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私の心はおじさんである【書籍漫画発売中!】  作者: 嶋野夕陽
14章

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ギーツの隠れた成長

 ドラの音が鳴ると、緊張していたギーツは見事に体を跳ねさせた。

 比喩表現ではなく、本当に飛び退いて、危うく場外に落ちるところだった。

 最速の失格になることを何とか免れたギーツは、真剣な顔をして木剣を構えて周囲の様子を窺う。

 端っこで静かに構えていただけであるのが幸いして、こいつは後回しでいいやと思われたのか、周囲では戦いが始まっていても、未だギーツを狙ってくる者はいない。


 ほっとした様子でギーツはしばらく様子を見ていたが、やがて手持ち無沙汰になったのか、戦いに参加していないのが不安になったのか、舞台の外周をそろりそろりと移動し始めた。


 そうして、ときおり場外に飛ばされる選手を避け、攻撃を仕掛けてきた者も、何か声を上げながら躱し、恥も外聞もなく逃げ回っているうちに、舞台の上にいる選手の数は随分と減っていく。

 ハルカが、身内は見に来ているのだろうかと貴賓席に目を向けたところ、そこではフーバー伯爵とエレオノーラが、座って戦いを見守っていた。

 フーバー伯爵はあきれ顔でため息をついているが、エレオノーラはとてもいい笑顔をしている。ギーツが元気に苦しんで逃げ回っているのが、楽しくて仕方ないのかもしれない。


 再びハルカが舞台に目を戻すと、ギーツがいつのまにやら、木剣を構えた他の選手と向き合っていた。

 相変わらずへっぴり腰であるが、しっかりと剣を構えている。

 先ほどまでは舞台の上が混沌としていたので、逃げを打てば追いかけてくる者はいなかったが、今回はそうもいかない。先ほどから随分と場所が移動していることから分かるように、逃げようとしたが追い詰められた、が正しい。


「駄目かもです」


 早々にモンタナが諦めの言葉を述べたが、コリンは首をかしげる。


「うーん……、私と向き合った時はもうちょっとましだったけどね、構えとか……」

「そうなんだよな。この間は意外と頑張ってる感じしたぜ」

「本番に弱いんですかねぇ……」


 観客だから言いたい放題だが、ハルカたちも負けろと願うほどギーツのことが嫌いなわけではない。面倒な奴だと分かっているけれど、知り合いだし、折角なら頑張ってほしいと願うことくらいはする。


 じりじりと追い詰められていくギーツ。

 ついに場外を背に逃げられなくなったところで、相手が突きを放ってきた。

 体にあたれば押し出されてしまうであろうその一撃を、ギーツは木剣で少しばかり切っ先を逸らしつつ、体を躱して避けることに成功した。

 伸びきった腕は反撃の好機だったが、ギーツはそのまま慌てて距離を取る。


「……確かに、攻撃見えてるみたいです」


 モンタナが評価を改めたところで、仕留めることに失敗した相手が、猛烈にギーツに切りかかっていく。

 ハルカたちのところまでは聞こえないが、ギーツがおそらく悲鳴を上げながら、必死で木剣を使って攻撃をしのぐ。

 そうしているうちにだんだんと、姿勢が良くなってきて、剣術としての基本的な動きが良くなっていく。


「あ、ほら、今のいい感じじゃない?」

「お、そこだ、反撃しろ! あ、何で逃げるんだよ」


 調子が良くなってくるにつれて、応援している方にも熱が入ってくる。


「言うほど弱くなくない?」


 レオンがハルカに尋ねる。

 確かにレオンの言う通り、しっかりと背筋を伸ばして、必死で敵の攻撃をしのいでいる姿は、立派な剣士のようにも見えてくる。


「私たちと別れてから、結構鍛えられたのだと思います」

「ふーん」


 考えてみれば、ハルカたちが最後にギーツを見てからもう数年たつ。

 そして別れた時点でエレオノーラとの関係が始まるのは確定していた。

 つまり、別れてからの数年、ギーツが苦しんでいたり、泣きそうになっている姿を見ることが好きなエレオノーラに、ずっと鍛えられていたことになる。


 〈武闘祭〉で良い成績を残せる剣士エレオノーラは、冒険者で言えば二級の上澄みに相当する。そんなエレオノーラに、ギーツは連日絶えず鍛え続けられてきたのだ。

 普通に考えたら、どんなに才能がなかったとしても弱いはずがない。


 ギーツも長いこと攻撃をしのぎ続けた結果、段々と自分が意外と戦えていることに気が付いてきたようだ。

 段々と目つきが鋭くなり、反撃の機会を窺うようになっていく。


「よし、そこだ!」


 アルベルトが声を上げた瞬間、ギーツの木剣が閃き、相手の側頭部を殴打した。

 その一撃は、見事に相手選手を打ち据え、舞台の上に転がすことに成功した。

 今やギーツの手の皮は随分と分厚くなり、素振りの形だって様になっている。

 これまで試す機会のなかったギーツは、ずっとどこかで自分が強くないと思い続けてきたが、実はこっそりと、努力は実を結んでいたのである。


「よし、やるじゃねぇか!」

「成長してるです」

「私との時も、最初から小細工使わなきゃよかったのに」


 アルベルトが、モンタナが、コリンが褒める。


 ギーツも相手を倒したことで気分が良くなったのか、笑いながら 「やったぞ、見たか」と声を上げた。

 そうして父であるフーバーやエレオノーラがいる方を振り返った瞬間、不意打ちを食らって場外まで転がっていくことになった。


「あー……」


 ハルカたちが一斉に、ため息交じりの声を漏らす。

 戦いのさなかで油断しきったギーツには、当然の結末が訪れたのだ。

 折角頑張ったというのに、ギーツらしいと言えばギーツらしい、見事な負けっぷりでもあった。

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― 新着の感想 ―
ちゃんと強くなってるのにギーツらしさは失わない芸人の鏡やね…w
ギーツを、憎らしい不快なサンドバッグにせず、憎めない三枚目にして、エレオノーラの性格もうまく噛ませる采配には、作者さんの嗅覚と手腕が唸ってますな。良かったです。
ハルカと同じくらい戦いに向いてない気がする…
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