アビッツォと名刺
裏路地から出ると、少年はすでに屋台に戻って仕事を再開していた。
その目の前でレジーナがもそもそと芋をかじりながら立っている。
他の仲間たちは買い物へ出たようだが、特にうろつくことに興味がないレジーナはこの場で待機していたようだった。
「すみません、お待たせしました」
「別に」
片手に肉串、片手に芋。
芋がなくなると、少年にポイッと金を投げて勝手に芋を一つとって食べ始める。
めちゃくちゃだが、今は他に客がいないので別に構わないのだろう。
「じゃあ行きましょうか」
ハルカはレジーナを連れて数歩進んでから、「あ」と言って立ち止まる。
「すみません、もうちょっとだけ用事が」
「なんだよ」
レジーナが立ち止まっている間に、ハルカは駆け足で戻ると、少年の近くへ駆け寄ってしゃがみこむ。
「ちょっとすみません」
「え? 何?」
少年の方も、またやってきて今度は何かと困惑顔だ。
ハルカは自分の財布の中から、こんな時のために用意しておいたあの金属板の名刺を取り出して、こっそりと少年に手渡す。
「これ、一応私たちの知り合いって証拠です。あまり人に渡すようなことはないので、むやみに譲ったりはしないでください。まぁ、危ないことがあったら渡して構いませんけど」
「また、こんなよく分かんない、高そうなもん……!」
「受け取っておいてください」
少年は、しばらく黙ってぎゅっと目をつぶって下を向いた後、様々な言葉を飲み込んで、大きくため息を吐きながら奪い取るようにしてハルカから名刺を受け取った。
「一応、貰っとく!」
「はい」
ハルカが気の抜けた顔で笑うと、少年はまたため息を吐いた。
「俺の名前、アビッツォ。忘れんなよ、アビッツォだ」
「はい、覚えておきますね。それでは」
用事が済んですっきりしたと立ち去っていったハルカを見送って、アビッツォはまた大きくため息を吐き、いかにも高価そうな、細かい細工がなされた金属板を眺めた。
こんなもの、どこにしまっておいたらいいかもわからない。
肌身離さず持ち歩くようにして、さっさと金持ちになって金庫でも用意しないと危なっかしくて仕方ない。
「……もっと、頑張るかぁ」
当然、ハルカがそこまで考えて名刺を渡したわけではなかったが、アビッツォのやる気をもう数段階加速させる効果はあったようだ。
アビッツォは火を焚くために用意してあった木片の中から薄いものを探し出し、それに名刺を挟み込んでから、しっかりと懐に仕舞い込むのであった。
「すみません、お待たせして」
「別に」
同じ返答をしたレジーナは、また別のものを食べていた。
レジーナにとっては、ここで待つことはそれほど苦ではないようだ。
その点はハルカにもちょっと似ていた。
一緒に歩き出すと、レジーナがギロリギロリと周囲を睨みつけるので、道がスーッと開けていく。
本人に聞いてみたところ、睨んでいるわけではなく、自分が殺せる相手かどうかを判別しているだけらしく、特に喧嘩を売ろうとか、そういう意図はないらしい。
品定めのようなことをしているわけだから、喧嘩を売っていると言っても過言ではないのだが、まるで無意味にやっている行為ではなく、レジーナなりに色々と思うところがあってやっていることだ。
これまでの生き方や、冒険者という仕事の性質を考えると、迂闊にやめなさいとも言えずにいるハルカであった。
レジーナに睨みつけられたうちの数人は、『おっ?』という顔をして、一瞬肩を怒らせて向かってこようとしたが、レジーナの格好と背負いこんだいかつい金棒、そして隣に並ぶダークエルフのハルカを見ると、スーッと目をそらして避けていく。
喧嘩を買おうとするような者は、大概が〈武闘祭〉の参加者か、冒険者であったりするので、ハルカやレジーナの噂を知っているのだ。
有名になると下手な喧嘩を売られないというのは本当である。
その代わり、もし喧嘩を売られた場合はかなり本格的なものになってしまうというデメリットもあるのだけれど。
やがて他の仲間たちとも合流したハルカは、そのまま屋台の食事を買い込んで、ナギたちが待つ場所へと戻っていく。
夕食を食べて訓練。
それからのんびりと火を囲んで、寝るまでの時間をゆったりと過ごす。
拠点にいる時とさほど変わらぬ、穏やかな時間だ。
「……話をしていた屋台の少年は、この街で商売を頑張るそうです。余計なお世話だったということになりますね」
色々と気にした結果がこれで、自身が間抜けだなぁと思っていたハルカは苦笑しながらそう語った。
「そうかしら? お姉様がいたから頑張ろうとしているのかもしれないわ」
ハルカの表情を敏感に読み取ったカーミラは、さらりとそう言ってハルカの肩に頭を預けた。
「やる気があって偉いけどね。ま、皆が皆そうじゃないだろうから、〈オランズ〉で声をかけてみるのも、悪いことじゃないと思うけどね?」
「あ、それは、はい、やってみるつもりです」
コリンからも飛んできた励ましに、ハルカが力強く頷いた。
まずは身近なところからと、ハルカもそう思っていたところだ。
「……それなんだけどな、さっきレオンと話してたんだよ」
真面目な話をしている時に、珍しく、レオンではなくテオドラが口を開く。
一方でレオンの方はなんだか気まずそうに目をそらしていた。





