ギーツの隠れた成長
ドラの音が鳴ると、緊張していたギーツは見事に体を跳ねさせた。
比喩表現ではなく、本当に飛び退いて、危うく場外に落ちるところだった。
最速の失格になることを何とか免れたギーツは、真剣な顔をして木剣を構えて周囲の様子を窺う。
端っこで静かに構えていただけであるのが幸いして、こいつは後回しでいいやと思われたのか、周囲では戦いが始まっていても、未だギーツを狙ってくる者はいない。
ほっとした様子でギーツはしばらく様子を見ていたが、やがて手持ち無沙汰になったのか、戦いに参加していないのが不安になったのか、舞台の外周をそろりそろりと移動し始めた。
そうして、ときおり場外に飛ばされる選手を避け、攻撃を仕掛けてきた者も、何か声を上げながら躱し、恥も外聞もなく逃げ回っているうちに、舞台の上にいる選手の数は随分と減っていく。
ハルカが、身内は見に来ているのだろうかと貴賓席に目を向けたところ、そこではフーバー伯爵とエレオノーラが、座って戦いを見守っていた。
フーバー伯爵はあきれ顔でため息をついているが、エレオノーラはとてもいい笑顔をしている。ギーツが元気に苦しんで逃げ回っているのが、楽しくて仕方ないのかもしれない。
再びハルカが舞台に目を戻すと、ギーツがいつのまにやら、木剣を構えた他の選手と向き合っていた。
相変わらずへっぴり腰であるが、しっかりと剣を構えている。
先ほどまでは舞台の上が混沌としていたので、逃げを打てば追いかけてくる者はいなかったが、今回はそうもいかない。先ほどから随分と場所が移動していることから分かるように、逃げようとしたが追い詰められた、が正しい。
「駄目かもです」
早々にモンタナが諦めの言葉を述べたが、コリンは首をかしげる。
「うーん……、私と向き合った時はもうちょっとましだったけどね、構えとか……」
「そうなんだよな。この間は意外と頑張ってる感じしたぜ」
「本番に弱いんですかねぇ……」
観客だから言いたい放題だが、ハルカたちも負けろと願うほどギーツのことが嫌いなわけではない。面倒な奴だと分かっているけれど、知り合いだし、折角なら頑張ってほしいと願うことくらいはする。
じりじりと追い詰められていくギーツ。
ついに場外を背に逃げられなくなったところで、相手が突きを放ってきた。
体にあたれば押し出されてしまうであろうその一撃を、ギーツは木剣で少しばかり切っ先を逸らしつつ、体を躱して避けることに成功した。
伸びきった腕は反撃の好機だったが、ギーツはそのまま慌てて距離を取る。
「……確かに、攻撃見えてるみたいです」
モンタナが評価を改めたところで、仕留めることに失敗した相手が、猛烈にギーツに切りかかっていく。
ハルカたちのところまでは聞こえないが、ギーツがおそらく悲鳴を上げながら、必死で木剣を使って攻撃をしのぐ。
そうしているうちにだんだんと、姿勢が良くなってきて、剣術としての基本的な動きが良くなっていく。
「あ、ほら、今のいい感じじゃない?」
「お、そこだ、反撃しろ! あ、何で逃げるんだよ」
調子が良くなってくるにつれて、応援している方にも熱が入ってくる。
「言うほど弱くなくない?」
レオンがハルカに尋ねる。
確かにレオンの言う通り、しっかりと背筋を伸ばして、必死で敵の攻撃をしのいでいる姿は、立派な剣士のようにも見えてくる。
「私たちと別れてから、結構鍛えられたのだと思います」
「ふーん」
考えてみれば、ハルカたちが最後にギーツを見てからもう数年たつ。
そして別れた時点でエレオノーラとの関係が始まるのは確定していた。
つまり、別れてからの数年、ギーツが苦しんでいたり、泣きそうになっている姿を見ることが好きなエレオノーラに、ずっと鍛えられていたことになる。
〈武闘祭〉で良い成績を残せる剣士エレオノーラは、冒険者で言えば二級の上澄みに相当する。そんなエレオノーラに、ギーツは連日絶えず鍛え続けられてきたのだ。
普通に考えたら、どんなに才能がなかったとしても弱いはずがない。
ギーツも長いこと攻撃をしのぎ続けた結果、段々と自分が意外と戦えていることに気が付いてきたようだ。
段々と目つきが鋭くなり、反撃の機会を窺うようになっていく。
「よし、そこだ!」
アルベルトが声を上げた瞬間、ギーツの木剣が閃き、相手の側頭部を殴打した。
その一撃は、見事に相手選手を打ち据え、舞台の上に転がすことに成功した。
今やギーツの手の皮は随分と分厚くなり、素振りの形だって様になっている。
これまで試す機会のなかったギーツは、ずっとどこかで自分が強くないと思い続けてきたが、実はこっそりと、努力は実を結んでいたのである。
「よし、やるじゃねぇか!」
「成長してるです」
「私との時も、最初から小細工使わなきゃよかったのに」
アルベルトが、モンタナが、コリンが褒める。
ギーツも相手を倒したことで気分が良くなったのか、笑いながら 「やったぞ、見たか」と声を上げた。
そうして父であるフーバーやエレオノーラがいる方を振り返った瞬間、不意打ちを食らって場外まで転がっていくことになった。
「あー……」
ハルカたちが一斉に、ため息交じりの声を漏らす。
戦いのさなかで油断しきったギーツには、当然の結末が訪れたのだ。
折角頑張ったというのに、ギーツらしいと言えばギーツらしい、見事な負けっぷりでもあった。





