勇気と危険
席に戻ったハルカは、仲間たちにフォルカーとの話についての報告をする。
ついでにギーツが、妻であるエレオノーラと楽しい訓練の毎日を送っていることも、仲間たちに教えてあげた。
ギーツはきっと辛い思いをしているのだろうけれど、きっとまた数年もしたら見違えるように強くなっていることだろう。
フォルカーと離れて暮らしている十年ほどの時間を取り戻すかのような、過酷な時間であるが、それはそれで家族との時間である。本人が望んでいないこともあって少々哀れであるが、エレオノーラと特別仲が悪いわけではないところを見ると、訓練以外ではそれなりに楽しく暮らしているはずだ。
何とか耐えて、立派な後継者に成長してほしいものである。
午後の試合が再開すると、さっそく司会のジェイルが大きな声で選手紹介を始める。
舞台の上に名前を知っている選手はいなかったけれど、今朝がたハルカと話した少年の姿があった。
少々緊張しているようで表情はこわばっている。
他に強そうな選手は幾人もいるのだが、どうしても知っている人を応援したくなるのは人のさがである。
ハルカは大きな怪我だけはしないようにと思いながら、静かに試合が始まるのを待った。トットやカオルたちほど関係があるわけではないが、実力を知らないのでどうしても緊張してしまう。
銅鑼の音が鳴って試合が始まると、皆一斉に入り乱れての戦いが始まる。
少年も腕に自信があるようで、集団の中に突っ込んでいった。
「おいおい、大丈夫かよ」
当時似たような行動をしそうであったアルベルトは、モンタナの助言に従って慎重に行動をしたことで予選を突破している。実力が拮抗している集団の中に飛び込んでいたら、当時のアルベルトだって無事に予選を突破できたか怪しいところだ。
少年は上手く敵をかいくぐり、時折周囲にいる者に上手く攻撃を加え、またするりとその場を離れるといった行為を繰り返しており、今のところは問題なく立ち回れている。
しかし、四方八方から人が押し寄せる中、それがいつまでも続くとはハルカには思えなかった。
それはモンタナも同意見であったようで、ぽつりとつぶやく。
「危ないです……」
はじめのうちは係の者も少年の姿を追いかけて、気にかけてくれているようだったけれど、すっかり集団に紛れてしまい今ではどうやら見失ってしまっている。
はらはらとしながら様子を眺めていると、次の瞬間、少年の後頭部に大男の肘が直撃した。
おそらくわざとではなく、動作の最中にたまたま近くにいただけだ。
その男はぶつかったことを気にする間もなく、別の選手と戦い始めたが、少年はそのままばたりとうつ伏せに倒れて動かなくなる。
「まずい……」
ハルカは前のめりになって倒れた少年をじっと見つめる。
皆が必死になって戦っている集団だ。
大男ならばともかく、子供が地面に倒れていても気づかない者はどうしたっている。
係員が気付いて救出すればそれでいいが、そうでなければ踏みつぶされて命を落とす可能性だってあった。
〈武闘祭〉は故意の殺しは許されない。
ただ、事故であれば話は別だ。
人が死ぬような事故なら、数年に一度は起きている。
「おい、あそこのガキ! あぶねぇぞ!」
アルベルトが係官に向けて大声を出して指さす。
最初は分からないようであったが、気付いた瞬間係官は慌てて少年へ駆けよっていく。
ごたついた戦いの中、その瞬間が訪れるのは早かった。
大男が今まさに少年の首あたりを踏みつぶさんとしたところで、ハルカは少年を囲うように障壁を張った。
元から危ない人がいれば助け出すように言われていた。
それは治癒魔法での話だったのかもしれないが、死んでしまってからでは意味がない。
係官がようやくたどり着いたところで、ハルカは障壁の魔法を解除して、あとは会場のシステムに任せることにした。
実力があって勇気があるのはいいことだが、過信をするとこうして簡単に命を落とすことだってあるのだ。ハルカの周りではあまり聞かない話であるが、冒険者にとっては、昨日元気に出かけた若者が、それ以来消息不明で死体すら見つからないなんてことは、日常茶飯事である。
「今障壁で守ったの?」
「ええ、そうです。助けが間に合いそうになかったので」
ハルカは少年が無事助かりそうなことに安堵しながら、エリの質問に答える。
「ふーん。魔法禁止なのに、魔法使っても大丈夫なんだ」
「あー……、確かにそうですね。それだと、こっそり使う人とかいてもおかしくありませんね」
当たり前の疑問であるが、魔法を禁ずる魔法、なんてものも聞いたことがないので、取り締まるのは難しそうだ。
「でも結局決勝に残ったら皆が注目するでしょ。そうなったらこっそり魔法使うのなんて難しいし、監視する意味もあまりないんじゃない?」
魔法の話と聞いてレオンが口を挟んでくる。
「闇魔法とかだったらどうかしら? 直接精神に作用するものらしいけど」
「うーん。闇魔法の達人がいたとしても、予選を突破させるのは難しくない?」
「あー、そうね。他の魔法使いを何人か連れて……、とか考えたけど、そんなことできるくらいの力を持ってたら、わざわざ〈武闘祭〉で名誉を得る必要もないか」
エリとレオンが真面目に魔法の話を始めると、よく分からない魔法使い一人代表であるハルカが口を開く隙はなくなる。
魔法談義に花を咲かせる二人の言葉に耳を傾けながら、ハルカは次の試合が始まるのを待つのであった。





