どっちが悪い?
「は、放せ!」
じたばたと暴れるが、その子供の太ももよりも太い腕をしているトットが、それくらいで手を放すはずもなかった。
「おー、助かったぜ兄ちゃん」
顔に傷のある男が、息を切らして近付いてくる。
そうしてトットが捕まえている子供をぎろっと睨むと、腕を振り上げ、その顔に向けて平手を振り下ろす。
「このクソガキ!」
だがその手は、子供の頬を張り倒すことはなかった。
途中でトットが、空いている方の手で、その男の腕を掴んだからだ。
トットには冒険者の友人がたくさんいる。
比較的裕福な家庭で育ったトットとは違って、その中には親代わりの者に暴力を振るわれていたり、親の顔も知らないような者もたくさんいる。
トットはこの貧相な子供に、自分を慕って近づいてくるそんな友人たちの姿を重ねていた。
「おい、事情を説明しろや、おっさん」
「おっさん……!? あんたも大して年変わらねぇだろ!」
顔に傷のある男の見た目は、おおよそ三十半ばくらい。
ちなみにトットはまだ二十代半ばの青年だ。
「……いいから説明しろって言ってんだよ!」
元々チンピラ気質の強いトットは、突然顔をカッと赤くして顔に傷のある男を怒鳴りつけた。街の人々から何だ何だと視線を向けられたところで、男は気まずそうに声を潜める。
「こいつが金を誤魔化して逃げようとしたんだよ。だから追いかけてた、これでいいだろ」
「嘘だ! 俺は誤魔化してない!!」
「この、優しくしてやればつけ上がりやがって!」
話をすればするほど、どんどん周囲からの注目が集まっていく。
こういった状況が苦手なのがハルカだ。
ついに我慢できなくなって、一歩前へ出た。
「まぁまぁ、落ち着いてください。お話はほら、少し道から逸れたところでしましょう。ここだと皆さんの通行の妨げになりますし……」
「……怪我したくなきゃ、お嬢ちゃんは引っ込んでな」
男は、穏やかで争いを好まなそうに見えるハルカを一蹴した。
直後、胸倉を掴まれて体が持ち上がる。
トットが空いている方の手を使って男を吊り上げたのだ。
右手に子供、左手に男。
妙な状況で、ますます注目が集まる。
「てめぇ、今姐さんになんて言った、あぁ? ぶち殺されてぇか、場所移動するか今すぐ選べや」
「トット、大丈夫ですからね、ほら、はい、移動しましょう。ね、移動しますよね」
足が地につかない状態で同じことを言われた男は、表情をひきつらせながら、必死で何度も浅く頷く。
「ほら、トット、移動しますよ、はい」
ハルカがトットの体を押して、路地の方へ押し込んでいく。
しばらくの間人々はハルカたち一行のことを気にしていたけれど、今のこの時期、この街では喧嘩などどこでも起こっている。
そのうちの一つだろうと、すぐに興味を失って、それぞれの買い物に戻っていくのであった。
さて、路地を押して辿り着いたのは、何の偶然か、いつだかハルカが子供たちと屋台のご飯を食べた広場だった。
入ってきたばかりの頃は子供たちが隠れて見ていたが、トットを見た瞬間、サーッとどこかへ消えてしまった。そりゃあ片手で男の胸倉を吊り上げ、もう片方で子供をぶら下げている、筋肉質で背の高いチンピラが現れたら恐ろしいに決まっている。
「お、おろしてくれ……、死ぬ……」
「死にやしねぇよ」
男の顔は青くなっていたが、それはトットが意図してちょっと首が締まるようにしていただけの話だ。
こんなことで人は死にやしない。
ただ、いつまでもそんなことをしていても仕方がないので、トットは投げ捨てるように男を解放してやった。
男はせき込みながらも、恨みがましい目でトットを睨みつける。
腰元のナイフをちらちらと気にしているところを見ると、いざとなればそれを抜く気でいるのだろう。
トットは当然それに気が付いていたが、あえて何も言わなかった。
刃物を抜けばそれで話がお終いになるだけだ。
どんな事情があろうと、トットは男を許さない。
コリンもカオルも、それは同じであった。
それが冒険者の当たり前である。
「その子も下ろしてあげませんか?」
「逃げるかもしれないっすよ」
「うーん……。ちょっとお話をさせてください」
ハルカが近づいたところで、トットがぶら下げている子供を、ハルカの顔の高さまで持ちあげる。
「あの、私たちはこの人のことを知りませんから、何があったのかきちんと話して、君が悪くないのならば、君の味方をします。でも、逃げたらそれは、君が悪かったということになります。だから逃げずに、何があったのかを教えてください。わかりますか?」
子供は目を泳がせて考える。
普通ならば大人の話なんか信じるべくもなかったが、少なくとも今ここに至るまでのトットの行動は平等だったし、強かった。
男の平手から子供のことを守ってくれたし、話を聞こうという意思も感じた。
だからゆっくりと首肯して、ハルカの言葉を受け入れた。
「逃げないそうです」
トットは何も言わず、ゆっくりと子供を地面に下ろす。
子供はこの場からの逃走経路を素早く確認したが、やったのはそこまでで、足を動かして逃げ出すことはしなかった。





