もやもや
「この子、あなたたちの仲間ですか? 芋の代金支払いの件で揉めていたので、話を聞くために連れてきたのです」
「そうだけど……、揉めたってなんでだ? 金払って、追加の芋も明日届けてくれるようお使い頼んだだけだぞ」
屋台の少年が困惑したように言うと、子供が大きな声で訴える。
「支払いが足りなくて、明日の分は無理だって言うから、支払いしないで逃げたんだ。そしたら追いかけてきて……」
「このガキ、黙ってろ!」
カオルはすでに刀を引いていたが、またその男をじろりと見た。
このままだとカオルかトットがまた動きだそうだと思ったハルカは、男の方を見て告げる。
「やましいことがないのなら、大きな声を出さないでください。私は別にあなたを罰するためにここにいるのではなく、事情を聞いているだけです」
「だが、そのガキが適当なことばっかり……」
流石に大きな声は出さなかったが、男の抗議は続く。
「適当じゃ……!」
子供が声を上げようとした瞬間、少年がその口を塞いで「静かにしてろ」と言った。〈武闘祭〉中は警備も厳しくなるからと、静かに息を潜めていた男とは違って、少年はハルカの正体になんとなく見当がついている。
ここ数日毎日、通りがかる街の人たちのうわさ話を聞いていたのだ。
少年は褐色肌のエルフなど、ハルカの他に見たことがない。
「お芋、この人からいくらで買ったんです?」
「これくらいで、銅貨一枚。……悪くなってるのもあって、選別するのが面倒くさいからそれでいいって言われた。だから、ちゃんと選り分けて、駄目になってるところは外して準備してる」
「……と、言ってますが」
ハルカが男の方を向くと、男は目を泳がせながら答える。
「……それはこの間の分の話だ。今回のは銅貨二枚。だから規定量渡せねぇって言っただけだ」
それだと一応理屈は通る。
ハルカが今度は子供の方を見ると、少年が口を押さえていた手を外して眉をひそめて尋ねる。
「そうなのか?」
「違う……。前の分が足りないから、お金全部渡しても売れないって言った!」
「言ってねぇ! 今回の分からは一袋銅貨二枚だから、前と同じだけは売れねぇって言ったんだよ!」
一見理屈の通ってそうな話になってきたが、今度は眉をひそめていた少年の方が言い返す。
「それはおかしいだろ。金さえ払えば同じ値段でいくらだって譲って、届けてくれるって言った。だから手間がかかっても、俺はあんたに頼んだんだぞ」
「……そんなこと言ったか? 契約書、あんのかよ」
「ない……、けど……!」
「話にならねぇな……。わかったよ、そんなに言われんならもういい。最初の支払いだけしてくれりゃ、後は俺もうるせぇこと言わねぇよ。ただ、追加の芋も売らない。これでいいだろ、な?」
男はハルカの方を見上げてもっともらしい理屈を述べた。
今の時点では確かにそれを間違っていると言い切ることは難しい。
「待てって、それじゃあ俺たち明日からどうすんだよ! 今から他に買うあてを探せってのか!?」
「お前らの方からけち付けたんだろうが!」
「違うだろ、あんたが約束守らないから!」
今度は少年と男の言い争いが始まってしまった。
「……ちょっと分が悪いかもね」
ハルカたちも証言がころころと変わる男を信じているわけではないが、理屈に則っていくと、男を責めることができない。
取引の契約をしていないのだから、少年たちにも落ち度はあるのだ。
ただもし少年がそんな知識を持っているのであれば、きっとちゃんと契約を交わしていただろうし、男に騙されていなかっただろう。
それが分かっているからこそのコリンの言葉だった。
ハルカさえ納得するのなら、痛めつければ白状するのだろうが、それがハルカのやり方でないことをコリンは知っている。
ハルカはままならない状況に深くため息を吐いた。
解決方法はいくつかある。
例えば、ハルカが少年たちに、新たに芋を買うことができる取引先を探してやる。
それでも少年たちはきっと利益を出せるだろう。
なんとなく、もやもやとした気分のまま、ハルカが解決案を提示しようとしたところで、またもや路地に乱入者があった。
明らかに堅気ではなく、裏社会の住人であろうという、黒い服に黒い山高帽をかぶった男であった。立派に顎と鼻の下に鬚まで生やしている。
「お、親父……、聞いてくれ、こいつらがよ……!」
その帽子の男はつかつかと男に歩み寄ると、革靴の先で容赦なく男の顎を蹴り飛ばした。
「ボケが! てめぇの小遣い稼ぎで、人様に迷惑かけてんじゃねぇよ! 死ね、この屑が、死ね!」
男は「なんで」とか、「俺は!」とか言っているが、帽子の男は聞く耳も持たない。止めなければ本気で蹴り殺しそうな勢いに、ハルカは慌てて二人の間に障壁を張った。
柔らかい障壁を蹴りつけてバランスを崩した帽子男は、そのまま座り直すと、深々とハルカに向かって頭を下げる。
「うちの馬鹿が何か迷惑かけたんじゃねぇだろうか。申し訳ねぇ、この通りだ」
「……その人の……上役の方ですか?」
男は親父と呼んでいたが、とても血がつながっているとは思えない。
流石に裏社会的な、そういう組織の親子関係なのだろうとあたりをつけて、ハルカは控えめに尋ねる。
「そんなもんです。不出来な息子は俺の方で始末しておくんで、ここは見逃してもらえねぇでしょうか」
「その人が、この少年たちを騙していたと認めるのですか?」
「いや、それはわからねぇ。しかし、特級冒険者の方にたてつくような親不孝の馬鹿は死んだほうが良い」
難しい話だった。
きっと男は、少年たちを騙していたのだろう。
そしてこれからもきっと同じようなことをする。
だが、ハルカにはそんな悪人を裁くだけの権限があるわけでもなければ、どうしてもしなければいけない理由もなかった。
今ここで謝罪を受け入れても、何かが大きく変わるわけではない。
〈特級冒険者〉のハルカを恐れたこの男たちは、これからもきっと、ハルカの目の届かないところで悪事を働くのだろう。
「……芋を、この少年たちに予定通りに売ってあげてください。その人をどうにかしてほしいわけではありませんが、この子たちに危害が及ばないようにそちらで配慮してください」
「お安い御用です」
きっとこの約束は守られる。
守られると分かっていても、ハルカの胸の内にあるもやもやとしたものは、少しも解消された気配はなかった。





