神の啓示
「場所を変えましょう、ね、移動しましょうちょっと……」
ハルカが場所の移動を提案した途端、シモンはばっと顔を上げて立ち上がる。
一度闘技場の外へ出て話をしようと、ハルカは早足でその場を離れ、外に設置されている木陰のベンチまでやってきた。
「座って話をしましょうか」
人通りはちらほらとあるが、場所を移動したお陰で先ほどより注目度は下がっている。
ひと息ついたハルカがベンチに腰を下ろしてそう言うと、シモンは「はい!」と元気よく答えて地面に座り込んだ。
「……いえ、あの、普通に横にどうぞ」
「いえ、こちらで」
「いえ、目立つので横に座っていただけませんか?」
「そこまで仰るのなら」
シモンは渋々立ち上がると、申し訳なさそうにベンチに腰かけた。
衝撃的な対応をされたせいで、何をどこまで話したかも忘れてしまったハルカは、改めて仕切り直しをする。
「先ほどの試合を見てました。約束を守って、まっとうに暮らしてくれているみたいで安心しています」
「ハルカ様のお陰です」
「その、ハルカ様というのやめませんか? 様とつけられるようなことはしていませんし、恥ずかしいので」
「いえ、私にとっては救いの神です。あの日以来、毎日夜にはハルカ様に祈りを捧げながらこれまで生きてきました。どんなに辛いことがあってもそれで乗り越えてこられたのです。そんな謙遜をされずに自信を持ってください」
逆に説得されてしまった。
自信を持つ云々ではなく、単純に人から様をつけて畏まられるのが苦手なだけなのだが、ハルカにはこの狂信者のようになってしまっているシモンを説得する自信がなかった。
仕方なくそこに触れることは諦めて、話題を変えることにする。
「ええと……、とにかく、何か困っていることとかはありませんか?」
「もっと強くなって人の役に立ちたいのですが、才能がないようでなかなか難しく……」
「誰かこう、切磋琢磨できる友人とか、師匠とかを探したほうが良いかもしれませんね。仲良くしている人はできましたか?」
『それじゃあうちに来ますか』ということも一瞬頭をよぎったハルカであるが、この調子でずっと崇め奉られては中々苦しい。
どうしたものかと考えつつその提案はいったん保留して、別の方法を模索する。
「いえ、できません。自己研鑽とハルカ様に祈ることで忙しいので」
一切悪びれなく、むしろ胸を張って訳の分からないことを答えるシモン。
後半部分を聞いた時、ハルカは頭を抱えたくなった。
間違いなく自分のせいでシモンの人生が妙な方向にねじ曲がっている。
人を殺すような賊に入り、悪事の片棒を担いでいた以前よりは随分とましだと思う。
ただ、人生としてこれはいかがなものだろうかと思うのだ。
本人にとっては極めて満足度が高そうなところも説得が難しい。
「……あの、やっぱりその……。お友達とかは、できるなら作ったほうが良いと思いますよ。一人ではうまくいかないことも、うまくいくかもしれませんし……」
「なるほど、それは確かにその通りですね!」
ハルカの言葉、すなわち神からの啓示に大いに納得したシモンは、何度も首を縦に振って同意する。
前向きに色々と考えてくれそうだとハルカは少し納得したが、シモンの方は当然のごとくちょっとずれたとらえ方をしていた。
すなわちここでシモンが納得したこれからの生き方とは、人と関わることによって、もっとハルカのすばらしさを伝えていく活動をしていこうというものである。
実はシモン、冒険者をしながらダークエルフの冒険者の噂は各所で集め、随時ハルカたちが何をやっているかは、できるだけ情報として集めるようにしていた。
〈オランズ〉の街を拠点としているらしいことも、特級冒険者になったことも、各地での悪い噂も当然知っている。ハルカの悪い噂を聞いた時ははらわたが煮えくり返ったものだが、人に暴力を振るうのは悪事だと、奥歯を噛みしめて我慢した。
しかしこれからは違う。
悪い噂を聞くようなことがあれば、積極的に話に混ぜてもらい、ハルカの素晴らしいところを布教することに決めた。
やはり神は素晴らしい教えをくれたと大納得したわけである。
「私たちもしばらくこの街に滞在して武闘祭を見ていますので、シモンさんもお時間あったら……」
ハルカが話をしていると、地面が少し揺れて、ベンチの横にぬーっとナギが首を伸ばしてくる。
ハルカが出てきたのを見つけて、地面に降りて様子を見に来たのだ。
空から森の中の獲物を見つけられるだけあって、ナギは大変目がいい。
シモンも驚いてしまうのではないかとハルカは説明をしようとしたが、当の本人は「おお……」と声を上げて何やら感激しているようであった。
「これがハルカ様と共に旅をしているナギという竜ですね。何と大きく強そうな……。ハルカ様と並ぶと神々しさすらある……」
驚かないシモンが珍しいと感じたナギは、しばしじっとシモンの言葉を聞いていたが、結局何を言っているかよくわからなかったらしく、ゆっくりと首をかしげた。
ハルカもナギ同様首をかしげたい気分であったが、まぁ、褒めてくれていることには違いない。
ハルカは、シモンがナギをたたえる言葉を聞きながら、どうしてこんな方向に育ってしまったのかなぁと、過去の自分の発言を振り返りながら反省をするのであった。





