武闘祭の司会者
いつのまにやら観客席はいっぱいで、立ち見客も入っているほどだ。
音楽隊が入場して勇壮な曲が奏でられると、自然と客たちの気持ちも高められていく。
見事な演奏を披露した音楽隊が引いていくと、やがて騒がしい闘技場に「あ、あーあーあー」と、大きな声が響き渡った。音源の近くにいる者の中には驚いてひっくりかえる者もいたが、何度目かになる客はもう慣れっこで耳を塞いでいる。
「何だあのでかい声……」
〈武闘祭〉を初めて見学するテオドラが、驚いて目を丸くする。
「あれは多分、魔道具なのだと思います。発掘で見つけた品ですね」
前の〈武闘祭〉の頃にはハルカもよく分かっていなかったけれど、今となればわかる。
妙に現代じみた便利そうな道具は、大抵神人時代に作られた魔素という動力源によって効果を発揮する魔道具だ。
「ああ、遺跡とかで出土するやつ。……学園って、その辺りの情報が少ないんだよね。その辺りの情報って、意図的に隠されてる気がする。遺跡とか考古学研究ってあまり予算がさかれないみたいだし」
「色々と複雑な事情があるようですからね」
レオンがぼやきを、ハルカが曖昧な言葉で濁す。
あまり外で大きな声で話すようなことではない。
〈オラクル教〉からしてみれば、神人戦争時代の文化文明や、その辺りの詳細が詳らかにされることはあまり喜ばしいことではないのだ。
今のハルカたちが理解できる当時の状況は、〈オラクル教〉の語るような人対破壊者、の構図ではなく、人対人の争いであったのだから。
『あー、お待たせいたしました。今年もこの時期がやって参りました』
語り始めたのは、カイゼルひげを生やしたひょうきんな顔立ちの男。
アルベルトが出た時にも実況のようなことをしていたはずなので、もしかすると毎年この仕事をしているのかもしれない。
ハルカがぼんやりとルール説明を聞き流していると、空を大きな影が横切る。
見上げると、退屈になったからなのか、それともお散歩に行く気になったのか、ナギが闘技場の上空を緩く大きく旋回していた。
ちょうど区切りの良いところまで喋ったあたりだったためか、一瞬黙り込んで空を見上げる司会者。
会場にいる人たちも、控えめにざわつきながら空を見上げている。
ナギが南の方に向けて飛んでいくと、それを合図に会場のざわつきが大きくなり、続いて司会者の声が再び響き始める。
『皆様もご覧になったかと思われますが、本武闘祭の外には冒険者宿【竜の庭】に属するナギちゃんという大型飛竜が滞在しております。新進気鋭、【竜の庭】には、数年前に〈武闘祭〉決勝に出場を果たしたレジーナ選手やアルベルト選手も所属しています!』
「お、なんだ?」
「おー、名前呼ばれんじゃん、すげぇな」
レジーナは舌打ちをしているが、アルベルトはまんざらでもなさそうだ。
この世界にプライバシーとかいうものはあまり存在しない。
あの司会、前回の大会では平気でクダンと交渉をしでかすような、心臓に毛の生えた男だ。
どこまで話をするのか、ハルカは段々心配になってきた。
『竜といえば強さの象徴。あのナギちゃんに触れて必勝を祈願した選手も多数いると聞いております。宿主のハルカ=ヤマギシさんによれば、非常に大人しく噛みついたりはしないそうですので、皆さんも勇気を出して撫でてみてはいかがでしょうか!』
「名前勝手に……」
「呼ばれてるですね」
「わー……、やりたい放題だー」
ハルカが呟くと、モンタナとコリンが後に続く。
「お、ぶっ飛ばしてくるか?」
ハルカが困っていると思ったのか、アルベルトが腕まくりをして立ち上がると、レジーナも無言でそれに続こうとする。先ほど勝手に名前を出されたのが嫌だったようだ。
レジーナにとって〈武闘祭〉は、ジーグムンドに負けた記憶である。
「まぁまぁまぁ」
ハルカは二人の服の裾を掴んでとどめ、そのまま席へ戻らせる。
これはお祭りなのだから、いちいち目くじらを立てたって仕方がない。
『さぁ、間もなく予選が始まります。つい先ほど、特級冒険者のクダンさんも街へ到着したと連絡が来ました! そろそろ会場に現れるかもしれませんが、皆さんあまり驚かないでください。クダンさんも竜と同じで、噛みついたりはしませんので!』
どっと会場が笑ったところで、司会者がいる特別席に向けて何かが飛んでいき、その顔をかすり、階段に突き刺さる。
司会の頬からたらりと血が流れた。
何かが飛来した方向を見ると、ちょうど司会の対面側にクダンが立っており、ぎろりと司会を睨んでいる。
おそらく石でも投げたのだろう。
会場の空気は凍っている。
『……すでに、到着されていたようです。えー……、ナギちゃんは撫でても噛みつきませんが、クダンさんは怒らせると怖いので、皆さん気を付けましょう』
クダンの怒りを受けた上ですぐに立ち直ってこれだけのことを言えるのだから、司会のプロ意識も大したものだ。
クダンはその場で腕を組んで壁に寄りかかったが、周囲にいた人たちは、そろりそろりと距離を取り始めていた。
「やっぱたまには怒った方が良いんじゃね?」
「いやぁ、どうなんでしょう……?」
司会者がすっかり大人しくなったのを見ると、アルベルトの提案に、そんなことはないとは答えられなかったハルカであった。





