期待に応えたい
シモンがどんなに変であろうとも、ハルカの影響でこうなっていることは間違いない。自分のことならばともかく、あまり人に迷惑をかけないように生きてもらいたいものだとハルカは思う。
「ええと……、とにかく、困ったことがあったら頼って下さい。私たちの拠点は……、知っているんでしたね」
「はい!」
会場からわっと声が聞こえてくる。
決着がついたのか、あるいは次の試合が始まろうとしているのか。
どちらにせよそろそろ戻らないと次の試合を見逃してしまいそうだ。
「街にいる間にはこの辺りでナギと一緒に過ごしていますので。私は見学に戻ります。……あの時、シモンさんの命を奪わなくてよかったと思っています。これからも、元気に、人に感謝されるような生き方をしてもらえると嬉しいです。……それでは」
シモンはハルカの話を聞いて呆然とした表情をしていたが、ハルカは頭を下げてその場を立ち去った。
伝えるべきことは伝えたし、何か困ったことがあれば頼れるようにもした。
シモンに最後に伝えたことはハルカの本音だ。
もしシモンが悪さをして生きているところを見てしまったならば、ハルカはこれから先、何かを決める時、絶対にそのことがちらついてしまうことになっただろう。
会場からは司会の声が聞こえてきた。
どうやら選手紹介が始まっているようだと、ハルカは穏やかな気持ちで観客席に繋がる階段を上る足を速めるのだった。
さて、その場に残されたシモンはハルカがいなくなったあと、体の力が抜けたようにその場に座り込んで顔を両手で覆って体を震わせた。
悲しんでいるのでも怒っているのでもない。
ただ、ハルカと別れてから、色々と辛く厳しいことがあっても、どうにかこうにか頑張って生きてきた数年間が報われた気持ちだった。
寄る辺はなく、冒険者のことも分からず、何が正しくて何が間違っているか、自分の常識すらも疑って生きてきた。真剣に学んだし、真剣に強くなろうと見よう見まねで努力した。
一生懸命働いたし、人に迷惑をかけぬよう、困った人がいれば手を差し伸べるようにした。騙されたりもしたし、痛い目にも遭った。
それでもまっとうに生きようと努力して、安定してきてからは、再びハルカに出会う日のために、ちょっとした教養も身につけるように勉強もした。
「ああ、俺はやるぞ、まだまだやるぞ……」
震える声で呟いているシモンを心配して、ナギが顔を寄せる。
鼻息がかかってそれに気が付いたのか、シモンは顔を覆っていた手をどけて、すぐ近くにあるナギの顔を見る。
思ったよりもずっと近くにいることに驚いたが、それだけだった。
ハルカが育てたというのならばそれは、シモンにとって神の子と同じである。
「ハルカ様はなぁ、すごい。すっかり有名になって、色んな人から認められてる」
ナギにしてみれば、先ほどまでだいぶ訳の分からないことを言っていたシモンが、だいぶ分かりやすくハルカのことを褒めていたので、喉を鳴らして同意してやる。
群れのボスであり自らの親であるハルカのことを褒めているのだから、シモンは大きく分類するのならばナギの仲間だ。
「俺ももっとちゃんとして、人から認められるようになって、ハルカ様が恥ずかしくないようにならないとなぁ」
ナギはよく分からないけど、頑張れと思い、がおがおと口を開けて応援をしてやった。なんとなく心が通じ合った気がしたシモンは、しばらくその場でそうしてナギと話をして、自らに気合いを入れていく。
ナギもハルカたちがいない間に構ってくれる人ができて嬉しいが、問題が一つあるとすれば、周囲の人間がナギをひどく怖がったことくらいだろう。
さて、観客席に戻ってきたハルカが会場を見ると、試合はまだ始まっていないようだった。
元の席に向かいながら、舞台の上に知り合いはいないだろうかと目を凝らしてみる。すると、ちょうどハルカたちがいる席の反対側辺りに、木剣を構えている、ギーツの姿が見えた。
明らかに緊張しているし、挙動不審だ。
元々争いごとが好きではないと言っていた割に、先日のコリンとの手合わせでの動きはそれほど悪くなかった。
苦手なりに頑張っているのだろう。
あの【亡剣卿】の二つ名で呼ばれるフーバー伯爵の息子であるから、血筋を考えればサラブレッドであるはずだ。
「あ、ハルカ、見てあれ、ギーツさんいるよ」
戻ってくるとコリンがすぐに声をかけて来る。
アルベルトたちも知り合いとあって注目しているようだ。
「確か僕たちと別れた後、この街まで護衛をしてった貴族だよね」
席に戻るとレオンが早速話しかけてくる。
そういえばこの双子とギーツは、すれ違いで会っていない。
「そうなんです。争いごとが苦手で……、なんというか、貴族らしいけれど貴族らしくない、ちょっと変わった人です」
「ふーん、ハルカさんがそんな言い方するってことは、変なやつなんだね」
ギーツは紹介が難しいタイプの貴族だ。
偉そうではあるが、人懐っこくてフレンドリーであるし、天然で余計なことをしてしまうけれど悪人ではない。
表現に悩んだハルカが言いよどんだことにより、レオンはその正体をなんとなく把握してしまった。
「え、あー……、でもあの、今回は結構頑張って訓練してのぞんでるみたいですよ」
「でも、大丈夫か、あいつ?」
テオドラがその全体像を見ながら首をひねると、仲間たちが続く。
「へっぴり腰だな」
「足震えてるです」
「緊張してるね」
ユーリまで批評に回ったあげく最後にコリンが一言。
「あれじゃ無理じゃないかなぁ」
ハルカは何も言わない。
ちょっと厳しいかもしれないな、と、ハルカも思っていた。





