ナギちゃんは大人しいので
人が集まってきているせいか、いつの間にかハルカ以外の仲間たちも、いつもより早く起きてきて活動をはじめたようだった。どちらにせよ早めに朝食をとって、早めに会場入りするつもりだったので、丁度良かったとも言える。
仲間たちのためにいくつかハルカがウォーターボールを浮かべてやると、皆それぞれ顔を洗ったり口をすすいだりし始める。
コリンが朝食の準備を始める頃には、ぼんやりと少年の話を聞き流していたモンタナも立ち上がって、ずぼっとウォーターボールの中に頭を突っ込んでいた。
少年の方は相変わらずモンタナのことを同年代だと思い込んでいるようだ。
「風邪ひくぞ……?」と心配そうに注意してやっている。
モンタナは顔からぽたぽたと水を垂らしながら闘技場の方をちらりと見て、人が並び始めたのを確認。
それにつられて少年も闘技場の方を見てそわそわとし始める。
「俺、そろそろ行こうかな」
「そですか。気を付けるですよ」
「おう! な、名前なんて言うの? 〈武闘祭〉見に来るんだよな?」
「モンタナです。行くですけど……」
「じゃ、モンタナ。俺頑張るから応援してくれよ!」
少年はモンタナの返事をきちんと聞かないまま、闘技場の方へ走っていってしまった。モンタナはしばしその背中を見守っていたが、やがてぶるぶると頭を振って水を飛ばし、頬を掻いてからハルカの方へと移動する。
「あ、モンタナ、また頭ごと突っ込んだんですか? 風邪ひきますよ」
「あの子にも言われたです」
そう言って背中を向けるモンタナ。
ハルカは魔法で温かい風を吹かせると、耳をひっかかないように両手でわさわさと髪の毛をかき回し、その頭を乾かしてやる。
ちゃんと乾かしてやれば、モンタナの猫っ毛はすぐにふわふわになる。
危ないことがあったり、警戒しなければいけないとなると、モンタナも一瞬で目を覚ますのだが、特に予定がないといつもこんな調子である。
それを見たレオンが、自分もウォーターボールに頭を突っ込もうかしばし悩んでいたが、どうやら理性が勝ったようだった。小さく首を横に振って、素直に水を手で掬って顔を洗いはじめる。
朝からナギの周りに人だかりができているのを見かけたからか、〈武闘祭〉の出場者たちがまたわらわらと集まってきていたが、ハルカは食事の時間には一時撤退。
コリンが用意してくれた朝食をとって、闘技場の観客席に入るために列に並ぶことにした。
その前にハルカは、大人しく撫でられているナギに一言残していくことにする。
「すみません、ちょっと、ごめんなさい」
四方八方から撫でられているナギに近寄るために、声をかけると、一瞬面倒くさそうに振り向いた〈武闘祭〉参加者たちは、慌ててわらわらとナギの近くから離れていく。
ハルカはおやっと首を傾げた。
なんだか、自分がすごく怖がられているような感じがしたからだ。
しかしそれも仕方のないことであろう。
街では様々な噂が流れている。
直接ハルカと接したことがなく、かつ、ダークエルフの特級冒険者の噂を聞いていれば、安全とある程度分かっているナギより、ハルカの方が恐ろしいと感じる者がいてもおかしくない。
「ナギ、私たちちょっとあっちの建物にお出かけしてきます。昼過ぎには一度出てきますが、ちゃんとお留守番できますか?」
ナギが一瞬パカッと口を開けてから喉を鳴らす。
しばらく大人しく撫でられていたので、口のおさまりが悪くなっていたのだ。
もちろん喉を鳴らしたのは、お留守番できるの返事である。
ハルカはナギのその動作の意味を理解したが、周囲にいた者たちは違って、ざわめき出す。
怒っているのではないかとか、こんなに大きな竜を放っておくのかとか、好き勝手言いはじめた。
もしかすると自分たちがいない間は、どこかうろうろしてもらったほうが良いのかもしれないと思うハルカだが、どっか行っててなんて言うのもかわいそうで頭を悩ませる。
「……ナギ、もし暇だったらこの辺りを飛んでてもいいですからね。でも、あんまり人に近付いたら駄目ですよ。びっくりして攻撃してくる人もいるかもしれませんから」
考えた末にこう言うと、ナギはしばしきょろきょろと周囲にいる人たちを見てから、また喉を鳴らした。
ハルカの言葉に対して適切に喉を鳴らすナギに、その賢さを理解した者もいたようで、「返事してるんじゃねぇか?」とか、「何言ってるか分かってるのか?」と驚いている者もいた。
もしかしたらそのうち、ナギに話しかけてくれる者も出てくるのではないかと思うと、ハルカにはちょっと嬉しい誤算だ。
「ええと……、私たちは〈武闘祭〉を見るために席を外します。撫でてあげれば喜ぶので、私たちがいなくともナギが嫌がっていなければご自由にどうぞ。見ての通り大人しい子ですので、いじめられているようなことがあれば、助けてあげてもらえると嬉しいです。……それでは、じゃあ、行ってきますね」
それでは、まで周囲の人に話をしていたハルカだったが、最後にナギの鼻先を撫でて、先に列に並んでいる仲間たちの方へ向かう。
兵士たちも見てくれているし、ナギも留守番には慣れている。
そうそう問題は起こらないだろう。
仲間たちに合流したハルカは、振り返ってナギのいる方を見やる。
周囲にはまだ数人が残っていたが、今の時点では遠巻きに見ているだけで、近づいて撫でている者はいないようであった。





