ナギちゃんは引き続きご機嫌
そこから先の時間は、ナギにとっては楽しい時間だった。
一人目がナギを撫でて無事に戻ってきてしまった以上、その後の者たちが芋を引くわけにはいかない。
俺も俺もと次々に挑戦者が現れて、ナギの頭を撫でていく事態となった。
上手くやった〈武闘祭〉参加者は、他の者たちに自慢し、負けじと他の参加者も次々と参加してくるものだから、いつのまにやらハルカたちの近くには、人気の店のような長蛇の列ができていた。
最初のうちはハルカたちがその列を捌いていたけれど、やがて見かねたナスコがやってきて、兵士を使って整理をしはじめる。乱暴者がたくさん集まれば喧嘩が始まるのが常だが、ナギを前にしている者たちは緊張しているのか、自然と他の場所よりも皆お行儀が良い。
夕暮れ時に兵士たちが区切って解散するまで、ナギへの客は絶え間なく続いた。
ナギは人々がいなくなっていくのを完全に見えなくなるまで目で追いかけて、最後に非常に満足そうに大きく鼻息を漏らして目を閉じた。
ずっと構ってもらえてとてもご機嫌な一日になったようだ。
ハルカとユーリも同じくご機嫌でそれを眺めていたので知らないことだが、他の仲間たちはどうしてこんなことになったのかを、もうレオンから聞いている。
コリンたちは本人が喜んでるからいいか、となっているが、テオドラだけは呆れてため息をついていた。
いつも通り早い時間に休み、朝日と共に目を覚ましたハルカは、珍しくモンタナが自分より早く目覚めていることに気が付いた。
地面にペタッと座りボーっとしている。
ハルカがその視線の方に目を向けると、緊張した面持ちで列を作っている人影が見えた。
「〈武闘祭〉本番とはいえ、皆さん、随分と早く列を作るんですね……。緊張して眠れなかったのでしょうか」
ハルカがぼんやりとモンタナに話しかける。
モンタナはほぼ目を閉じたままゆっくりとハルカの方を向いた。
「これ、〈武闘祭〉の列じゃないです……、ナギに並んでるですよ……」
モンタナの指差したところを見ると、確かに先頭が中途半端な位置に立っている。
そこはちょうどナギが寝ている鼻先の延長線上で、〈武闘祭〉の会場よりも随分手前である。
慌てて起き上がったハルカは、駆け足で列の正面へ向かうと、先頭にいたのは昨日やってきた人たちよりも随分と若そうな少年であった。
後ろにはいかつそうなのも並んでいるけれど、やはり真面目そうな者が多い。
ナギはすでに目覚めているようで視線だけでハルカを追いかけている。
近くで眠っている者もいるので、迂闊に体を動かせないのだ。
「あの、ええと、ナギを撫でに……?」
「はい! いいですか!?」
「あ、はい、ええと、ナギも起きているので……」
朝早くから元気いっぱいに問われて、やや押されながらハルカは頷く。
「ありがとうございます!」
柵を乗り越えてきた少年と共にナギの顔の前に移動する。
すると少年は躊躇なくナギの鼻のあたりに手を伸ばして撫で始める。
「うわぁ、竜初めて触った! かたい、ヒヤッとしてる!」
「そうなんですよね。でもお腹の方は温かいんですよ」
「え、そうなんだ。なんで?」
「竜は体の中に火炎袋、という器官があるそうです。それのお陰で体温も維持できるし、冬になっても眠らないのだとか」
「すげぇ、竜ってすげぇ……!」
ハルカも初めて地竜のオジアンを撫でた時には、同じような感想を抱いたものだ。
こんなに大きなナギを前にしても、同じように感動してくれる姿を見ると、やっぱり嬉しいものだ。
「……今日は何でこんなに早くナギに会いに来てくれたんですか?」
「俺さ、〈武闘祭〉出るんだよね。で、ここにいる竜? ナギっていうの? ナギを撫でてない奴は〈武闘祭〉に出る資格がないとか。そんな勇気もないのに勝てるわけないとか昨日言われてさ。腹立って日が昇る前に来たんだけど、兵士に止められたから、そのまま並んでた!」
「あ、そんな話になってるんですか……」
「竜かっけぇ、いいなぁ。俺も竜ほしいなぁ、小さいのでいいから」
少年は無邪気に喜んでいるけれど、妙な噂ばかりが出回って、喧嘩の原因になっていそうなのがハルカは心配だった。
他の全員から言わせれば、〈武闘祭〉の参加者の何割かは、喧嘩をする理由を探しているのだから気にするだけ無駄だ。
ナギのことがなくたって彼らは何らかの理由を探して結局喧嘩をするのだ。
「あ、他の方もどうぞ」
ハルカが柵の向こうに手招きをすると、真面目そうな連中もぞろぞろとやってきてナギの顔の周りに集う。
鱗を触ったり、撫でてみたり、手を合わせて祈ったりする者までいる。
「あの、何を……」
祈りを捧げている、特別真面目で堅そうな男にハルカが尋ねる。
「竜に触ると勝てると聞いて」
男が真面目腐って答えると、周囲の数人も真似してお祈りを始めてしまった。
ナギからすれば何のことやらなのだけれど、とりあえず周りに集まってくれているので気分は良さそうだ。
「なぁ、これ竜? とかげ?」
「……竜です」
「竜かぁ! いいなぁ!」
少し離れたところから、先ほどの少年の声が聞こえてくる。
ハルカが視線を向けるとそこには、相変わらずボーっとしているモンタナと、その頭の上に乗って日光浴しているトーチ。そしてそのトーチを指さして少年が興奮している姿が目に入った。
「お前さ、獣人だろ? もしかして〈武闘祭〉でんの?」
「……でないです」
「なんで? 武器持ってんのに?」
「……持っててもです」
「ふーん、出りゃあいいのに」
小さいアルベルトみたいな少年は、おそらくモンタナを同年代と判断したのだろう。
正面に座りこんでしきりに話しかけているが、半分目を閉じたままのモンタナは、その少年の質問に、間を置いてぽつりぽつりと返事をするばかりであった。





