くないことに関して、レストたちが暮らしていた地域のガルーダは理解している。
なぜなら、昔人族に追いやられて、山々に暮らすようになった経緯があるからだ。
だからこそ、ハルカの言っている言葉は理解できても、何を言い出したのかがさっぱり分からなかった。





