楽しい観戦会の始まり
「あ、もうはじまるよー、早く早く」
コリンに手招きされて、ハルカは慌てて人の前を横切っていく。
いつも通り聞こえているかもわからない声量で、「すみません、失礼します」と言いながら中腰だ。
「どうだった?」
席についてすぐに聞いてきたのはアルベルトだ。
ノーレンが無事に〈武闘祭〉に参加できるかどうかの話だ。
〈武闘祭〉に思い入れのあるアルベルトとしては結構気になるところなのだろう。
「あ、別にいいんじゃないかって話になりました。そういえば昔、やっぱりここで師匠と初めて会った時に、クダンさんが子煩悩だって話をされたことがあるんですよ。その時は意外だと思ったんですが、師匠の言った通りなのかもしれません」
「ノーレンさんも、お父さんと仲が良さそうだったものね」
少し羨ましそうに言うのはカーミラだ。
そのお嬢様然とした振る舞いから、元々両親に愛情をたっぷりと注がれて育ってきたことが分かる。父親のことを思い出して寂しくなったのかもしれない。
隣に座ったハルカの肩に寄りかかってきている。
いつものことなのでハルカも気にせずそのままにしているけれど、傍から見れば美女二人のセットで大層目に優しい光景だ。
そうしているうちにぞろぞろと会場に人が入ってくる。
知っている人はいないかとハルカが目を凝らしてみると、多くのむくつけき大男たちの中に、凛と佇む女性を一人発見した。
カオルである。
喋りはじめると『ござるござる』と愛嬌のある女性だが、黙って立っていると涼やかな麗人に見えるから不思議だ。
ライバルを減らそうとしている周囲の者たちが、女性であるカオルを狙っているのが分かりやすく少々心配だ。ただ、そのことにはカオル本人も気が付いているようで、さりげなく移動しながら囲まれないような場所を確保しようとしている。
結局場外を背中にして、ぎりぎりの場所に立つことで、敵をすべて視界内に収められるようにしたようだ。
カオルを狙っていた者たちも、目が合うようになってしまうと迂闊に後をつけ回しづらい。
やがて司会が数人の注目選手を紹介し始めると、それぞれが手を挙げたりして軽く反応を返す。
それが終わるとようやく試合の始まりだ。
大きなドラの音が響くと一斉に選手たちが動き出した。
カオルにも数人が一斉に襲い掛かってきたが、その対処は極めて冷静だった。
攻撃は受け流し、あるいは避けつつ足をかけ、まともに打ち合うことはせずに、できるだけ場外へと叩き落としていく。
打ち合うことすらさせてもらえないのが、周りの者とカオルの実力の差をはっきりと示しているようであった。
それでも女性であるということと、目立つ容姿をしているせいか、選手は次々とカオルに挑んでくる。
息をつく間もなくやってくる者を捌き続けているうちに、会場の選手は見る見るうちに数を減らしていった。
間を縫って救出部隊が倒れた選手を引きずって場外に避難させていたりもして、場内は大混乱だ。
「やっぱ戦い方うめぇよな」
「アルの時より危なげないです」
「そりゃそうだろ。あの頃の俺よりつええもん」
「認めるですか」
「今は俺の方が強いけど」
「そですね」
少し離れたところでは、アルベルトとモンタナが冷静な会話を繰り返している。
当時のアルベルトはそれほど注目されていなかったし、できるだけ人と打ち合わないようにうまく立ち回っていた。
それも作戦の一つであるから悪いことではないのだが、今のカオルと同じようなペースで襲い掛かられていたら、もしかすると決勝への進出は難しかったかもしれない。
向かってくる者を捌き続けた結果、カオルは最後まで会場に残ることができた。
流石に少しばかり疲れたのか、決勝進出が決まった時点で袖で額を拭う。
その瞬間黄色い声が上がる。
爽やかで華麗な戦いぶりとその容姿に射止められたのは、男性よりも女性であったようだ。カオルは元々弟の代理として、男のふりをして当主をしていた経歴もあるくらいだ。
女性の扱いは心得ているのか、特に声の大きく聞こえる方へ向いてはにかむように微笑むと、一礼して退場する。
その姿はとてもとても様になっていたのだが、ハルカたちはどうしても普段の露天風呂大好きござる侍の姿が頭に浮かんでしまって、どうも素直にかっこいいと思えない。
「なんかなぁ、わかるんだけど、なんかなぁ」
全員のもやっとした気持ちを代弁するかのように、コリンが首をかしげる。
「なに、カオルが勝ったのにみんなしてそんな顔して」
階段を下りてやってきたエリが、ハルカたちの顔を覗いて眉を顰める。
「あ、どこかで見てたんですか?」
「上の方でね。カオルが『緊張するでござるよ、大勢の前で戦うの緊張するでござるよ』ってうるさいから、ぎりぎりまで相手してあげてたの」
「あ、うん、カオルさんっぽい」
「始まればちゃんと戦うくせにね。ちょっと詰めて、私も座るから」
コリンが納得すると、エリは皆を少しばかり詰めさせて、ハルカたちの列の端に腰かける。
「さて、後はトットね」
「トット、勝てそうですかね?」
「大丈夫じゃない? あんなだけど前衛としては結構頼りになるし。ハルカが心配そうにしてると、後で悲しむわよ、あいつ」
エリは最近、カオルとトットと三人で冒険者活動をしている。
そのエリが大丈夫というのだから、トットも十分な実力を備えているのだろうとハルカは思う。
「……今の、トットには秘密で」
ハルカの中でのトットは、いつまでたっても最初の頃のチンピラのままだ。
あの頃から弱いわけではなかったが、まともに戦う姿を見ることはあまりない。
「どうしよっかなー」
「いやぁ、それはちょっと」
「はいはい、トットがうざいこと言ってこなきゃ黙ってるから」
「お願いします」
エリとハルカの関係は気安い。
ハルカがすっかり特級冒険者になって活躍しても、この世界にきてから初めて友達となったエリの態度が変わることがないのは、ハルカにとっても嬉しいことであった。





