嬉しいこと
「ハルカ、ご飯買いに行こうよ、ご飯」
コリンが、ナギと人々を分けるための柵に腰を掛けて、ぷらぷらと足を揺らしながらハルカに話しかける。
もうじき夕食の時間になる。
いつもご飯の準備をしているコリンは、何もないとなるとついそわそわしてきてしまうのだ。
まだまだ人は多いが、彼らはこのまま屋台の方へ流れていくので、待っていたところで、買い出し先が混雑していることには変わりない。
「あ、そうですね。ええと、人数も結構増えましたし、しっかり買ってこないと」
「あ、俺も行くっす」
「いや、ハルカいつも買い過ぎだから。いつも通りで良いって。それからトットさん、予選突破おめでとー、はい」
「あ?」
体を反らして手のひらを差し出したコリンに、何がしたいのかわからずトットは首をかしげる。
「はい、手のひら出して」
「お、おう」
トットが手のひらを差し出すと、コリンはそれをぺしんと叩いて大きな音を立てる。先ほどのユーリと同じで、お祝いをしたかっただけである。
コリンはうまくバランスを取りながら、更にグリンと体を反らせる。
「カオルさんも一緒にご飯買いに行こー。今日は予選突破組が食べたい物から優先的に買ってきます! 何買ってきても皆文句言わないよーに」
「あ、拙者もでござるか」
「別に変なもの買わねぇよ」
買い出しに出るメンバーは決まった。
コリンは予選突破の二人と、荷物持ちにハルカを連れて列に並ぶ。
特級冒険者を荷物持ち要員とするのは、世界広しと言えどあまりいないだろう。
列に混ざるとトットは背の高さと強面で、カオルはその涼やかな立ち姿でそれなりに目立つ。
カオルは仲間相手だと結構話をするのだが、人がたくさんいるところに行くとすんと静かになる。何やら昔の癖らしいのだが、そんな具合だから女の子たちに勘違いをされてキャーキャー言われるのである。
列に並んですぐには特に変わりなかったが、しばらくすると時折トットやカオルに声をかけてくる者が増えてきた。
「決勝頑張れよ」だとか、「応援してるぞ」とかだ。
カオルに対しては名前を聞いたり、どこの所属か聞いてきたりと、個人的な質問が多かったけれど。
二人は初めのうちは戸惑っていたけれど、やがて皆が自分たちを応援してくれている、知ってくれているということに実感がわいてきたのか、笑顔で対応をするようになった。
「ふふーん、なんかやっぱいいよね。アルがさ、皆に声かけられてるのも、なんかいいなーって思ってたんだよね」
コリンが二人から少し離れて、後ろで手を組みながら満足げに笑う。
「こうなるって分かってたんですか?」
「まぁね。……二人ともさ、【竜の庭】の仲間だし、ここらで名前を売っておくのもいいでしょ?」
ちょっと悪そうな顔で笑うコリンであったが、ハルカはふっと緩く笑ってその頭にポンと手を置いて撫でる。
それだけが本音ではないことくらい、ハルカもなんとなくわかっていた。
「それもそうですけど、なんだか、仲間が認められているのって嬉しいですよね」
「……うん、いいよね。決勝も頑張ってほしいなぁ」
少しだけ頬を赤らめたコリンは、照れ隠しのように、頭をぐりぐりとハルカの肩に擦りつけながら答える。
ハルカは、コリンが時折やるこの行動を見る度、猫みたいだなと思う。
のんびりと街を歩き、カオルやトットが気にしているものを次々と買っていく。
多少余っても、近くでナギを警備してくれている兵士に分ければいいかと、ハルカも遠慮なく障壁で作ったかごの中に、ぽいぽいと食べ物を放り込んでいった。
途中カオルが細長い米を炒めたような食べ物を買っているのを見て、ハルカはそういえばとあることを思い出し、カオルに話しかける。
「カオルさん、〈北禅国〉からまたいろんなもの貰ってきたんですよ。お米を炊くのも前より上手くなりましたから、期待していていいですよ」
「ほ、ホントでござるか!? それはまた、楽しみが増えるでござるなぁ。風呂もある、米もある。あの拠点、一度帰ると本当に離れがたいでござるよ」
「そうですよねぇ……。私も風呂と米があると思うと、拠点に戻りたいなと思います」
二人してうんうんと頷き合っているが、コリンやトットにはその気持ちが完全には理解できない。
「米ってなんだ?」
「なんかね、これよりもうちょっと小さくて、白くて……。まぁ、美味しいんだけど……。【神龍国朧】の主食? ハルカがすごく気に入ってるんだよね」
「ほー……。そりゃあ俺も食ってみねぇとな」
「これが終わったら一回拠点来たらいいじゃん。あの調子だとカオルさんは来るつもりだろうし」
「おう、そうするか」
そんな話をしながら買い出しを終えた四人は、人々の流れに逆らって、街の中心部から外側へ戻っていく。
その道すがらであった。
「おい、そこのガキ捕まえてくれ!」
顔に傷のある男が、大きな声を出した。
指差した先には、痩せた子供が一人、人々の間を縫って走っている。
これはスリにでもあったかなとハルカが思っていると、トットがぬっと腕を伸ばし、あっさりとその子供の襟首を捕まえたのだった。





