特級冒険者と竜
ナギは集まってきた人たちを横目でずっと見ていたけれど、ハルカたちが立ち上がると、顔を正面に向けて観察を開始した。
ずっと気になってはいたのだ。
自分より大きな生き物はまだちょっと怖いけれど、たくさんの人に見られることはすっかり慣れてきている。
しかし、これ程近くに知らない人がたくさん集まってくるのは久々だ。
しかも逃げるのではなくて、自分の方を見て何か相談しているのが聞こえてくる。
気になるに決まっていた。
一方でハルカの方はちょっと不安だ。
集団で迷惑だとでも言いに来たのではないかと、耳を澄ませながら近づいていって声をかける。
「……あの、何か御用でしょうか?」
ナギが動いたことですっかりそちらに目を取られていた冒険者たちは、横合いからハルカに声をかけられてびくりと肩を跳ねさせる。
彼らも巨大な竜を目の前にしてビビっている、いや、緊張しているのだ。
「いや、でかい竜がいるって聞いて見物にきたんだ」
「あ、そうでしたか……」
別に害を及ぼそうというのでなければ、ハルカも心配はない。
そもそもナギが人から害を及ぼされる可能性なんてほとんどないのだが、意地悪なことを言われれば心が傷つくことはあり得る。
ハルカたちの言葉の多くを理解しているナギならば、おそらく悪口にだって気が付いてしまうはずだ。
「ナギ、あの人たち気になる?」
レオンがナギの鼻の辺りをぽんぽんと叩いて話しかけると、ナギはちらっとレオンの方を見て小さく喉を鳴らした。
小さくと言っても、人間の特大いびきよりも大きな地響きのような音なのだが、それは生物としての大きさの違いがあるので仕方がない。
「レオ、結局何やってたんだよ。飯食わねぇの?」
「ちょっとね。テオはもうご飯食べたの?」
「まあな」
二人が話しているとナギの目が動いてテオドラの方を見る。
テオドラもそれに気づくと、やや乱暴にばんばんとナギの鱗を叩いた。
撫でても叩いても、ナギからすれば触れて構ってもらえているという感覚なので、目を細めて喜んでいる。
ナギは人間の大人が多少力を入れて叩いたところで気付かないほどには丈夫なのだ。
テオドラがナギを構ってやっている間に、レオンは男たちの方を見てにっこりと笑って、「じゃ、僕もご飯食べようかな」と言って引っ込んでいった。
その瞬間、むっとした表情をした男の内の一人がハルカに話しかける。
「なぁ、貴族の娘があの竜を撫でてたって話本当か?」
「はい、昨日撫でてもらいましたね。あ、噛んだりしていないので大丈夫ですよ、本当に」
尋ねた男は当たり前だろと思い呆れたが、それは表情に出さない。
目の前にいるダークエルフが特級冒険者であるという噂はもう聞き及んでいるからだ。
あんな竜に噛まれていたら良くても体の一部がなくなるし、普通は命までいただかれているはずだ。いくら特級冒険者と言えども、流石に貴族の娘を竜に食べさせてなお、この場に居座っているはずがない。
男がごくりとつばを飲みながらもう一度ナギの方を見ると、レオンがその体に寄りかかって食事を始めていた。
「……なぁ、あの竜って撫でてもいいのか?」
男は勇気を出してハルカに声をかけた。
彼らは冒険者ギルドでレオンとエリが『〈武闘祭〉の出場者が大型飛竜を怖がっているらしい』と話をしているのを聞いたのだ。
『かわいいのに』とか、『貴族の娘さんでも撫でられたのに』とか、聞こえよがしに言われては黙っていられない。
売り言葉に買い言葉で、ここまで来ることになってしまったのである。
しかも、その場にいる〈武闘祭〉の参加者皆引き連れてだ。
狐につままれたような気持ちでここまでやってきたが、いざ到着してみるとナギの大きさは想像を絶するものだった。
完全にびびって様子を見ていたところ、言い出しっぺのレオンが平気な顔をして撫でているではないか。
負けてなるものかと声をかけたというわけである。
「え?」
ぽかんとした顔でハルカが問い返す。
昨日ナギは怖いから無理強いをするなと怒られたばかりだ。
まさか相手の方から申し出があるとは思わず驚いてしまったのだ。
逆に焦ったのは声をかけた男の方である。
相手は特級冒険者。
機嫌を損ねたらどうなるか分かったものではない。
ただでさえ大型飛竜を前に緊張しているのに、特級冒険者の圧までかけられてはたまったものではない。
もちろんハルカに圧をかけるつもりなどみじんもないけれど。
「いや、勝手に触られたら気分が悪いよな、失礼なことを言った、何でもない、すまなかった」
「あ、いえいえいえ、撫でてもいいですよ。その……、怖くなければですけど……」
「怖くねぇよ!」
緊張が高ぶっていたせいで思わず大きな声を出した男に、ハルカはまた一瞬固まった。
そして男の方も思わず大きな声を出してしまったことに、背中に大量の冷や汗をかいていた。
数秒の沈黙の後、ハルカがにっこりと笑う。
「それなら、その、折角ですから。ナギも喜ぶと思いますし、どうぞ」
「……あ、お、おう、ありがとう?」
とても嬉しそうな美しいダークエルフに案内された男は一瞬呆けて、気の抜けた声で礼を言いながら後をついていき、ナギの前に立った時、また後悔をしたが、今更引くわけにはいかなかった。
横には嬉しそうに立っている特級冒険者。
目の前には構ってもらえることを期待した巨大な大型飛竜。
緊張する腕を何とか動かし、鼻の頭をなでてやると、ナギは大サービスでお礼に喉を鳴らしてみせた。
男はビビりまくって意識が一瞬遠のいたが、気合いで何とか立ち直り、「か、かわいいもんだぜ」と強がりまで吐いて、一緒にやってきた者たちの下へ戻る。
そこから先は、男たちの度胸試しの始まりであった。





